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ダークストーン ~【心臓喰らいの復讐譚】神殺しの魔女と不死の傭兵~  作者: 花見川さつき
第二章 ロイ編

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第043話 神話の目撃者

 山を越え、林道を抜けた先に現れたのは、巨大な城壁に囲まれた威容を誇る都市だった。

 要塞都市バルディア。

 北東部における交通の要所であり、古くから『癒やしの都』として知られるヘインズランド有数の温泉保養地である。


 都市の周囲には、城壁を守るように幅の広い外堀が巡らされている。

 そこにはたっぷりと水が張られているのだが、驚くべきことに、水面から立ち上っているのは冷気ではなく、温かい湯気だった。


 巨大な門をくぐり抜けると、そこにはむせ返るような湯気と、活気あふれる光景が広がっていた。

 石畳の大通りには、湯治に訪れた旅人や貴族の馬車が行き交い、道の両脇には土産物屋や宿屋がひしめき合っている。街のいたるところに水路が張り巡らされ、温かい湯が流れているため、冬でもこの街には雪が積もらないという。


「うお〜! いつ来てもすっげぇ人だな! それに……硫黄臭いな!」


 ロイは鼻をひくつかせながら、キョロキョロと辺りを見回す。

 アベリーは目を細めながら鼻をつまむ。タラマキオンは馴染みの街を自慢気に話す。


「ここは温泉地だからね。この硫黄の香りが体に良いらしいんだ」


「温泉かぁ。ひとっ風呂浴びてぇなぁ」


「ちょっとロイ、観光に来たんじゃありませんよ」


 アベリーが呆れたようにたしなめる。その表情には焦りが滲んでいた。


「そんな時間があるなら、少しでも能力の練習がしたいです。少しは使えるようになりましたが、まだまだ実践で使えるか不安ですし……」


 湖畔を出発してからここへ至るまでの道中、アベリーは片時も修練を欠かさなかった。

 揺れる馬上で意識を集中し、野営の夜には寝る間も惜しんで指先に神経を研ぎ澄ませた。その甲斐あって、豆粒のような弱々しい光ならば放てるようにはなった。

 だが、あのヴァンスが放っていたような殺傷力のある一撃には程遠い。アベリーが焦るのも無理はなかった。


「アベリーくんは真面目だねぇ」


 タラマキオンはそんな二人を微笑ましそうに見守りながら、通りの先、街の中央を指差した。


「この街の温泉はすべて、あそこから湧き出ているんだ。ほら、あの巨大な柵が見えるでしょう?」


 タラマキオンが指差した先には木製の柵で囲われている場所があった。

 そこからは轟音と共に、真っ白な蒸気が空高く噴き上がり、周囲の視界を遮るほどだ。


「あれはこの街の象徴、『大源泉』。この街のすべての浴場へ湯を供給している心臓部なんだ」


 三人は柵の近くまで歩み寄る。

 近づくにつれ、湿り気を帯びた熱風が肌にまとわりつく。柵には『危険・立入禁止』の看板が掲げられていた。


「ただの温泉だろ? なんで柵なんてあるんだ?」


 ロイが不思議そうに尋ねると、タラマキオンは声を潜めて説明した。


「この源泉は地下深くから沸騰した状態で噴き上げているから、源泉の温度は100度を超える。もし落ちたら……」


 ボコッ、ゴボッ……。

 柵の向こうから、粘り気のある泥が沸騰する不気味な音が響いてくる。


「全身が茹で上がって、死ぬまで苦しみもがくことになるよ」


「いい湯加減どころじゃなさそうだな」


 ロイは煮えたぎる源泉の池を見て苦笑する。


 そんな彼らを、通りの陰からじっと見つめる視線があった。

 一般市民に紛れた数人の男たち。彼らは決して目を合わせることなく、しかし確実にロイたちの一挙手一投足を観察していた。


 ロイたちはそんな視線には気づかず、賑やかな大通りを抜け、湯治客の喧騒から離れた路地裏へと足を踏み入れた。

