第049話 悪食の代償
アベリーたちが影馬に乗って去っていくセレンドラの背中を見送っていると、城壁の上から能天気な声が聞こえてきた。
「おーい。無事かー?」
見上げると、そこには手を振るロイの姿があった。
全身の服はボロボロで、ところどころ肌が露出しているが、見たところ大きな怪我はない。
「ロイ! よかった、無事だったんですね!」
「ああ。また地獄を見せられたけどな」
その後、アベリーとタラマキオンは街の中でロイと合流した。
「それで、もう一人の敵はどうしたんですか?」
「ああ、あそこで寝てるよ。もう二度と起きないけどな」
ロイが親指で指した先には、源泉の縁に転がっている巨大な死体があった。全身が赤く茹で上がり、見るも無惨な姿だ。
「……なるほど、ゆで殺したんですか。あなたでも頭を使った戦い方ができるんですね」
「あのなぁ、今まで数え切れないほどの修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の傭兵を舐めてもらっちゃ困るね。その場の環境を使って有利になるように戦うのは基本中の基本だから」
アベリーは眉をひそめ、その死体を見た後にロイの手元に視線を移した。
ロイの手には、黒い結晶――漆黒石が握られていた。
包丁か何かで無理やり腹を裂いて取り出したのだろう。
「……回収したんですね。漆黒石を」
「ああ。こいつは俺向きだと思ってな」
「ガドンの戦いぶりを見る限り、この石の能力はかなり戦闘向きのようですね」
「ええ。この能力は『身体強化』だと思います。以前、マルファーもこの能力を使っているのを見ましたが、これはかなりの戦力アップになると思いますよ」
タラマキオンも真剣な表情で頷く。
この石を誰がどう使うか、あるいは保管するか。それは対マルファー教団において重要な戦略物資となる。
「そうですか。ではこの能力をどう使うかが、今後の戦いの鍵になりそうですね……」
アベリーが顎に手を当て、今後の運用について思考を巡らせ始めた、その時だった。
その時、ロイはなんの前触れもなく、それを口の中に放り込んだ。
「んぐっ……ごくんッ!」
喉を鳴らして、親指大の石を丸呑みにする。
「ちょっ……! なに勝手に飲み込んでるんですか!?」
アベリーが慌てて詰め寄る。
「そんなに怒らなくてもいいだろ。俺の戦利品なんだからさ」
「いや……前にも言いましたけど、精神汚染の可能性もあるんですよ?」
「気合でなんとかなるでしょ。平気平気」
「駄目だこの人。話が通じない……」
アベリーは呆れた声で言った。
「それよりどうだ? なんか変わってないか? すごいムキムキになってるとか」
ロイは期待を込めた目で二人を見る。
だが、アベリーとタラマキオンは冷ややかな視線を送るだけだった。
「……全然」
「何も変わってませんね」
興味なさそうに即答され、ロイは不満げに唇を尖らせる。
「おいおい、なんだよ〜。ムキムキ効果はないのかよ〜」
その時、ロイの顔色が急変した。
脂汗を浮かべ、急に腹を押さえてうずくまる。
「ぐ、うぅ……っ!」
「ロイ!? 急にどうしたの!?」
タラマキオンが心配して駆け寄る。
ロイは膝をつき、深刻そうな顔で呻いた。
「くっ、これは……間違いない……!」
「まさか、精神汚染ですか!?」
アベリーが身構える。
だが、ロイは苦悶の表情で言った。
「昨日、屋台で食べた串焼きが悪さしてやがる……!」
その場に静寂が流れた。
アベリーとタラマキオンは呆れた顔で顔を見合わせる。
「……いや、どう考えても石の影響でしょ」
アベリーが冷めた声で突っ込む。
「違う……あの鶏肉、中が結構赤かったんだ……くそッ、油断した…………」
「このタイミング的に絶対そっちじゃないです」
「うぐぐ……腹が、ねじれる……!」
ロイは人の話を聞かず、地面を転げ回って苦しみ始めた。
それは滑稽な光景だったが、体内では確実に異物である漆黒石が、ロイの細胞と融合しようとして激しい負荷をかけているのだろう。
しばらくして、ロイは何事もなかったかのように立ち上がり、額の汗を拭った。
「ふぅ……危ないところだった。やっぱ生焼けっぽいのはやめとくべきだったな」
「まだ言ってるよ……」
タラマキオンが心底哀れむような目を向ける。
アベリーは深くため息をつき、頭を抱えた。
「まあいいです……とりあえず体調に異常はないんですね?」
「おう。腹の中身が全部ひっくり返るかと思ったが、今はスッキリしたもんだ」
「まったく、なにか行動する時は必ず相談してからにしてください」
アベリーは呆れながらも、これ以上追求するのを諦めた。
とにかく、これでこの街での戦いは終わったのだ。




