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ダークストーン ~【心臓喰らいの復讐譚】神殺しの魔女と不死の傭兵~  作者: 花見川さつき
第二章 ロイ編

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第052話 ジャックの真意

 陽の光が差す廊下。その場所をセレンドラが歩いていた。


 彼女の表情は硬い。

 先日、バルディアでの戦いでアベリーから突きつけられた言葉が、棘のように心に刺さったまま抜けないのだ。


『ジャックの主張する神託は、自身の野望を正当化するための捏造です』


(そんなはずはない……ジャックは、誰よりも女神様の復活を望んでいるはず……)


 自らに言い聞かせるように歩を進めるが、胸のざわめきは収まらない。

 突き当たりの部屋の前には、二人の見張り番が立っていた。中にはジャックと、捕らえられた不死身の男がいるはずだ。


 セレンドラが近づくと、見張りたちが槍を交差させて行く手を阻んだ。


「セレンドラ様。これ以上はお通しできません」


「退きなさい。ジャックに報告があるの」


「申し訳ありません。重要な尋問中につき、誰も近づけさせるなと厳命されております」


 見張りは頑なだった。普段ならば最高幹部である自分の行く手を阻む信者など皆無だ。

 それをここまで頑なに拒むということは、聞かれたくない会話をしているということの裏返しとも言える。


 セレンドラは懐から金貨を取り出し、見張りの手に握らせた。


「これは教団のためなの。あなたたちは何も見ていない……それだけでいい。協力してくれる?」


「い、いや、ですが……」


 見張りたちが困惑して顔を見合わせる。セレンドラはさらに畳み掛けるように、もう一枚ずつ金貨を渡した。


「私は女神様のためにしか動かない。これもその一環よ。私を信じて」


 彼女の真剣な眼差しと、掌にある重み。見張りたちは一瞬の逡巡の後、無言で金貨を懐にしまうと、音もなく道を開けた。


「どうも」


 セレンドラは短く礼を言い、足音を殺して扉へと近づく。そして、その厚い鉄扉に耳を澄ませた。


---


 部屋の中では、ジャックが拘束されたロイの横に立って見下ろしていた。

 ロイは全身を鎖で巻かれ、首には神経毒の点滴が繋がれている。身動き一つ取れない状態だが、その口だけは減らず口を叩いていた。


「それで、あんた誰?」


「私はマルファー教団革新派の神託者、ジャックだ」


 ジャックは芝居がかった仕草で胸に手を当てて名乗る。


「革新派? あんたら過激派じゃないの?」


「それは穏健派の連中が勝手に呼んでいるだけだ。自分たちで過激派を名乗るわけがないだろ」


 ジャックはフッと鼻で笑う。


「あのさ。一応聞いておきたいんだけど、俺をここに連れてきたアベリーって……偽物だったりする?」


「はぁ? 何を言っているんだ? 偽物に決まっているだろ。あれは変身能力を持った私の仲間だ」


 ジャックが呆れたように答えると、ロイは天井を仰ぐように目を動かした。


「だよなぁ〜。おかしいと思ったんだよ。酒飲んでるのに怒らないなんて全然アベリーらしくないし」


「なら何故ここまでついてきたんだ?」


「いや、ちょっとおかしいな程度で偽物だとは思わないだろ。それに美味い酒や飯にありつけるとあっては……ねぇ?」


 悪びれもせず言うロイに、ジャックは愉しげに肩を揺らした。


「ふっ、安心しろ。腹を割いて漆黒石を取り出す前に好きなものを食わせてやる。明日の昼には手術をするから、今日の晩までには何を所望するか考えておけ。これで安心して死ねるだろ?」


「え〜、死にたくないんだけど。石を取り出す手術って死亡率は五割とか言ってたろ? もし生き残れたら解放してくれよ」


 ロイの懇願に対し、ジャックは冷徹な笑みを深めた。


「すまないが、それはできない相談だな。君は話をしている分には愉快な男だ。出会い方が違えば友になれていただろう。しかし、残念ながら敵として出会ってしまった。だから君を殺す。悪いな」


「そんなこと言わないでさ、俺たち友だちだろ?」


 ロイが親しげにウィンクをした、その直後だった。

 ジャックは無言でため息をつき、傍らの台に並べられていた手術用のメスを手に取った。


 そして、流れるような動作でロイの喉元を横一文字に切り裂いた。

 ヒュッ、という小さな風切り音と共に鮮血が舞う。ジャックはロイの耳元で囁く。


「友になれたかもしれないと言っただけだ。調子に乗るなよ」


 気管と頸動脈を断たれた喉からヒューヒューと空気が漏れる音が響く。

 瞳から光が消え、虚ろに虚空を見つめながら死を迎えた。


 ジャックが無造作にメスについた血を布で拭っている間に、ロイの傷口は瞬く間に塞がり、皮膚が再生していく。

 そして、ほんの僅かな間にロイの瞳に光が戻り、焦点が天井に合った。


「……あれ。今、俺のこと殺した?」


「ああ。あまりにも煩くてな。こんなに煩い奴は初めてだ」


 ジャックは平然と答える。ロイは何事もなかったかのように会話を続けた。


「だろうな。あんた、陰気で友だち少なそうだし。交友関係も狭くて俺みたいな奴とは知り合う機会もなかったんだろ? 可哀想だから俺が友だちなってやるよ。ほら、友だちなんだから早くこの拘束を解いてくれ」


