エピローグ
その後、傷が癒えたアルジェは、領地から忽然と姿を消した。
ロッシーニ家が密かにメルクルディ国からの離脱を進める中、第二王子から再三アルジェとの結婚を望む手紙が届いていた。
その執拗さは、身の危険を感じるほどだった。
「仕方ない……お前だけ、先に行かそう」
アルジェの母は、隣国カルナの侯爵家出身だ。
姉が、王妃に仕える侍女長をしており、王家とも繋がりが強い。
現在、国境を接するカルナに、領地を併合して貰えるよう、交渉を行っている。
家族からの過干渉に疲れていたアルジェは、両手を挙げて喜んだ。
「ならば、学校に通いたいです」
十歳から王宮に閉じ込められ、不必要に高度な王太子妃教育を施されてきたアルジェ。
友達も欲しいし、剣術も極めたい。
そして選んだのが、ダルタニアン騎士学校。
女性騎士の育成にも積極的な開かれた校風が持ち味だ。
そこで、アルジェは、初めて共に剣を握る女の子の友達ができた。
毎日が楽しくて、楽しくて、楽しくて、すっかり忘れていた。
自分が、元王太子妃であったことを。
「守られる側が、守る側にくるとか、勘弁してくれよな」
「全く、やりにくくて仕方ない」
「怪我とかさせたら、首チョンパだったりしてな」
男子生徒の心ない悪口が、時々聞こえてくる。
模擬戦で彼女に負けた腹いせなのだろうが、程度が低すぎて相手にするつもりもない。
アルジェは、淡々と木刀を振る。
ひたすらに、『剣聖』と呼ばれた初代ロッシーニ公爵を目指し、鍛錬を重ねる。
そんなある日、再び模擬戦で、騒ぎが起きた。
「きたねーぞ!」
対戦相手だった男子生徒が、思わず口汚くアルジェを罵った。
期末テストを兼ねた立ち会いで、アルジェの背後を取ろうとした時、振り返った彼女のポニーテールが目に入ったと言うのだ。
騎士として、対等な試合をする中で、背後から襲うなどあってはならないこと。
自分のことを棚に上げ、
「その長い髪も、武器かよ。元王太子妃だからって、ズルが過ぎるんじゃねーか?」
と大声を上げる姿は、あまりにも無様。
審査をしていた教師達も、眉をひそめ、他の生徒達からも非難の視線が向けられた。
常々問題行動が多かった生徒だが、このありさまでは、退学も視野に入れなければならない。
その場にいたものが、この場を収めようと動き始めた瞬間、
ブチッ
なんと、アルジェが護身用に配られていた短刀で、自分の髪を切ってしまった。
そして、流石に呆然とする男子生徒に向かって、まさしく馬の尻尾のような髪束を投げて捨てる。
「さぁ、もう一度立ち合いを」
顎より短くなったおかっぱ頭を、そよ風がサラサラと動かす。
そこには、元王太子妃の姿などなかった。
ひたすらに研鑽を積み、手にできたマメを何度も潰し、泥水を啜ってでも前に進もうとする一人の剣士がいた。
「かっこいい……」
周りを取り囲む生徒の一人が呟いた。
その漆黒の髪が印象的な少年は、アルジェの圧で動けなくなった対戦相手の元へと歩いて行く。
そして、アルジェの髪を地面から拾い上げると、ウエストポーチに入れてしまった。
流石にアルジェも、その行為には、虚を衝かれる。
「貴方、私の髪をどうするつもり?」
「要らないから捨てたんでしょ?」
質問を質問で返した彼は、アルジェに向かって微笑むと、
「悪いんだけど、対戦相手、僕でもいいかな?」
と聞いてきた。
彼の名は、フルーレ・ギヤマンテ。
騎士団長の息子であり、公爵家の二男だった。
これが、後に、カルナ国の剣の世界において、二大巨頭と呼ばれる二人の初対戦であった。
「君は、美しいね」
「え?」
「髪を切った姿は、正に戦女神といったところかな」
「ふざけないで」
「本当さ、僕は、君になら踏まれてもいいよ」
思わず気持ち悪さで悲鳴を上げそうになったアルジェだが、フルーレの目に一切手心を加える気のない気迫を感じ、背筋を伸ばした。
この一戦、のちのち『剣聖』を争う二人の初戦と称され、同級生達の語り草となるほど、鬼気迫るものだった。
刃を潰した訓練用の剣とは言え、鉄製故に、当たれば骨が折れる。
それを紙一重で躱しては、隙を突くアルジェと、大木すら薙ぎ倒しそうな太刀筋で重い剣を軽々と振るうフルーレ。
試験ということも忘れ、互いに熱くなり、その目が歓喜に輝く。
全力を出してもいい相手。
常に予想を上回る剣捌きを見せてくれる相手。
コレを越えれば、自分は更に高みに行けると思わされる相手。
切磋琢磨とはよく言うが、剣を交えることで、言葉を交わすよりも深い所で会話をしている気分になる。
その後、二人が紆余曲折を経て、人生を共に歩むようになるのだが、それは、また、別のお話。
完




