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ダークストーン ~【心臓喰らいの復讐譚】神殺しの魔女と不死の傭兵~  作者: 花見川さつき
第二章 ロイ編

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第044話 信託の真偽

 その夜、宿屋の硬いベッドの上で、ロイは再びあの夢を見ていた。


 穏やかな日差しが降り注ぐ、見慣れない家の庭先。

 そこでロイは剣の素振りをし、ペルモスはそれを眺めながら話している。


「……なるほど。状況は理解したよ」


 ロイから一通りの説明を聞いたペルモスは、沈痛な面持ちで溜息をついた。


「マルファー教団……か。僕の妻が、そんな形で崇められているとは」


「しかも派閥割れしてて面倒くさいことになってんだよ。穏健派と過激派。どっちもあんたの嫁さんを復活させたいらしいけど、過激派のリーダー、ジャックって奴が頭おかしいんだわ」


 ロイは握っている剣を地面に突き立て、小休止をとる。


「ジャックは『夢の中でマルファーから神託を受けた』と言い張ってるらしい。『復活のためなら無関係の人を傷つけ、どれだけ犠牲を出そうと構わない』ってな」


 その言葉を聞いた瞬間、ペルモスの表情が曇った。彼は静かに、けれど断固として首を横に振った。


「……ありえない」


「やっぱり?」


「ああ。マルファーが他人を犠牲にしてまで自分を蘇らせろなどと言うはずがない。彼女は確かに復讐のために手を汚したかもしれないが……本来はとても優しい女性なんだ。無関係な人々を巻き込んでまで生に執着するような人じゃない。その神託は偽りだ」


 ペルモスの瞳には、妻への揺るぎない信頼と、深い愛情が宿っていた。


「僕が愛したマルファーは、そんな怪物じゃない」


「だよな。あんたの嫁さんがそんなヤバい奴なら、そもそも結婚してないでしょ」


 ロイは冗談ぽく笑う。


「頼む、ロイ」


 ペルモスが真剣な眼差しでロイを見つめる。


「彼女の名誉を……彼女の魂を、これ以上汚させないでくれ。彼女を利用して殺戮を繰り返す者たちを……止めてほしい」


 ロイは手にしている剣を肩に担ぎ、屈託のない笑みを浮かべてる。


「言われなくてもそのつもりだぜ。俺がドラゴンも、影使いも、カルト教祖様も全員ブッ殺してやるよ」


 そう宣言した後、ロイは少しバツが悪そうに頬をかいた。


「それとな、もう一つ話があるんだけど」


「……?」


「アルクトロスが言ってたんだが……マルファーと夢の中で会えるかもしれないらしいぞ。可能性の話だけどな」


 その言葉に、ペルモスは目を見開き、凍りついたように動かなくなった。


「……本当なのか? 本当にそんなことが可能なのか?」


「俺も詳しくは分かんないんだけどよ。以前、マルファーが体内にペルモスの魂を宿してた時は、他にもたくさんの魂が同居してたから会えなかった……みたいなことを言ってたんだよ」


 ロイは頭をガシガシと掻きながら続ける。


「それでな、アルクトロスが言うには、マルファーを復活させる時は最小限の漆黒石を元に復活させれば、ペルモスとの魂の共鳴を妨げるものがなくなって、何だかんだでいけるんじゃないかって言ってたぞ」


 ペルモスの瞳が揺れ、みるみるうちに潤んでいく。


「もちろん、あくまで可能性の話だからな。あんまり期待しすぎないでくれよ?」


 ロイが釘を差すが、ペルモスは震える手で顔を覆い、膝から崩れ落ちるようにして泣き崩れた。


「いや! そんなに期待するなよ。本当に可能性低いからな! 砂粒くらいの可能性だからな。だからそんな期待するんじゃない!」


「いや……砂粒ほどの可能性でも十分だ。もう二度と叶わないと思っていた……愛する妻に、また言葉を届けることができるかもしれないなんて……」


 ペルモスは顔を上げ、涙に濡れた笑顔でロイを見つめた。


「ありがとう、ロイ。君は……僕たちの希望だ」


「あのさ……とりあえず、大袈裟に期待すんのは止めてくれ……心が痛むだろうが」


 ロイは激しく困惑した。


---


 翌朝。

 宿屋を出たロイ、アベリー、タラマキオンの三人は、昨日の隠れ家にいるアルクトロスと合流するため、バルディアの街を歩いていた。


「……というわけで、ペルモスも言ってたぞ。『ウチの嫁はそんなこと言わない』って」


 歩きながらロイが夢の話を伝えると、アベリーは頷いた。


「やはり……。アルクトロスさんの言っていた通り、ジャックの主張する『神託』は偽りのようですね」


「そうですね。過激派の中に、ジャックの神託は嘘だと説得できる人がいればいいんですが……狂信者たちには何を言っても無駄かもしれません」


 タラマキオンは、それが事実であっても形勢を逆転させるようなことにはならないことを憂う。


「ですが、神託が偽りだと確定したことで、一つ大きな違和感が残ります」


 アベリーが眉間に皺を寄せ、顎に手を当てて考え込む。


「違和感、ですか?」


 タラマキオンが尋ねると、アベリーは深刻な表情で答えた。


「ジャックの目的についてです。マルファーが最も望んでいることが『夫ペルモスとの再会』であることはジャックも知っているはずです。にもかかわらず、彼は『神託』という嘘をついてまで、マルファーの最大の望みを絶つ方法で復活させようとしているのは、何かおかしいと思いませんか?」


