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英星王座戦 リアライメント・アーク  作者: 明丸 丹一
中世平原大陸ラウンドグレイン
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第15話 五行大循環

 河倉の前面防衛線に、三つの黒金が残っていた。


 一つは、外倉の屋根。


 一つは、水路の底。


 一つは、街道門前の土塁。


 どれも、こぶしほどの小さな巣核だった。


 蜂の巣と呼ぶには、まだ小さい。


 だが近づけば、低い羽音が聞こえる。


 蜜のように光り、甲殻のように硬く、そして地面や木や水の中へ、じわじわと根を伸ばそうとしている。


 リャン・セイは、それを指揮台から見ていた。


 左肩が熱い。


 包帯の奥で、王針蹴撃ロイヤル・スティングの痕が疼いている。


 二度目はない。


 その言葉が、戦場の風よりも近くにある。


 ケーニギンが残した三つの巣核。


 壊せないわけではなかった。


 フェルムの白虎刀なら斬れる。


 イグニスの朱雀双刃なら焼ける。


 テルスの黄龍盾槌なら砕ける。


 だが、外倉の屋根を壊せば麦袋が晒される。


 水路の底を砕けば、せっかく戻した流れが濁る。


 土塁を崩せば、河倉の前面防衛線そのものが開く。


 壊せる。


 だが、壊せばこちらも傷つく。


 ケーニギンは、そこまで見て巣核を置いた。


 女王蜂は、巣を作る場所を誤らない。


 リャンは唇を噛んだ。


 五柱はそれぞれの位置で巣核を封じている。


 リグナは外倉の屋根の下に青龍長槍を立て、梁に青い光を巡らせていた。


「まだ持ちます。ですが、長くはありません」


 彼の声は静かだった。


 焦ってはいない。


 だが、余裕もない。


「木の中に、巣が根を張ろうとしています。木の弱いところをよく知っている」


 イグニスは外倉の下で赤い煙を広げ、蜂臣を寄せつけないようにしている。


「こっちへ来るなよ、絶対来るなよ。来たら煙で泣かすからな」


 軽口はいつものままだ。


 だが、朱雀双刃を握る手は力強い。


 煙を濃くしすぎれば人が倒れる。


 薄すぎれば蜂臣が抜けていく。


 火を燃やせば外倉も巻き添えにする。


 火柱でありながら、燃やせない。


 その制限の中で、イグニスは火をうまく使っていた。


 テルスは土塁の巣核の前に立っていた。


 黄龍盾槌を地へ置き、両手を添えている。


「重い」


 短い言葉。


 それだけで、周囲の兵が息を呑む。


 土塁の下では、黒金の巣核が土の隙間へ入り込もうとしている。


 テルスはそれを押さえている。


 ただし、強く押し潰せば土塁が崩れる。


 強く支えすぎれば、今度は別の場所が沈む。


「動かすな。近づくな。ここは、まだ沈む」


 それだけ言って、彼はまた黙った。


 フェルムは街道門側を守っている。


 白虎刀を抜いたまま、巣核から伸びる細い黒金の線を断ち続けていた。


 蜂臣は斬らない。


 蜜の器も斬らない。


 外倉の木も、水路の石も、土塁の土も斬らない。


 ただ、従属の地脈だけを斬る。


 そのために、彼女の刃はいつもより鋭く、いつもより慎重だった。


「断つべきものを誤れば、守りは破壊になります」


 フェルムは自分に言うように呟いた。


 ウンダは水路の縁で、玄武鎖鞭を水の中へ沈めている。


 水路の底に残った巣核は、まだ小さい。


 だが、そこから蜜のような薄い光が流れへ滲もうとしていた。


 ウンダはそのたびに、黒い水の輪を作って押し返す。


「水は、変わります」


 彼女は言った。


「一度濁れば、流しただけでは戻りません」


 五柱ごちゅうは持ちこたえている。


 だが、押し返してはいない。


 巣核は残っている。


 低い羽音は、少しずつ強くなっている。


 後方では、王朝兵と元郷兵が控えていた。


 トウ・カクの兵は城門側に並び、槍を構えている。


 バン・ロウと元郷兵たちは土嚢や板材を運び、いざという時の退路を開けている。


 リン・ファは民を下げ、病人と子どもを城門の内側へ移していた。


 記録官ユエンは指揮台の横で帳面を抱え、戦場を見ながら何度も唇を噛んでいる。


 彼らは前へ出ない。


 出られない。


 前面防衛線は、人間の兵が数で押す段階ではなかった。


 街道の向こうには、ガイ・レンがいる。


 蜂印の兵も、後方に控えている。


 粥の釜も、薬蜜の壺も、甘露の小瓶も見える。


 彼らも前へ出ない。


 前にいるのは、黒金の女王蜂。


 英星エクススター、ケーニギンだけだった。


