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ダークストーン ~【心臓喰らいの復讐譚】神殺しの魔女と不死の傭兵~  作者: 花見川さつき
第二章 ロイ編

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第041話 聞きたいこと

 小舟が岸辺の砂利に乗り上げ、鈍い音を立てて止まった。

 ずぶ濡れの服から水が滴る中、ロイは不機嫌そうに陸へと上がった。湖畔には、タラマキオンのゴーレムによって粉砕されたロッジの残骸が、無残な姿を晒している。


 アベリーは持っていた剣をロイに渡す。


「はい、これ。橋の上に置きっぱなしになっていたものを持って来ましたよ。ご丁寧に鞘も捨ててありました」


「おお、ありがと。これがないと役立たずだからね、俺。それで、俺を地獄に堕としたクソ兄貴はどうしたんだ?」


「彼なら死にましたよ」


 アベリーが淡々と答えると、ロイは目を丸くして振り返った。


「嘘だろ……あいつの能力はとんでもねぇ速さで光の玉を飛ばしてくるんだぞ? どうやって倒したんだよ」


「それはこちらの方が……」


 アベリーが視線を向けた先で、巨漢の男――タラマキオンが申し訳なさそうに頭をかいた。


「僕がゴーレムで潰したんだ」


「ゴーレム……?」


 聞き慣れない単語にロイが眉をひそめると、タラマキオンは穏やかな口調で説明を始めた。


「ゴーレムっていうのは土で作られた人形のことだよ。人形と言ってもかなり巨大なものだけどね」


「なるほど、あんたも能力者ってことだな?」


「うん。穏健派の中では僕が一番戦闘向きの能力だから、君たちを探しにここまで来たんだ」


「そういえば、さっきもそう言ってましたね。どういうことですか?」


「実は、あなたたちの力になりたいという人たちがいるんです。僕はその人たちから頼まれて探しに来たんですよ」


「その人たちは何者なんですか?」


「安心してください。悪い人たちじゃないですから。あなたたちを襲ったのはマルファー教団の過激派の連中で、僕を遣わしたのは穏健派です」


「え〜、マルファー教団の人なの? それだと敵ってことにならない?」


 ロイが露骨に嫌な顔をする。自分を殺そうとした連中と同じ組織の人間だと聞けば、当然の反応だ。


「違うって! 僕らは平和的にマルファーを復活させることが目的なんだ。過激派とは違うんだってば!」


 タラマキオンが必死に弁明する。ロイは疑わしげな目をアベリーに向けた。


「おい、どうする? こいつもカルトの人らしいぞ?」


「……まあ、敵の敵は味方と言いますから。良いんじゃないですか?」


 アベリーは少し考え込んだ後、あっさりとそう結論づけた。


「えぇ〜。また甘々な判断しちゃって。ここで殺っといた方がいいかもよ?」


 ロイが物騒なことを言いながら剣の柄に手をかけると、タラマキオンが青ざめた。


「目の前で殺るとか言わないでよ。仲間だって言ってるでしょ!」


「私たち二人だけで途方もない戦力を有する敵と戦うのは心許ないです。彼の能力はかなり強力……味方についてくれれば心強いです」


 アベリーの冷静な分析に、ロイはしぶしぶといった様子で手を離した。


「ふ〜ん。まあ、雇い主がそう言うなら従うけどさ。そんで、あんた名前は?」


「僕はタラマキオン。よろしくね」


 男が名乗った瞬間、ロイの動きが止まった。


「タラマキオン……どっかで聞いたことがある名前だなぁ〜」


 記憶の糸を手繰り寄せるように呟くロイの横で、アベリーがハッとしたように口を開く。


「神の一人と同じ名前ですね。しかも、ゴーレム使い……」


 その指摘に、タラマキオンはバツが悪そうに頬をかいた。


「う〜ん。自分で言うのも何だけど、その神の一人って言うのは僕のことだよ。異界エンテディアから来たんだ」


「えぇ〜ッ!? 神様!? 生神様! 生で神様見たの初めてなんだけど!」


 ロイが驚愕のあまり素っ頓狂な声を上げる。


「いや。神って呼ばれてはいるけど、実際はただの異界人だからね。君たちとの違いは寿命の長さと異能力があることくらいかな。あとは基本的に君たちと同じだよ」


 タラマキオンは謙遜するように肩をすくめたが、ロイの興味は別の方向へと向いていた。


「え……? じゃあウンコするの?」


 場の空気が凍りついた。アベリーが冷ややかな視線を送る中、タラマキオンは真顔で答えた。


「……するよ。ていうか、さっき言ったように寿命と異能力以外は君たちと全部一緒だから。もうそういう質問はしないでね」


 タラマキオンの呆れたような口調に、ロイはつまらなそうにぼやく。


「なんだよ、神様もウンコするのかよ。全然神様っぽくないな」


「まあ、そのへんのことは後回しにしましょう。先ずは連中の漆黒石を回収するのが先決です。あの光の玉を放つ能力……見えない刃を飛ばす能力、あれはかなり強力です。手に入れておきたいです」


