表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

心躍る爆弾女

「うぅ~~!」


「ちょっと奈緒ちゃん?」


「あっ、すいません!ちょっと妄想してました。」


「だと思った。奈緒ちゃんの事だから、

またあの子の事でも考えてたんでしょ?」


「そうなんですよ!私が作ったカニクリームコロッケをあの子が...。」


「でも奈緒ちゃん、まだ作ってる途中なんだから、

妄想するにはまだ早いわよ!

みんなあなたが成形し終わるのを待ってるんだから。」


「み、みなさんすいません!すぐ終わらせますから!」


女はすぐさま妄想をやめて現実に戻り、

彼女を待っている他の生徒たちの視線を感じながら、慌てて中断していたコロッケの成形作業を再開した。


この奈緒という女は、現在料理教室にてカニクリームコロッケを作っている。


しかも今日は自分が作っている様子をビデオカメラで撮影している。



この理由を知っている講師の友里は、そんな彼女を見ながら苦笑しつつも微笑ましく思っていた。




何も知らない他の生徒たちから“変人認定”されている奈緒だが、

彼女はちょっとした有名人である。



阿久津 奈緒


この名前を聞くと、10人に3、4人は知っているであろう、

最近人気が出てきた小説家なのだ。


しかしこの名前は当然の事ながらペンネームなので、

普段は本名の佐々木奈緒として生活している。



彼女には愛する家族がいる。


つい2週間前に4才になったばかりの一人娘、実生みう


ちなみに奈緒はシングルマザーでもある。





元々恋愛に無関心で必要性を感じない彼女は、恋をしたこともなければ交際経験もない。


当然の事ながら実生の父親とも交際していたわけでもない。



実生の誕生は奈緒の人生設計の中には元々入る予定のないものだったが、

予想外の妊娠に驚きはしても案外あっさりと生むことを決めた。


それはちょうど小説家として軌道に乗り始めてきた時期だったのが大きかった。


高校時代に雑誌に投稿した小説が新人賞をとり、

大学卒業後はコンビニでバイトをしながら、執筆 活動に励んでいたのだが、

24の時にそれまで書いていたティーン向けの恋愛小説から、気分転換に書いたホラー小説が出版社に気に入られ出版したところ、

地味に売れ始め、続くホラー2作目ではバイトを辞めても贅沢をしなければ最低限の生活ができるぐらいになっていた。


そして小説家として波に乗り始めようとした矢先に妊娠がわかる。


元々生理不順で生理がない月があっても気にしなかったのが災いして、気づくのが少し遅れた。


しばらく体調不良だったのを母親から妊娠ではないかと指摘され、冗談半分で妊娠検査薬を生まれて初めて使ってみたところ、

母親の目の前で見事に陽性反応を出してしまった。


歓喜をあげる母をよそに、奈緒は数十秒前に存在を知った我が子の父親の顔を必死に思い出そうとしたが、できなかった。


数ヶ月前に友人から小説のネタになるからと、人数合わせのために無理やり参加させられた合コン。

異性と親交を深めようなんて気はさらさらない彼女は、普段より高めの声で騒ぐ女性陣と無理してテンションを上げているであろう男性陣の輪の中に入らず、黙々と飲み食いをしていた。


どういうわけかその夜は自宅に戻らず、翌朝は駅前のホテルの部屋で目を覚ました。


見慣れない天井が目に入った時はベロベロに酔っ払った自分を友人がホテルに連れて行ってくれたのだと思った。


しかし二日酔いからくる頭痛の痛みで意識がはっきりしだすと、下半身の鈍痛と自分が半裸である事に気づき驚いた。


心臓がバクバクし始めながらも人の気配を探ったが何もなく、自分が顔も名前も知らない男にやり逃げされたと認識した時は悔しくてしばらくベッドを蹴り続けた。


シャワーを浴びて頭痛と下半身の痛みに悶絶しながらホテルを出ると、携帯電話に友人から着信が入り、

昨夜酔っ払った奈緒を女性陣の1番人気だった男が介抱すると言って、自分を店から連れ出したまま戻らなかったと知った。

男はその場から逃げる口実に奈緒を使ったのだろう。


しかしそのついでに酔いつぶれた女を相手にやるなんて、男として最低だ。鬼畜だ。


奈緒は友人に男が自分に何をしたかを話すと、友人は初めこそ怒りはしたが後半はなぜか羨ましがられて困った。


こんな経緯もあり、中絶する事も考えはしたが、

娘の結婚や孫の誕生を諦めていた母の説得や、妊娠中や出産後もあまり仕事に影響はないだろうという事もあり、奈緒は出産する事を選んだ。


これが意識のある状態でやられていたら違う選択を取っていたかもしれないが、

奈緒自身には酔っ払っていたせいで幸か不幸か、その時の記憶はなかった。


要するに彼女は


“コウノトリが赤ちゃんを運んできてくれた”


という、都合の良い解釈をしたのだ。


そうして誕生した実生。


生まれてからしばらく経って、我が子の目が自分とは似ていない事にショックを受けたものの、

やはり1年の半分以上を共に過ごし、

お腹を痛めて生んだ我が子を愛さずにはいられない。


そうして現在も愛する娘のために料理教室に通い、今晩の夕食になるカニクリームコロッケを作っているのだ。



「今夜はこれで大丈夫ね!」


カニクリームコロッケが完成し、試食の後に奈緒以外の生徒が全員帰った後、

自分が作ったカニクリームコロッケをタッパーに入れている奈緒に、友里が声をかけた。


「えへへ。このコロッケとビデオと友里サマがいてくれたら実生は大丈夫!」


「よし!それじゃ今からこっちの準備もしようか。」


友里に促されて奈緒はキッチンから別室に移動し、今夜決行する待ちに待った大仕事の準備に取りかかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