 華やかな表通りとは打って変わり、そこは古びた石造りの建物が並び、静まり返っている。


「……本当にこんなところに教団の拠点が?」


 アベリーが不安げに尋ねると、タラマキオンは小声で答えた。


「ええ。この街は人の出入りが激しいので、身を隠すには好都合なんです」


 やがて、一軒の寂れた診療所の前でタラマキオンが足を止めた。

 看板には『薬草・治療』と書かれているが、今は営業している様子はない。

 彼は扉を独特のリズムでノックする。


 しばらくして、扉が僅かに開き、老婆が顔を覗かせた。


「……タラマキオン様?」


「入れてくれる? あの人に会わせてもらいたいんだ」


 扉が開かれ、三人は中へと招き入れられた。

 診療所の奥、隠し扉の先にある地下室へと案内されると、そこには意外なほど広い空間が広がっていた。

 薬草の乾燥した匂いが充満する部屋には、数人の信者たちが静かに書物を書き写したり、薬を調合したりしている。


 その部屋の最奥、古びた机に向かっていた一人の老人が、ゆっくりと顔を上げた。

 白髪と白髭に覆われた顔には深い皺が刻まれているが、その目は猛禽類のように鋭く、知性と威厳を宿している。


「……戻ったか、タラマキオン」


 老人の声は低く、腹の底に響くような重みがあった。


「ただいま戻りました、アルクトロス」


 タラマキオンが軽く頭を下げる。


「こちらはマーズデン家のアベリー様、それと不老不死の力を持つロイ」


 老人はアベリーを一瞥し、それから視線をロイへと移した。

 その瞬間、老人の瞳が見開かれ、椅子から立ち上がった。


「あんたが……」


 アルクトロスは杖をつきながら、ゆっくりとロイの目の前まで歩み寄る。そして、信じられないものを見るような目で、ロイの顔や体をまじまじと見つめる。


「……あの〜、おじいさん? 舐め回すように見つめるの、やめてくれない?」


 ロイの問いかけをアルクトロスは気に留める様子もなく、震える声で呟いた。


「やっとだ……やっと見つけた……」


 アルクトロスの目じりに、微かに涙が滲む。


「は?」


 ロイがきょとんとする横で、アベリーがハッとして口を開く。


「ロイ、あなたの体の中にある漆黒石……それはペルモスの不老不死の力が封じられたもの。それがマルファー復活の鍵だと話しましたよね?」


「あー、なるほど。俺じゃなくて、俺の胃の中にあるものが目当てなわけね」


 アルクトロスは深く息を吐き、感極まったように天を仰いだ。


「永い時を超えて……ようやく、再会できるんだな」


 アルクトロスは涙をぬぐうと、二人に席を勧めた。


「すまない、取り乱したな。ワシがこのマルファー教団創始者、アルクトロスだ。……かつて、マルファーと共にエンテディアからやって来た異界人だ」


 アルクトロスは語り始めた。かつてマルファーと共に異界への門をくぐり、この世界へ来たこと。

 そして、アクレディウスに討たれた彼女の汚名を雪ぐために1600年もの間、真実を伝え続けてきたこと。


「ワシは彼女が悪魔ではないと伝えたかった。だが……ジャックが現れ、すべてが変わってしまった」


 アルクトロスは悔しげに拳を握りしめる。


「奴は『神託』を受けたと言い、過激な思想で信者たちを扇動した。本来、教団は漆黒石を回収して最終的にはマルファーを復活させるという目的はジャックと同じだ。だが、ワシと奴とでは、その『復活』の意味が決定的に違う」


 アルクトロスはロイを指差した。


「お前さん、不老不死の力とはどういうものか理解してるか?」


「え? 死んでも生き返る力だろ?」


「そうだ。だがその本質は、『核となる不老不死の石』の周囲にある『肉塊』を読み取り、それを元通りに再生する力だ。……ならば聞くが、今この世界にばら撒かれている漆黒石とは何だ?」