 アベリーが軌道修正を図ると、タラマキオンも真剣な表情に戻った。


「確かにそうですね」


 三人はロッジの前庭にある、タラマキオンの能力で作られた土のドームへと向かった。中にはヴァンスの部下たちが閉じ込められているはずだ。

 その土の檻には太い土柱が幾重にも作られており、その間から中を窺うことができる。アベリーは中の様子を伺いながら尋ねる。


「あの見えない刃を飛ばしてきた能力者の遺体はどこにあるんですか? もう漆黒石は取り出したあとですか?」


 ヴァンスの部下からは敵意に満ちた声が返ってきた。


「俺らは何も喋らねぇぞ! 裏切り者に教えることなんざ何もねぇ!」


「……」


 アベリーが無言でタラマキオンを見る。


「聞き出すのは無理だと思いますよ。過激派連中は教団の中でも狂信者と呼ばれる人たちの集団ですから。僕らの利益になるようなことは死んでも吐かないですよ」


 そう言いながら、タラマキオンは地面に手をついた。

 ズズズ……と低い音が響き、地面から人間より少し大きいゴーレムが姿を現す。彼はそれを操り、完全に崩壊したロッジの瓦礫を退かし始めた。


「あれ? さっき見た時よりもゴーレムが小さくなったような」


 アベリーが気づいて指摘すると、タラマキオンは作業を続けながら答えた。


「ああ、そうなんですよ。あの大きさのは連続で出すのは無理です。能力には何らかの制限があることが多いですから」


「なるほど……」


 巨大な力にはそれ相応の代償や制約があるということか。アベリーは一つ頷き、作業を見守った。


 しばらく瓦礫を退かし続けていると、押し潰された建材の隙間から、血に塗れた男の体が見えた。


「見つかった! さっきの光の玉の能力者だよ」


 タラマキオンが声を上げる。一切動かないヴァンスの元へアベリーが向かおうとするが、瓦礫だらけの中は足場が悪く危険だ。


「危ないから俺が行く!」


 ロイがアベリーを制し、瓦礫の山へと足を踏み入れた。


 ロイがヴァンスに近づき、うつ伏せになっていたその体を仰向けにする。顔は血と埃で汚れ、目は閉じられていた。


「服の中に漆黒石がないか調べてください!」


「へ〜い、了解〜!」


 ロイはヴァンスの懐に手を入れ、服を探り始めた。

 その時だった。


 死んだと思われていたヴァンスの右手が痙攣したように動き、その人差し指が至近距離にいるロイの顔面へと向けられた。


「……ん?」


 ロイが気づいた時には、すでに遅かった。

 指先から放たれた閃光が、ロイの頭部を直撃した。


 乾いた破裂音と共に、ロイの頭が吹き飛ぶ。


「ロイ!」


「下がって!」


 アベリーの悲鳴に反応し、タラマキオンが咄嗟にゴーレムを前に出し、アベリーを庇うように盾にした。


 ヴァンスは瀕死の重傷を負っており、瓦礫に埋もれたままほとんど動けない様子だった。だが、その目には執念の炎が宿っていた。


「ん……あぁ……クソ共が……」


 ヴァンスは力を振り絞って何とか体を起こそうとする。しかし、彼の視界には信じられない光景が映し出された。