「まったく、呆れるな。この状況でも軽口をやめないとは」


 ジャックは心底呆れたように肩をすくめた。ロイは少し声色を落として語りかける。


「こんな無抵抗な相手を殺したら、あんたらが大好きな女神様が悲しむぞ? な、考え直して解放しなさい」


「ふっ。母さんは私が良い子だと心から思っているから大丈夫だ。母さんは絶対に犠牲者を出すなと事あるごとに言っている。自分のために誰かを傷つけてほしくないんだろう。だから私はいつも『もちろんだ。そんなことをするわけがない』と答えている。まあ、御覧の通り、犠牲をたくさん出しているんだがな」


 ジャックの声は悪戯っぽく、とても軽かった。

 その言葉が、扉の外にいるセレンドラの耳にも届く。

 彼女は息を呑む。部屋の中から聞こえてきた言葉は、彼女の信仰を根底から覆すものだった。


「ちょっと待て。あんた、マルファーのことを母さんて呼んでるのか?」


「それがどうした? 私に生きる術を与え、導いてくれた人を母と呼んで何が悪い」


「複雑な家庭環境なんだな……まあ、それはいいとして。お母さんに嘘つくとか酷ぇ息子だよな。心が傷まねぇのかよ」


「全然。これはすべて母さんのためだ。子が母を思ってついた嘘であれば、母親はその嘘を無条件で受け入れるべきだろ。母さんを復活させ、エンテディアへ侵攻し、母さんを地獄に叩き落とした連中を一人残らず殺して、復讐を完結させてやるんだ。最高の親孝行だろ?」


「ならマルファーが復活して、もし復讐を望まなかったらどうするつもりだよ?」


「そんな心配は不要だ。大事な一人息子が説得すれば、必ず私たちと共に憎きゼフィロス王を殺しに行ってくれるに決まっているさ。なんせ、母さんは私のことを心から愛しているからな」


 ジャックは自信に満ち溢れた表情で答えた。


---


 扉の外で、セレンドラは口元を手で覆い、よろめいた。


(嘘……ずっと、嘘をついていたの……? 私に、私たち信者に対して)


