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ダークストーン ~【心臓喰らいの復讐譚】神殺しの魔女と不死の傭兵~  作者: 花見川さつき
第二章 ロイ編

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第051話 甘い誘惑

 バルディアの大通りに面した、活気ある酒場。

 昼時を過ぎても客足の絶えないその店の一角で、皿の山を築いて飲み食いしている男がいた。


「くぅ〜っ! これだよこれ! やっぱバルディアの蜂蜜酒は格別だぜ!」


 先ほどの会議での深刻な空気など、今の彼には微塵もない。

 ロイは昨日、死闘の末にガドンを倒した興奮がまだ冷めやらぬままでいた。


(あれだけの強敵に勝ったのは人生で初めてだ。俺もいよいよ、化け物の世界に片足突っ込んじまったみたいだな)


 以前、酒で大失敗した経験を口を滑らせて喋ってしまい、アベリーから断酒を厳命されていた。

 しかし、これだけの強敵を倒して祝杯をあげないなど、ロイの中ではありえないことだった。だからこそ、こうしてこっそりと一人で抜け出してきたのだ。


 アベリーたちは『狙われている』と騒いでいたが、ロイにとっては酒が飲めないことの方がよっぽど大問題だった。


(あいつらは心配しすぎなんだよな。今の俺には『不死身』に加えて、この『怪力』があるんだぜ?)


 ロイは無意識に、手に持っていた金属製のフォークに力を込めた。

 すると、まるで飴細工のようにフォークの柄がぐにゃりと曲がってしまう。


「おっと……」


 慌てて指先で修正して元に戻す。


(この力があれば、ドラゴンだろうがシャドウキャスターだろうが、片手で捻り潰して終わりだ。むしろ向こうから来てくれた方が探す手間が省けるってもんだぜ)


 新たな力への慢心で頭を満たしながら、再び蜂蜜酒を口にしようとした、その時だった。


「……ここにいましたか」


 背後から、呆れたような声がかけられた。

 ロイがビクッと肩を震わせて振り返ると、そこにはアベリーが立っていた。


 ロイは内心『まずい』と冷や汗を流す。断酒を破って蜂蜜酒を飲んでいる現場を、よりによって一番うるさい人間に見つかってしまったのだ。


「何を飲んでいるんですか?」


 アベリーの視線がロイの手元に向けられる。


「いや……これはその……なんというか、水だ! 黄金色の水!」


 苦し紛れな言い訳をするロイだったが、アベリーは木製のジョッキに波々と注がれた液体を見て、拍子抜けするほど穏やかに言った。


「ああ、蜂蜜酒ですか。おいしそうですね」


「……え?」


「どうしたんですか? そんな驚いた顔をして」


「いや、別に……」


 酒を飲んでいるのを見て何も言ってこない。ロイは恐る恐るその顔を覗き込むが、アベリーはニコニコとしているだけだ。

 ロイはすぐに、この状況を自分に都合よく解釈した。


(そうか。あれだけの激戦だったからな。今日くらいは酒を飲んでも多めに見るってことか。小うるさいアベリー君も成長したもんだ)