「そりゃ、マルファーの心臓の……欠片?」


「そう、漆黒石は元々マルファーの心臓、すなわち彼女の肉体の一部だ。つまり、その漆黒石という肉塊を『不老不死の石』と共に一塊にすればどうなる?」


「条件が揃って、マルファーの肉体が再生するということですね……」


 アベリーがごくりと唾を飲み込む。


「その通りだ。だが、ここからが問題なんだ。漆黒石には、マルファーが殺して奪った他者の魂と能力が封じられている。もし手当たり次第に石を集めて復活させれば、無数の魂が混じり合い、マルファーの精神は再び汚染されるだろう」


 アルクトロスの声に怒りが滲む。


「だがジャックは、マルファーは生前の最後の方は亡霊の声が聞こえなくなっていた。精神汚染を克服した。だから多くの石を混ぜても平気だと主張している。だが、それは奴の願望に過ぎん。ただの賭けだ」


「ワシが目指すのは『リスクを最小限にした復活』だ。余計な魂を混ぜず、『マルファー自身の魂の石』と、復活に必要な『ペルモスの不老不死の石』……この二つだけで復活させるのが理想だ」


「でも、肉体の量が足りないんじゃないか? 石ころ二つ分じゃ心許ないだろ」


 ロイの指摘に、アルクトロスはニヤリと笑った。


「その点については抜かりはない。ワシはすでに『竜骨』を手に入れている」


「竜骨?」


「ああ。1600年前、アクレディウスとの戦いで爆散したドラゴンの骨だ。あれもまたマルファーの肉体の一部。あれを使えば、十分な質量の肉体となる」


 アルクトロスは指を三本立てた。


「必要なのは三つ。『竜骨』、お前の中にある『不老不死の石』、そしてジャックが持っている『マルファーの魂の石』だ。……いや、竜骨を使う以上、姿を人間に戻すために『ドラゴン化の石』も必要になるかもしれんから四つか。いずれにせよ、取り込む魂は最小限で済む」


「それなら、なぜジャックはその方法をとらないんですか?」


 アベリーが疑問を投げかける。


「ジャックはすでに『マルファーの魂の石』を持ち、『ドラゴン化の石』は部下のレイヴァンが持っていると聞きました。竜骨はアルクトロスさんが持っているとしても……奪おうと思えば奪えたはずです。なぜわざわざ時間がかかる上に、リスクを冒してまで全ての石を集めようとするんですか?」


 その問いに、アルクトロスは重くため息をつき、遠くを見るような目をした。


「奴の目的は……『復讐』なんだ」


「復讐?」


「ああ。奴はマルファーをただ蘇らせたいのではない。エンテディアへ攻め込み、マルファーを陥れたゼフィロス王と、その国を滅ぼそうとしているんだ。奴にとって、マルファーの復讐はまだ終わっていない。そう、勝手に思い込んでいる」


 場に緊張が走る。


「奴は夢の中でマルファーから聞いていたらしい。『湖の遥か上空にある、不可視の異界の門』の存在を」


「異界の門……!? 神話の時代からずっと存在していたんですか?」


 アベリーが驚きの声を上げる。


「ああ、消えたわけではなく、見えなくなっていただけだ。ジャックはその門を通ってエンテディアへ侵攻するつもりだ。そのためには、ただのマルファーでは足りん。神々を殺し尽くせるほどの、圧倒的な力を持った『最強の女神』でなくてはならねぇんだ」