 彼女は防衛線の向こうで、静かに立っていた。


 昨日も五柱とぶつかっていたはずなのに、呼吸は乱れていない。


 翅が低く鳴っている。


 地に足を置き、いつでも踏み込める姿勢で、三つの巣核を見ている。


「リャン・セイ」


 ガイ・レンの声が届いた。


「まだ壊さないのか」


 リャンは答えた。


「壊せば、河倉の入口まで壊れる」


「なら、私が使う」


「使わせない」


「なら、守りきれ」


 ガイ・レンの赤い冠星紋クラウンが光った。


 それに呼応するように、ケーニギンの周囲の蜂臣が一斉に羽音を強める。


 ケーニギンが、リャンを見た。


「弱き群れは、散れば死にます」


 彼女の声は、戦場に不思議とよく通った。


「巣は、弱きものを冬まで運ぶためにあります」


「村は巣じゃない」


 リャンは言った。


「村は、散ります」


「散らさない」


「巣でなければ、どうやって」


「巡らせる」


 その答えは、まだ未完成だった。


 リャン自身にも、完全な形は見えていない。


 それでも、言葉は出た。


「倉を巡らせる。水を巡らせる。道を巡らせる。人を巡らせる。蜜も、甘露も、必要なら巡らせる。だけど、巣には入れない」


 ケーニギンは、ほんのわずかに首を傾けた。


 理解できないというより、理解しようとしている仕草だった。


 だが、ガイ・レンは待たない。


「ケーニギン」


「はい」


「河倉の前面を取る。巣核を起こせ」


 ケーニギンの複眼が黒金に光った。


 彼女の足元から、低い羽音が地面へ落ちる。


 三つの巣核が、同時に脈打った。


 外倉の屋根にあった黒金が膨らむ。


 木の梁へ、六角の模様が浮かび上がる。


 水路の底に沈んでいた巣核から、蜜のような膜が広がる。


 街道門前の土塁には、黒金の細い線が網のように走る。


 リャンは、背筋が冷たくなった。


 これはもう、蜂を差し込んでいるだけではない。


 場を変えようとしている。


 外倉を、貯蜜室へ。


 水路を、蜜と毒の流路へ。


 土塁を、巣壁へ。


 河倉の前面防衛線そのものを、蜂の巣の入口へ。


 ケーニギンが両手を広げた。


 黒金の翅が、陽の光を受けて大きく開く。


超真星スーパーノヴァ


 羽音が一つになる。


黒金蜂巣ハイヴ・インペリウム


 三つの巣核から、黒金の巣脈が一斉に走った。


 速い。


 蜂臣の群れより速い。


 それは、すでに地形を知っていた。


 外倉の弱い梁。


 水路のひび。


 土塁の沈む場所。


 荷車の轍。


 兵が踏み固めた道。


 民が逃げる時に通る隙間。


 全部を、蜂臣がすでに数えていた。


 だから黒金蜂巣は迷わない。


 もっとも入りやすい場所へ、もっとも壊しにくい形で広がっていく。


「リグナ!」


 リャンが叫ぶ。


「押さえています」


 リグナの青龍長槍から、青い光が強く伸びる。


 外倉の梁が青く光り、黒金の巣脈を押し返す。


 だが、巣脈は梁を避けるように屋根板の裏へ回る。


「これは、木を殺しに来ていません」


 リグナの声が硬くなった。


「木を使おうとしています」


「使わせるな!」


 イグニスが朱雀双刃を交差させた。


 赤い煙が外倉の周囲へ回る。


 蜂臣の飛行を乱す。


 だが、黒金蜂巣はもう蜂臣だけではない。


 煙を避け、水路を通り、土の中を走る。


「ちっ。煙が読まれてる!」


 イグニスが叫ぶ。


「火を強めるか」


「外倉が燃えます」


 ウンダが即座に返す。


「分かってる! 言ってみただけ!」


 テルスが黄龍盾槌を地面へ打ち込む。


 土塁が重く鳴った。


 黒金の巣脈が土の中で止まる。


 だが、止まった場所が膨らみ、土塁の表面へ六角の模様が浮かぶ。


「重い」


 テルスは短く言った。


「だが、軽くもなる」


「どういう意味だ」


 バン・ロウが後方から叫ぶ。


「土塁の中が抜ける」


 テルスがもう一度、地を打つ。


「近づくな」


 その瞬間、土塁の一部が沈みかけた。


 テルスの黄龍盾槌がそれを押さえる。


 大地そのものを片手で支えるような姿だった。


 フェルムは巣脈を斬り続けていた。


 白虎刀が走る。


 黒金の線が断たれる。


 だが、断たれた先から、また別の線が伸びる。


 線ではない。


 網だ。


 網の一部を切れば、別の糸が迂回する。


 フェルムの額に汗が浮かんだ。


「斬り続けるだけでは、追いつきません」


 ウンダが水路で膝をついた。


 玄武鎖鞭の輪が、水の流れを守っている。


 だが、黒金の蜜が、水へ混じろうと滲んでくる。


