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巡る話  作者: 魚君 太陽
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第二話

 私は三丁目まで辿りつくと、まず下水管に続いているらしい路地を捜す事にしました。


 捜すとはいえどうしたものでしょう。

 この辺は入り組んでいる上に三ヶ月に一回、地形変更がある地域です。

 前に来たのは半年以上前ですからもう二回は、多ければ三回は地形が変わっているという事になります。

 状況が分かりません。

 こういう時は聞き込みです。何か分からない事があったら他人に聴けば良いんだよ、と塔子には耳にタコができるほど言い聞かされました。

 耳に出来たタコは執念深く私の耳に残りましたが、生来耳が聞こえすぎる私にとっては調度良い耳栓になりました。


 今でもタコは私の耳に小さく残っており、そうして私は常人の聴力を手に入れたのでした。


 それはそうと、聞き込みをするならばまず人を捜さねばなりません。

 いえ、人でなくても良いでしょう。

 この三丁目に詳しく、意思疎通の出来る者であれば誰でも良いのです。


 私は田舎者のように辺りを見回します。


 すると向かいの通りに喫茶店のあるのに気がつきました。


 道路を横断し、喫茶店の中に入ると如何にも紳士といった服装の老人がいらっしゃいませと頭を下げました。


 いい雰囲気の店です。灯りのない店内は一見して営業していないかのように見えましたが、客層のせいか不思議と活気に満ちているのです。


 時間があればここで時間を過ごすのも良いかもしれません。

 しかし私は下水管の場所を聴きに来たのです。

 ここでの時間を楽しむ為にはまず塔子を見つけ出さなければなりません。


 私は早速、下水管を捜しているという旨を老紳士に告げました。

 しかし老紳士は申し訳ございません、私は存じ上げません、と本当に申し訳なさそうに頭を下げてしまいす。


 私は肩を落として、ありがとうと言い、退店しようとしました。


 すると後ろから声を掛けてくるものがあります。

「ちょっと良いかしら?あなた、下水管を捜しているのよね?」

 入り口の近くの席に座っていた女性はレンズの入っていないハーフフレームの眼鏡をキラリと光らせてこちらを見ています。


 盗み聞き、という事ではないのでしょう。

 声を張ったつもりはありませんが距離が近ければ聞こえていても不思議ではありません。


 知っているのかと私が聴くと眼鏡の女性は知っているわと答えました。


 これは運が良いといえるでしょう。

 失敗の後には必ず成功があるものだよと塔子が言っていたのを思い出します。そもそも塔子が失敗している姿など終ぞ見た事がないのですが。


 ともあれ私は、眼鏡の女性に詰め寄ります。

 すると彼女は手招きをして私を向かいの席に座るように促しました。


 ゆっくりお茶を飲んでいる暇はないのですが、今の私には彼女しかアテがありません。

 機嫌を損ねて機会を棒に振るのもつまらないと思い、大人しく席に着きます。


 さて、席に着いたは良いのですが、どう切り出したものか分かりません。

 私は人見知りをするのです。


 私が倦ねていると彼女の方から切り出しました。

「私は長岡邑ながおかゆう。あなたは?」

 やたらと流暢な自己紹介です。こう言った状況に慣れているのでしょうか。


 私が名前を名乗ると彼女は氷のような顔を溶かして笑いました。


 邑は顔を元に戻すと話を進めます。


「下水管に行きたいのだったわね。私は下水管のある場所を知っているわ。けれど、場所を教えてそれでさようならと言うのは何だか味気ないと思うの。だから少しお話しましょう」


 私は嫌な顔をしました。

 話をする事については吝かではないのですが、何だか彼女の目がぎらりと光った様な気がして居心地が悪かったのです。

 私は提案を飲みました。

 いえ、飲まされたと言った方が良いでしょうか。彼女の目は私に有無を言わせませんでした。


 私は彼女ととりとめのない会話をしました。

 趣味は何だとか、好きな小説は何だとか、そんな世間話でした。

 柔らかい表情で話していた邑でしたが、再び目を光らせるとあなたご兄弟はいらっしゃるの、と私に尋ねました。


 多分いない、と私は答えました。

 私は一人っ子であったはずです。


 二人の姉と一人の弟が居たような気もしますが、しかしそれが何だというのでしょう。

 確かに私は一人っ子なのです。


 多分とはどういう事なの、と邑は私から目を離さずに問いかけます。

 私は姉弟が居るかもしれない事を説明しました。


「ふうん。ご姉弟はどんな方なの?」


 私の姉弟は優秀なのです。

 二人の姉は国の運営する大学を卒業し、国を左右する重要な研究に携わっていますし、一人の弟もまた、国の運営する大学に在学しており、医者を目指しているのです。


 それを邑に伝えると今度は、じゃああなたはと問われました。

 ゾッとしました。


 しかし私は誘われるように自分の劣等ぶりを話して聴かせました。


 だからあなたは一人っ子なのねと邑は納得しています。

 そして続けてこんな事を言うのです。

「私はね、あと三ヶ月で死ぬわ。でも、あなたの話を聴いたら私の人生も多少はマシなものなのかもしれないと思ったわ」


 意味が分かりません。

 何がマシだと言うのでしょうか。

 死ぬより最悪な事などこの世には存在しません。

 それは当たり前に誰にでも訪れるものですが、当たり前に誰でも畏れるものなのです。

 万人が畏れるのですから最悪以外の何物でもないのです。


 店内はコーヒーの湯気に包まれていて、非常に湿気が高くなっていました。

 しかし、今私がかいている嫌な汗は湿気の気持ち悪さに起因するものではないのでしょう。


 しばらく沈黙が続きました。


 彼女は私から目を離し、すっと立ち上がると、案内するわと言って店を出て行きます。


 私は慌てて立ち上がり、会計を済ませると彼女の後を追います。


 背中の方で老紳士がありがとうございましたと言うのが聞こえました。

 心の中でどういたしましてと返すと、またのご来店をお待ちしておりますと返ってきました。


 なるほど、どうやら老紳士は人の心を読む事ができるようです。

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