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「その石は不吉な深海色だ」と婚約破棄された石読み令嬢ですが、実は前世の分光分析で真実に気づいていました~婚約破棄、謹んでお返しします~

作者: uta
掲載日:2026/09/01

「セレスティア! お前の読んだ予言石は全て偽りだ!」


婚約披露の大典。金糸の垂れ幕がきらめく大神殿の中央で、王太子ジェラルドの声が高々と響いた。


「真の聖女ミレーヌの石は輝く黄金! 対してお前が担ぐ石は不吉な『深海色』——国に災いを呼ぶ呪われた石だ! 婚約は破棄する。神殿からも追放だ!」


(ああ、始まったな。……時間の問題だとは思っていましたが)


私——セレスティア・ハーヴェンは、心の中でだけ小さく息を吐いた。


銀灰色の髪。地味な神殿装束。感情を出さない『石読み令嬢』。陰では無能と嘲られてきた私が、こうして衆目の前に引きずり出されるのは、まあ、時間の問題だったのだろう。


寵姫ミレーヌが、涙をひとしずく頬に伝わせながら囁いた。


「セレスティア様の予言石は……いつも暗い青。皆、恐れておりましたわ」


どよめきが広がる。深海のような青黒い石は、この国では『凶兆』とされてきた。


(知らんがな、と言いたいところですが。……この石の正体を、この場の誰よりも知っているのは、私だけなのですよね)


前世の記憶が、静かに脳裏をよぎる。深海。分光分析。含水結晶。


私は前世で、現代日本の海洋調査研究員だった。深海の鉱物を、分光にかけて調べる日々。だから、わかる。この石の正体を、真の意味を、この場の誰よりも。


だから、私はただ一言。


「そうですか」


祭壇の上の深海色の予言石を、そっと差し出す。


「では、この石はあなた方に差し上げます」


「……なんだと?」


拍子抜けした顔のジェラルドに、私は静かに背を向けた。


「ああ、水を抜かないよう、お気をつけて」


誰も、その言葉の意味を理解しなかった。


ざわめく群衆の間を、私は一度も振り返らずに歩いていく。


(さようなら。劣化した黄金と、それを崇める愚かな人々。……答えは、初めからこの色だったのに)



辺境の港町。潮の匂いが染みついた古い漁師小屋を、私は仮の神殿と定めた。


「先生! お茶が入りましたよ!」


そばかすの残る素朴な少女——ネリーが、湯気の立つカップを差し出す。神殿の下働きだった彼女は、些細な失態を理由に追放されたところを、私が拾った。


「ありがとう。ネリー、その棚の石を持ってきてくれる?」


「はいっ! ……あの、先生。この石、本当にただの石じゃないんですよね?」


私は持ち出した深海色の予言石を、机の上に並べた。


「ええ。これは深海性の特殊鉱物——『含水結晶』。水分と圧力、塩分の含有量で発色を変えるの」


「がんすい……けっしょう?」


首をかしげるネリーに、私はうなずく。


前世で私は、海洋調査研究員だった。深海の鉱物を、分光分析にかけて調べる日々。だから一目でわかった。


「黄金に輝く石ほど、水が抜けて劣化している証拠。あれは吉兆じゃない。割れる寸前の悲鳴なのよ」


「え……じゃあ、輝いてる方が、ダメってことですか!?」


「そういうこと。深海色こそ、結晶が健全で、正しく共鳴している証。……この国はずっと、死にかけた石の言うことを聞いてきたの」


つまり——この国の予言の吉凶判定は、初代聖女の頃から、丸ごと逆に伝わっていたのだ。


「じゃ、じゃあ、セレスティア様の石が本物ってことじゃないですか!」


「そういうこと。……まあ、彼らは信じないでしょうけどね」


ネリーが、ぷくっと頬を膨らませた。


「あんな連中、放っておけばいいんです! 先生を追い出しておいて!」


「ふふ。もう、言い訳に付き合うのはやめました。事実だけ、深海の底に沈めておきましょう」


私はカップを傾け、窓の外に広がる暗い海を見た。


(黄金の石は、まもなく砕ける。そのとき、この国は初めて気づくのよ。凶兆と切り捨てた青こそが、唯一の光だったと)



その男が港町に現れたのは、雨の夜だった。


無骨な体躯。海のように昏い青の瞳。腰には海竜騎士の証たる鱗紋の剣。


「ヴィルヘルム・ノルド……様? ど、どうしてこんな辺境に……」


ネリーが息を呑む。『冷酷無比の氷の騎士』と噂される男。だが私は知っていた。


この人は、予言石の誤読で処刑されかけた冤罪の騎士。かつて私が、石の正しい共鳴を証拠に、その無実を密かに証明した相手だ。


「……あなたを、探していた」


低く、たどたどしい声。


「助けられた恩を、返していない」


「お気になさらず。私はただ、事実を述べただけです」


そう答えると、彼はしばらく黙り込み、それから懐から——濡れた小さな子猫を取り出した。


「……道端で、鳴いていた。放っておけなかった」


その大きな手が、子猫を守るように震えている。よく見れば、彼の目の縁がほんのり赤い。


(え。この人、泣いてる? 子猫拾って? ……冷酷無比、どこへ行った)