 アベリーが呆れるように言った。


「だから……すべての漆黒石を集めて、神話の時のような怪物にしようとしているわけなんですね」


 タラマキオンは寂しげに言う。


「勝手な話だよね。自分を育ててくれた、母と慕う女性を兵器扱いして利用するなんて」


「……ちょっと待てよ」


 ロイが会話に割って入る。


「復活に必要な石が俺の中にあるってのは分かったけどよ、どうやって取り出すんだ? 吐き出せばいいのか?」


 アルクトロスは首を横に振った。


「いや、漆黒石は胃壁に強く固着する。取り出すには……腹を切り裂いて摘出するしかない」


「はぁ? 腹を切る? 死んじまうだろ」


「ああ、危険な賭けだ。我々も動物や遺体を使って長年『開腹手術』の研究をしているが、成功率は二割といったところだ。……だが、ジャックたちは違う」


 アルクトロスの表情が険しくなる。


「奴らは研究のために、生きた人間を使って実験を繰り返しているという情報がある。目的のためなら、人の命など実験材料としか思っていないのだ。奴らはすでに成功率を五割まで高めていると間者から報告が来ている」


 その言葉に、アベリーは戦慄した。


「そんな……狂っている」


「ああ。奴らの暴走を止め、平和的にマルファーを復活させたい。それがワシらの目的だ」


 アルクトロスはロイを見据えた。


「お前さんの体にある石は、全ての決着がついた後に取り出す。今の戦力差では、お前さんの不死身の力も重要な戦力だ。……協力してくれんか」


 その申し出に、ロイが口を開こうとした時――アルクトロスが静かに、だが噛みしめるように言葉を続けた。


「それともう一つ……ワシが最小限の石で復活させたい理由は、精神汚染のリスクだけではない」


 ロイとアベリーは不思議そうに顔を見合った。


「かつてマルファーがペルモスの石を取り込んでも、夢の中で彼と再会できなかったのは……復讐のためにあまりに多くの石を取り込みすぎたせいで、無数の亡霊たちの魂によって二人の魂の共鳴を妨げられていたからではないかと、ワシはずっと考えていた」


 アルクトロスの言葉に、アベリーがハッとして顔を上げる。


「……つまり、竜骨を使って出来るだけ少ない漆黒石で蘇らせれば、ペルモスと再会できる可能性があるということですか?」


「そうだ。マルファーはペルモスに再び夢の中で会うためだけに世界を敵に回して戦ったんだ……。マルファーの友人として、その唯一の願いを叶えてやりたい。どうか、我々に協力してもらえんだろうか?」


 老人の瞳には、1600年越しの友への贖罪と、切実な願いが宿っていた。

 ロイは自分の胸に手を当て、ドクンと脈打つ鼓動を感じながら呟く。


「……へぇ。ペルモスは嫁さんに会えるかもしれないってことか」


「可能性が少しあるというだけです。何の確証もありませんよ」


 アベリーが慎重に補足するが、ロイはニヤリと口角を上げた。


「可能性があるってだけで、俺が命をかける理由には十分過ぎるくらいだ。ペルモスはもう嫁さんに再び会えることはもう諦めてるんだろうけど、俺が奇跡を起こしてやるよ」


 ロイはアルクトロスに向き直り、真っ直ぐな瞳で告げた。


「正気ですか!? 手術の成功率は五分五分、死ぬかもしれないんですよ? 仮に成功しても、あなたはもう不老不死じゃなくなるんです! 夢の中でしか会うことのない人のために、そこまでする必要が――」


「あるよ。あいつ、良い奴だし。俺はあいつのことを友達だと思ってるからな。戦士が友のために命をかけるのなんか当たり前でしょ。兎に角さ、会わせてやりたいんだよ。二人を」


 アベリーは言葉を失う。その笑顔には、理屈を超えた『男の意地』を感じた。


「ありがとよ。勇敢なる戦士殿」


 アルクトロスは目を細め、涙を堪えるように感謝した。


「感謝はいいから。それより、俺を死なせないように手術を頑張ってくれよ!」


 ロイはいつものように、おどけて見せた。

 その夜。宿屋のベッドで眠りに就いたロイは、再びあの夢を見ることになる。

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