 アベリーの指摘に、タラマキオンもハッとする。


「確かに……もし彼が本当にマルファーを愛しているなら、彼女が一番喜ぶ方法を選ぶはずですよね。復讐のために強大な力が必要だとしても、本人の望みを無視してまで強行するのは不自然です」


「え? じゃあなんでジャックはそんなことすんの?」


 ロイが首を傾げると、アベリーは鋭い眼光を放った。


「そこです。マルファーが世界を敵に回してでも求めていた『夫との再会』よりも『復讐と侵略』を優先させる理由……。そこには我々には計り知れない、もっと恐ろしい『別の思惑』があるのかもしれません」


「別の思惑……?」


 アベリーの言葉に、場に重苦しい沈黙が流れる。

 得体の知れない敵の底知れなさに、タラマキオンも顔を青ざめさせた。


 深刻な空気が漂う中、ロイだけが退屈そうな顔をしている。


「ま、相手が何を考えてようが関係ないでしょ。こっちはペルモスの願いを叶えてやるだけだ。邪魔する奴は全員ブッ殺す。簡単な話だろ?」


「……あなたは本当に、ブレないですね」


 アベリーは呆れつつも、その単純明快さに少し救われたように苦笑した。


「それとロイ。昨日、あなたが退屈して先に宿へ帰った後、アルクトロスさんと今後の『ルール』について話し合ったことを伝えておきます」


「ん? ルール?」


「ええ。あなたの『手術を受ける』という覚悟を前提に、全てが終わった後のことについてです」


 アベリーの表情が引き締まる。


「マーズデン家が代々担ってきたストーンウォッチの役目を、教団穏健派の力も借りて再編・拡大することにしました。今後、みだりに漆黒石が使用されることがないよう『漆黒石非拡散協定』を結び、厳重に管理していくつもりです」


「へぇ、きっちりしてんなぁ」


「それと、すでに取り込んでいる能力者の処遇についても決めました。あなたの体にあるペルモスの石は復活に不可欠なので、ご同意いただいた通り手術で取り出しますが……それ以外の能力者については、無理に手術をして取り出したりはしません」


「お、そうなのか? じゃあもし俺が新しい能力を手に入れても、腹を切られるのは一回で済むってことか」


「ええ。その者が天寿を全うし、亡くなった後に回収して保管する。それが自然の摂理に反しない、最も人道的な管理方法だという結論に至りました」


「なるほどね。ま、お堅い話は任せるよ。俺は敵をブッ殺すお仕事に専念するから」


 ロイが軽く肩をすくめた、その時だった。

 大通りの先の方から騒がしい声が聞こえてきた。そして、悲鳴と共に人々が逃げ惑う。


「きゃああああ!」

「なんなんだ!? あれは!」


 平和な日常を壊すその原因はゆっくりと、悠然とした足取りで向こうから歩いてきた。


「ごきげんよう。何日ぶりかしら?」


 その声の主は、巨大な影のサイの背の上で優雅に乗りこなす美女――シャドウキャスターのセレンドラだった。

 周りには無数の影狼たちが牙を剥いて走り回っている。


「おいおい。派手なお出ましだな。近所迷惑って言葉を知らないのか?」


 ロイが剣の柄に手をかける。


「賑やかな場所がお好きかと思って、こちらから出向いて差し上げたわ」


 彼女は冷酷な笑みを浮かべて見下ろす。


「こんな街中で……見境なしですか」


 アベリーが静かに怒りに震える。

 さらに、セレンドラの後ろにはもう一つの影があった。

 セレンドラが生成した漆黒の影馬。それに跨っているのは、上半身裸で筋骨隆々の大男だ。


 その男は太い首をゴキリと鳴らし、獰猛な獣のような目でロイを睨みつけた。


「ようやく会えたな、不死野郎。俺の名はガドン。早速で悪いが、一騎打ちを所望する」


「また変なのが現れたよ。色々な意味で面倒くさそうな奴だな」


「さあ、不死野郎! 俺の最強の肉体と、お前の不死の肉体……どっちが上か勝負しようぜ!」


 街中を巻き込んだ、最悪の市街戦が幕を開ける。

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