 毒ではない。


 今は、まだ毒ではない。


 だが、濃すぎる蜜は水を変える。


「主君」


 ウンダの声が静かに響いた。


「このままでは、井戸へ届きます」


 リャンは指揮台から立とうとした。


 肩が痛み、膝が揺れる。


 ユエンが慌てて支える。


「殿下!」


「立てなくても、見える」


「立つ必要はありません」


「見ないと、決められない」


 リャンは五柱を見た。


 それぞれが正しい場所で戦っている。


 だが、黒金蜂巣はそれぞれを分断している。


 外倉のリグナ。


 煙のイグニス。


 土塁のテルス。


 道のフェルム。


 水路のウンダ。


 五人がそれぞれ強いほど、黒金蜂巣はその隙間へ入り込む。


 巣は、分かれたものをつなげる力だ。


 ケーニギンの力は、ただ蜂を増やすことではない。


 離れた場所を、女王の支配線で一つにすること。


 なら、五柱も一つにしなければならない。


 ただし、同じ形に並べるのではない。


 違うまま、巡らせる。


「五柱!」


 リャンは叫んだ。


 声が思ったよりも細かった。


 それでも、届いた。


「押し返すな。巡らせろ」


 イグニスが振り向く。


「どういう意味だ、主君!」


「巣脈を一か所ずつ止めても、また別の場所から来る。だから、五つの場所を別々に守るんじゃない」


 リャンは息を吸った。


 胸が痛い。


 肩が焼ける。


 だが、言葉は止めない。


「外倉と水路と土塁を、一つの場として守る」


 リグナが、静かにうなずいた。


「根をつなぐのですね」


「そうだ」


 ウンダが続ける。


「流れを分けず、巡らせる」


「そう」


 テルスが短く言う。


「中心は」


 リャンは一瞬黙った。


 中心。


 五柱を巡らせる中心。


 自分なのか。


 この弱い身体が。


 二度目を受ければ死ぬ身体が。


 そう思った瞬間、リャンは自分の肩を押さえた。


 怖い。


 だが、逃げれば五柱はばらばらに戦い続ける。


 ケーニギンの巣は、必ずその隙間を取る。


「俺が中心に立つ」


 ユエンが青ざめた。


「殿下」


「物理的に前へ出るわけじゃない」


「それでも怖いことを言っています」


「分かってる」


 リャンは左目の熱を感じた。


 青い冠星紋クラウンが強く光り始める。


 防衛線全体が、別のものとして見えた。


 外倉。


 水路。


 土塁。


 街道門。


 城門。


 後方の民。


 さらにその先の村々。


 倉と水と道と人が、線でつながっている。


 それを黒金の巣が塗り替えようとしている。


 なら、こちらは別の巡りを起こす。


 五柱が、それぞれ武器を構え直した。


 リグナは青龍長槍を東へ向ける。


 イグニスは朱雀双刃を南へ広げる。


 テルスは黄龍盾槌を中央へ据える。


 フェルムは白虎刀を西へ抜く。


 ウンダは玄武鎖鞭を北へ巡らせる。


 五色の光が、防衛線に立つ。


 青。


 赤。


 黄。


 白。


 黒。


 リャンの頭の奥で、声が響いた。


 英星エクススター超真星スーパーノヴァ接続。


 リャンは声を出した。


「この大地に、来年の種を戻す」


 その言葉で、五柱の光が強くなった。


 ウンダの静かな声が、最初に響く。


「森羅万象を、八卦へ畳む」


 防衛線の地面に、八つの相が浮かび上がる。


 天。


 地。


 風。


 雷。


 水。


 火。


 山。


 沢。


 黒金に塗り替えられかけた場が、別の秩序で折り畳まれていく。


 リグナが続く。


「八卦は、四象へ」


 東に青。


 南に赤。


 西に白。


 北に黒。


 中央に黄。


 五つの光が、防衛線のそれぞれの要へ入っていく。


 フェルムの声が、刃のように響く。


「四象を、両儀へ」


 場が二つに分かれる。


 陰と陽。


 受けるものと、決めるもの。


 大地と、人。


 テルスが低く言う。


「陰は五柱」


 五柱の足元から、地脈のような光が広がる。


 イグニスが、珍しく軽口なしで言った。


「陽は主君」


 リャンの左目が強く光った。


 身体は弱い。


 毒を覚えている。


 今も立っているだけで痛い。


 それでも、ここにいる。


 逃げずに、決める。


 それが陽だった。


 五柱の声が、重なった。


超真星スーパーノヴァ


 五色の光が、防衛線を包む。


五行大循環サイクル・オブ・アース

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