「先生、この方……見た目より、ずっと……」


「ええ。うん。だいぶ、ギャップがすごいわね」


ヴィルヘルムは気まずそうに視線を逸らし、ふと、机の上の深海色の石に目を留めた。


「……その石は」


「凶兆と嫌われた、深海色です。私と同じで、この国では嫌われ者ですね」


少しの沈黙。


それから彼は、ぽつりと言った。


「……あなたの読む青は。俺には、一番あたたかく見える」


不器用に、まっすぐに。世辞も愛想も知らない男の、飾りのない一言。


この国で唯一、深海色を『あたたかい』と評した人。


私は思わず、口元をほころばせた。


「……そう、ですか。それは——光栄です」


雨音の中、子猫が小さく鳴いた。



それは、大典から数週間後に起きた。


王都の神殿。輝く黄金の聖女石が——乾ききって、砕け散った。


パリンッ、と。ガラスが割れるような、乾いた音を立てて。


「な……なんだこれは!? 聖女石が……砕けただと!?」


ジェラルドの絶叫が、神殿にこだました。


同時に、予言機能が停止する。国境の魔物侵攻を、誰も予知できなくなった。


「落ち着け、ミレーヌ! 予言機能が……国境の魔物侵攻が、予知できぬ……!」


慌てて各地の石を確認した神殿の司祭たちは、青ざめた。


「黄金に近い石ほど……ひび割れている……!」


「全て、死にかけております……!」


ミレーヌが、震える声で叫んだ。


「そ、そんなはずないわ! 黄金は吉兆でしょう!? 輝いているのに、なぜ砕けるの!?」


誰も答えられない。彼女自身が、石を読めたことなど一度もなかったのだから。


「わ、わたくしのせいじゃないわ! だって、輝いていたのよ!? 誰もが吉兆と……」


(……読めた、ことなんて。一度も、なかった。乾いていく石を、ずっと吉兆と信じて……)


乾いて劣化していく死のサインを、彼女はずっと『吉兆』と信じ込んでいたのだ。


——魔物が国境を越えた。予知なき王都は、大混乱に陥った。


そして司祭たちは、ようやく思い出す。


唯一、正しく共鳴し続けている石が、この国に一つだけ残っていたことを。追放した、あの石読み令嬢が持ち去った——深海色の石を。


ハーヴェン公爵邸。


白髪交じりのアルベルト公爵は、砕けた黄金石の報せを聞き、静かに目を閉じた。


「……水を抜かないよう、気をつけろ、か」


娘が去り際に残した一言。その意味を、彼だけは今、痛いほど理解していた。


「セレスティア。お前は、初めから全て見抜いていたのだな」


窓の外、王都の空に、警鐘が鳴り響いていた。



国王が、辺境の港町へやってきた。


供も最小限に、王冠を胸に抱き、直々に頭を下げるために。


「セレスティア・ハーヴェン殿。……頼む。国を、救ってはくれぬか」


その後ろには、憔悴しきったジェラルドの姿があった。


「頼む、戻ってくれ! お前がいなければ国が……! 俺が、俺が間違っていた!」


縋りつくように叫ぶ王太子に、私は静かに応じた。


「……国王陛下自ら、こんな辺境まで。頭をお上げくださいませ」


「セレスティア、聞いてくれ! ミレーヌは偽物だった! お前が本物だったんだ! だから——」


偽聖女と露見したミレーヌは、既に追放が決まっている。他人を陥れた言葉が、そのまま自分に返ったのだ。


「偽聖女の追放は、既に決まっているとか。他人を陥れた言葉が、そのまま自分に返る。……因果応報とは、よく言ったものですね」


私は深海色の予言石を、そっと掲げた。


石は、深く、静かに、美しく輝いていた。健全な結晶だけが放つ、本物の共鳴の色。


「初めから、答えはこの色でしたのよ」


群衆が息を呑む。かつて『凶兆』と嫌った青が、今や国を救う唯一の光だと、誰もが理解していた。


「そ、その青が……国を救う光だと……?」


そして私は、ジェラルドに向き直る。


「——なお、婚約破棄のお申し出は、こちらから謹んでお返しいたします」


静かな、けれど絶対の拒絶。


「そんな……! セレスティア……!」


ジェラルドは、その場に崩れ落ちた。



国は、予言石の判定を全面的に改めることを決定した。


黄金は劣化、深海色は健全。初代聖女から続いた誤りは、ようやく正される。


私は追われた者たちと共に、新たな『深海神殿』を興した。冤罪の騎士たち、追放された下働き。虐げられた者たちが集う、本物の予言の担い手として。


「先生! 新しい石、また綺麗な青ですよ!」


ネリーが弾んだ声で駆けてくる。その足元で、すっかり大きくなった子猫が鳴いた。


「ああ。……いい色ね」


隣に、ヴィルヘルムが静かに立つ。相変わらず無口で、不器用な男。


「セレスティア」


「はい?」


彼は少し言い淀んでから、海を見つめて呟いた。


「……この町の海も。あなたの石と、同じ色だ」


「ええ。だから私、ここが気に入っているんです」


潮風が、銀灰色の髪を撫でる。


深海の底に沈めた事実は、静かに浮かび上がり、この国を照らした。


そして私の新しい物語は——きっと、この一番あたたかい青から始まるのだ。


(さて。次はどんな色を、読みましょうか)

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