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ダークストーン ~【心臓喰らいの復讐譚】神殺しの魔女と不死の傭兵~  作者: 花見川さつき
第二章 ロイ編

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第046話 疾走する荷馬車

 ロイが自ら飛び降り、ガドンと対峙した直後。

 走り続ける馬車の荷台で、アベリーが悲痛な叫びを上げる。


「ロイ!」


 遠ざかる背中は、もう振り返らない。

 タラマキオンはアベリーに向き直り、決断を迫った。


「どうします!? 僕たちも降りますか?」


 アベリーは苦渋の表情で、しかし即座に判断を下した。

 今の自分たちにガドンを止める術はない。それに、最大戦力のタラマキオンが能力を使えないのに助けに行っても足手まといになるだけ。

 少なくとも敵の二人を分断できている。ロイの覚悟を無駄にしないためにも、今は引くしかない。


「……このまま進みましょう。御者の方、申し訳ありませんが、街の外へ向かってください!」


「最初からそのつもりでいたんだが……了解!」


 御者の男は手綱を強く握り、馬に鞭を入れる。

 だが、息つく暇もなく新たな脅威が迫っていた。


 四匹の影狼が、凄まじい速度で馬車を追いかけてくる。

 生物のような呼吸音も、唸り声もない。ただ無機質な殺意の塊が、音もなく地面を蹴って迫ってくる様は、通常の猛獣よりも遥かに不気味だった。


 アベリーは即座に右手人差し指を向け、光弾を放つ。

 だが、影狼たちは俊敏な身のこなしで光弾をかわしていく。ただ走るだけでなく、射撃の瞬間に左右前後へ細かくステップを踏み、的を絞らせないのだ。


「駄目だ! 全然当たらない!」


 それを見て、能力を使えない状態のタラマキオンは慌てて周囲を見回す。


「どうしよう……何か武器になるもの……」


 すると、荷台の隅に積まれた農具が目に入った。先端が平たく、まるで船のオールのような形状をした木製の平スコップだ。


「これ借りていいですか?」


「好きにしてくれ。どうせ金目のものは積んでないしな!」


 タラマキオンは平スコップを手にして構えた。

 影狼の一匹が高く跳躍し、荷台に飛び乗ってくる。着地と同時に牙を剥き、タラマキオンの喉元へ迫る――その瞬間。


「ふんッ!!」


 タラマキオンが平スコップを思い切り振り抜いた。

 下からすくい上げるような豪快な一振り。巨漢から繰り出されるその一撃は、影狼の腹を正確に捉えた。


 鈍く重い衝撃音と共に、影狼は荷台の外へ弾き飛ばされ、遥か後方へと転がっていく。

 しかし、他の影狼たちは仲間の撃退にも臆することなく、次々と荷台に向かって飛んでくる。


「くそっ、同時に来られたら対応しきれない!」


 タラマキオンは次々と飛び乗ってくる影狼を、さっきと同じ要領で殴り飛ばす。

 その隙を突き、死角から入り込んできた一匹に対し、アベリーが至近距離で光弾を放った。


 光弾が直撃し、影狼が黒い霧となって霧散する。


「小型の影には光弾が通用するみたいです!」


 アベリーは、影サイには通用しなかった付け焼き刃の能力でも、影狼相手なら十分な殺傷力があることに安堵する。

 だが、安心したのも束の間だった。


「これではキリがなさそうね……」


 後方から迫る影サイの背に乗りながら、セレンドラが冷ややかに呟く。

 地面に落ちる彼女の影から黒い粒子が噴き出した。粒子は走りながら結合し、巨大な四足獣――『影ヒグマ』を形作っていく。

 

 声帯を持たないその怪物は、咆哮の代わりに顎を大きく開き、無言の圧力を放ちながら迫りくる。


「また、とんでもないものを……」


 アベリーは焦りを募らせ、御者へ声をかける。


「あとどれくらいで着きますか!?」


「もう着く! あの門を潜れば!」


 馬車が角を曲がり、街の出口である巨大な門が見えた。

 だが、そこには絶望的な光景が広がっていた。


「……まずい」


 門周辺は、街の外へ避難しようとする人々でごった返しており、とても馬車が通れる状況ではなかったのだ。

 強引に突っ込めば人を轢き殺してしまう。かといって止まれば、後ろから来る影の怪物たちに追いつかれ、避難民ごと虐殺されることになる。


 アベリーは一瞬だけ逡巡した。だがすぐに機転を利かせ、叫んだ。


「迂回してください!」


「迂回!? どっちに!?」


「左です! 左に行って!」


 御者はアベリーのとっさの指示に従い、手綱を左に切る。

 馬車は大通りを外れ、城壁沿いの道へと入った。するとすぐに、高い城壁の上へと続く石階段が目に入った。


「少し速度を落としてください!」


「え?」


 御者が戸惑いながらも速度を緩める。

 その背後には、影ヒグマが巨大な爪を振り上げ、今にも荷台を引き裂かんと迫っていた。


「ここで降ります! ご協力ありがとうございました! あなたはそのまま走り続けてください!」


 アベリーはタラマキオンの服を掴むと、短く告げた。


「飛びますよ」


「いや、えっ!?」


 タラマキオンが戸惑う暇もなく、アベリーは荷台の床板を蹴った。

 二人は迫りくる影ヒグマの横をすり抜けるように飛び降り、地面を激しく転がることで受け身を取る。


「うぐっ……!」


 二人はすぐに起き上がり、城壁の上へと続く階段へ向かって全速力で駆けた。

 標的を見失った影ヒグマとセレンドラもまた、急停止して方向転換し、二人の後を追う。


「ハァ、ハァ……! アベリー様、壁の上に行ってどうする気ですか!? 行き止まりですよ!」


 タラマキオンが息を切らせながら問う。

 長い階段を駆け上がり、城壁の頂上にたどり着く。高さは二十メートル以上。下を見下ろせば足がすくむような高さだ。


 だが、アベリーの狙いはそこにあった。

 城壁の外側には、要塞都市を守るための広大な『外堀』があり、そこにはなみなみと水が――温泉地特有の、湯気を立てる温かい水が流れている。


「飛び込みます!」


「は!?」


「ここなら高さがあっても水深があります! それに、影の怪物は水の中までは追ってこられないはずです!」


 振り返れば、階段を駆け上がってきた影ヒグマが、音もなく牙を剥いて迫っていた。

 迷っている時間はない。


「行きますよ!」


「もうっ! しょうがないから行きますよ!」


 二人は城壁の縁を蹴り、空へと飛び出た。

 風を切り裂き、眼下に迫る水面へ向かって落下していく。


 激しい水音と共に高い水柱が上がり、二人の姿は温かい堀の中へと消えていった。

 城壁の上に取り残された影ヒグマは、水面を見下ろしながら、ただ無言で立ち尽くす。

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