 ロイは感慨深げにニヤリと笑う。


「そうだ。実は凄く美味しいと評判の蜂蜜酒を出す店を知っているんです。しかも、料理も相当な絶品を出すと噂でして。どうですか、今から一緒に行きませんか?」


「え? いいの?」


「ん? もちろん、なんの問題もないですよ」


「じゃあ……行っちゃおうかな!」


 今日はとことん飲んでいい日だと背中を押された気になり、ロイは機嫌よく席を立った。


 二人はバルディアの街を出て、街道を歩いて移動する。


「なんで街の外に出るんだ?」


「隠れ家的なお店なんですよ。だから賑わいある街から離れた場所にあるそうなんです」


「へぇ〜、そうなのか」


 バルディアの街が見えなくなってからしばらくして。


「ここがそうです」


 アベリーは古めかしい古城を見つめながら言う。その城は所々石壁が崩れていて、とても店を開くような場所には見えない。


「おいおい。隠れ家的っていうか、廃墟的な店だな」


「そうなんですよ。これもまた趣があって人気なんです」


「変わった趣向の店なんだな。まあ、美味いもん出してくれるならなんだっていいけど」


 二人は廃城の中へ入っていく。

 中は灯りもなく、湿った空気が漂い、まさに廃墟そのものだ。


「おいおい。外観もそうだけど、中の方も完全に廃墟じゃねぇか。本当にこんなところで営業してんのか?」


「安心してください。お店はこの下です。元々は城の貯蔵庫だった場所を改装しているんですよ」


 そう言ってアベリーは地下へ続く石造りの階段を指さした。

 ロイは少し怪訝そうな顔をしたが『隠れ家的な名店』という甘い響きと、アベリーへの信頼が勝った。


「へぇ、なるほどな。通好みってやつか」


 二人は足音を響かせながら、螺旋状の階段を降りていく。

 地下に降りると、そこには頑丈そうな鉄の扉が一枚あるだけだった。


「ここです」


 アベリーが重い扉を押し開ける。

 中は広々とした石造りの部屋だった。だが、テーブルも椅子もなく、あるのは部屋の中央に置かれた奇妙な手術台のような寝台と、壁際に並ぶ無骨な棚だけ。

 そして何より、飲食店特有の料理の香りが一切しない。


「……なぁ。ここ、本当に店か? なんかカビ臭ぇし、料理食うような場所とは思えないぞ」


 さすがのロイも違和感を覚え、眉をひそめて振り返る。

 だが、そこには先ほどまで背後にいたはずのアベリーの姿がなかった。


「あれ? アベリー?」


 キィィ……ガチャン。


 重厚な金属音が響き、入ってきた鉄の扉が外から閉められた。


「おい! アベリー! どうしたんだよ! イタズラならタチが悪いぞ!」


 ロイが扉に駆け寄り、ノブを回そうとするが、そもそもノブがない。


「あれ!? なんだこれ、どうやって開けるんだ?」


 その時だった。


 壁の隙間にある通気口から、無色の気体が静かに噴き出し始めた。

 わずかに甘い香りが漂う。


「あ? なんか、変だな……」


 ロイはその匂いを嗅いだ瞬間、強烈な睡魔に襲われた。

 まぶたが鉛のように重くなり、思考がぼやける。


「……急に……眠く……」


 ドサッ。


 ロイはその場に崩れ落ち、あっという間に深い眠りへと落ちていった。

 抵抗など一切なかった。ただ、子供が遊び疲れて眠るように。


 …………

 ……


 ――ロイは再び目が覚める。


「……んぐ……?」


 重いまぶたをこじ開けた。

 体を起こそうとするが、ピクリとも動かない。

 手も、足も、胴体さえも。


 視界がはっきりしてくると、自分が置かれている異常な状況が理解できた。


 彼は部屋の中央にあった手術台の上に仰向けにされ、全身を拘束されていた。

 太い鎖が何重にも体に巻き付けられ、まるでミイラのように簀巻きにされている。ただ一箇所、腹部のあたりだけが奇妙に露出していた。


「な、なんだこれ……力が、入らねぇ……」


 ガドンから奪ったはずの怪力を使おうとするが、筋肉がいうことを聞かない。

 まるで自分の体ではないような感覚だ。

 その原因は、首元にあった。


 首の静脈に太い針が突き刺さっており、そこから伸びる管が高い位置に吊るされたガラス瓶へと繋がっている。瓶の中は紫色の液体で満たされている。


「目が覚めたか?」


 不意に聞こえた声に、ロイは目だけを無理やり動かし、声の主を見た。

 そこには、部屋の隅にある椅子に優雅に腰掛け、こちらを見据えるジャックの姿があった。


「お前は……」


「不思議そうな顔をしているな。なぜ無抵抗に眠らされ、こうして捕らえられているのか」


 ジャックは楽しげに語りかける。


「簡単なことさ。君は夢の中でペルモスと会っている。つまり、君の肉体は不死であっても『睡眠』を必要としているということだ。だから自己防衛機能である再生能力も、睡眠ガスには反応しないと踏んだんだが……正解だったようだな」


「……能力者本人でも知らないことをよく知ってるな」


「まあな。あと、その点滴も特製でな。強力な神経毒を常に流し込み続けている。君の体は必死に解毒しているだろうが、供給される量がそれを上回れば、君は麻痺して体を動かせない、ただの肉塊だ」


 ジャックは椅子から立ち上がり、ゆっくりとロイに歩み寄った。

 その目は、獲物を前にした狩人のように冷酷に輝いている。

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