 女神からの神託だと言っていた言葉も、目的のために手段を選ぶなという教えも、すべては彼が教団を、そして女神自身を意のままに操るための方便だったのだ。

 彼は女神を敬っているのではない。

 女神を、そして女神を信じる信徒たちを『自分の野望を叶えるための道具』として見ているだけだ。

 母親は子供の嘘を受け入れ、子供のために利用されるべきだという、歪みきったエゴ。それに対して、吐き気を催すほどの憤怒がセレンドラの心の奥深くから湧き上がってきた。


 アベリーの言葉が蘇る。

『ジャックの主張する神託は自身の野望を正当化するための捏造です』


「……その通りだったようね」


 セレンドラの瞳から迷いが消え、代わりに冷たい決意の光が宿った。

 彼女にとっての忠誠の対象は、ジャックではない。あくまで女神マルファーなのだ。

 ならば、女神を愚弄し利用する者は――敵。


 部屋の中から、ジャックが歩く音がした。


「さて、私は明日の手術の手はずを医者と話してこよう。それと、ちゃんと最後に食べたいものを考えておけよ」


「目ん玉が飛び出るような高いものを注文してやるからな。覚悟しておけよ」


 ロイは精一杯の抵抗をするように、捨て台詞を吐いた。


「ふっ。それは楽しみだ」


 足音が扉の方へ近づいてくる。

 セレンドラは素早く身を翻し、廊下の角にある物陰へと身を隠した。


 ガチャリと扉が開き、上機嫌な様子のジャックが出てくる。


「誰が来ても絶対に通すな。いいな?」


「はっ!」


 彼は見張りたちを軽く睨みつけて釘を差すと、そのまま階段の方へと去っていった。


 その足音が完全に聞こえなくなるのを確認してから、セレンドラは影から滑り出るように姿を現した。

 見張りたちが驚いた顔をして寄ってくる。彼らは金貨を受け取って共犯者になってしまった手前、これ以上ジャックに見つかるリスクを冒したくなかったのだ。


「セレンドラ様、早く行ってください! ジャック様に見つかったら殺されてしまいます!」


「……そうね」


 見張りの切実な表情に押され、セレンドラは足早にその場を後にした。


---


 その夜の深夜。根城に居るほとんどの人間が眠りにつく頃。

 部屋に残されたロイもまた、呑気にいびきをかいて眠っていた。


 そんなロイが眠る部屋の外、遥か下の地面にセレンドラの姿があった。

 彼女が手にしている松明の明かりによって、彼女の影が地面に色濃く浮き出ている。


 彼女が意識を集中すると、その影から黒い粒子が溢れ出した。

 粒子は植物のツタのように壁面を這い上がり、高所にあるロイの部屋の窓まで到達した。セレンドラはそれを確認すると、ツタの端の形状を足場となるフック状に変える。


 そこに足をかけると、影でできたツタは縮む力を利用してセレンドラを乗せ、昇降機のように登っていく。

 音もなく、セレンドラはロイの部屋の窓から侵入した。


 そして、セレンドラは無言のまま手術台の横に立つ。その表情は能面のように冷たく、感情が読めない。

 彼女はいびきをかいているロイの頬を軽く叩いて起こそうとする。

 だが、ロイは起きることなくさらに大きないびきをかいた。


 それに苛ついたのか、セレンドラはロイの口を左手で塞ぎ、右手の拳を強く握り、ロイの鼻の辺りを思い切り殴りつけた。


「んぐぅッ!?」


 痛みで目を覚ましたロイは、涙目で侵入者の姿を捉える。


「あれ? あんた、いつぞやの……確か、変な名前の人だよな。シャドウキャスターさん、だっけ?」


「それは二つ名よ。私の名前はセレンドラ。今から解放してあげるから、暴れたりしないでちょうだい」


 そう言うと、セレンドラは首に刺さっていた管を引き抜いた。


「……え?」


 ロイは呆気にとられる。

 セレンドラは冷ややかな目でロイを見下ろした。


「さっさと鎖を引きちぎって起きなさい。毒の供給は止めたわよ」


「えっと……これはどういう風の吹き回しで?」


「勘違いしないで。あなたのためじゃないわ」


 セレンドラは背を向け、扉の方へと歩き出す。扉に耳を当てて外の気配を探っているようだ。


「私は女神様のために動く。ジャックは……女神様の敵だと判断したわ」


「敵……なるほどね。内部崩壊ってやつか」


 ロイは深呼吸をする。

 新しい毒が入ってこなくなったことで、不老不死の再生能力が猛烈な勢いで体内の毒素を分解し始めていた。感覚のなかった指先がピクリと動き、熱が戻ってくる。


「ふぬぬぅぅぅッ!」


 ロイは気合を入れると同時に、太い鎖をその怪力で無理やり引きちぎり、上半身を起こした。

 手術台から降り、軽く屈伸をする。痺れは残っておらず、動くのにまったく支障がない。


「セレンドラだっけ? あんたも一緒に逃げるか?」


 ロイが尋ねると、セレンドラは首を横に振った。


「いいえ。私はここに残るわ」


「は? 裏切ったのがバレたら殺されるぞ」


「ここで逃げ出したら、ジャックの野望を止める者がいなくなる。私は教団に残って、内部から崩す機会を窺うわ」


 その瞳には、強い覚悟が宿っていた。


「へぇ、肝が据わってるな。あんた、気に入ったよ」


「お喋りは終わりよ。さっさと窓から飛び降りなさい」


 そう言われて、ロイは窓から顔を出して下を見る。地面は遥か彼方。思っていた以上の高さだった。


「……他に出口は?」


「無いわ。不死なんだから気にせず飛びなさい」


「まあ、飛ぶけどさ……不死だからって、みんな俺の扱い酷くないか……」


 ロイは少し不満げに呟いた。

 そして、部屋の窓枠に脚をかけて登る。


「じゃあな。裏切り者ってバレないように祈ってる」


「祈らなくていいから。それより、飛び降りる時に声を出したりしないでちょうだい。見つかったら面倒よ」


「はぁ、了解……」


 ロイはまた不満そうな顔をする。そして、観念したようにそっと窓から身を投げた。


 ロイは地面に激しく叩きつけられる。着地した衝撃で脚はありえない方向に折れ曲がり、骨がむき出しになってしまう。


「ッッッ!!」


 ロイは激痛に耐えて声を押し殺した。脂汗を流しながら耐えていると、骨折した脚の骨が勝手に動き出し、すぐに元通りに再生していく。


「はぁ……脚がグチャグチャになるの、最悪だな……」


 窓の上から見下ろしていたセレンドラは、その口元にわずかな笑みを浮かべた。

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