 頭を吹き飛ばされたはずの男が、何事もなかったかのようにすぐさま再生し、冷ややかな目で見下ろしていたのだ。


「……!?」


 ヴァンスの顔が驚愕に歪む。


「何してくれてんだよ、お前。何回俺を殺せば気が済むんだ?」


 ロイの声には、もはや怒りすら通り越した呆れが含まれていた。

 ヴァンスは恐怖に震える右手を再び持ち上げ、指先をロイに向けようとする。だが、ロイはすぐさま射線からするりと外れるように素早く踏み込み、その右腕を掴み上げた。


「本当は俺を殺した回数だけ殺してやりたいんだけどさ、無理だから一回で許してやるよ」


 ロイは腰に差していた剣を抜き放ち、迷いなくヴァンスの首に突き刺した。

 ドスッ、という鈍い音が響き、ヴァンスの体がビクリと跳ねる。そして力が抜け、完全に動かなくなった。


「お〜い。もう大丈夫だぞ〜」


 気の抜けるようなロイの声を聞いて、アベリーとタラマキオンは顔を見合わせ、安堵の息を吐いた。

 だが、アベリーはすぐにハッとしてロイを見つめた。


「……それにしても」


「ん? なんだよ」


「生き返るのが早すぎませんか? マーズデン城で初めて蘇生した時はもっと時間がかかっていたはずです。それが今回は、頭を吹き飛ばされてからほんの僅かな時間で蘇生した……」


 アベリーの指摘に、タラマキオンが興味深そうに口を開く。


「ああ、それは能力が『進化』したんじゃないですかね」


「進化……?」


「能力は極限状態で使えば使うほど鍛えられ、より優れたものになると言われてます。特に死の淵――彼の場合は『死そのもの』を繰り返すことで、その領域に踏み込んだんでしょう」


 タラマキオンは感心したようにロイを見る。


「エンテディアでも、短期間でここまで急激に能力を飛躍的に伸ばした例は極めて稀だよ。君はとんでもない才能の持ち主かもしれないね」


「へっ、才能って言われてもな。死ぬ才能なんて嬉しくもなんともねぇよ」


 ロイは肩をすくめ、つまらなそうに鼻を鳴らした。


 その後、ロッジの瓦礫の中からヴァンスの弟、ガイルの遺体も発見された。

 二人の遺体をロッジの横に並べ、タラマキオンが慣れた手つきで彼らの腹部を切り開く。

 胃の辺りを探ると、肉に食い込むようにして固着している漆黒の石が見つかった。


「……取れました」


 タラマキオンが血を拭い、二つの石を差し出す。


「漆黒石が二つ……」


 アベリーはそれを受け取り、掌の上で鈍く光る石を見つめた。


「その石はアベリー様が持っていてください。きっとこの戦いに必要になるはずです」


「そうだな。正直なところ、ドラゴンとか影の使い手とかは能力なしでは勝てる気しなかったぞ。やっぱ俺らもパワーアップが必要なんじゃないかな」


 ロイはどこか期待を膨らませているような表情でアベリーに言う。


「そうですね……」


 アベリーは石を見つめながら、タラマキオンに視線を移した。


「あの、漆黒石はどうやって使えばいいんですか? あと、副作用みたいなものはあるんですか?」


「石は飲み込めば問題ないです。エンテディア人の場合、胃で溶けて魂と能力は心臓に移ります。アルガイア人の場合は石のまま胃に固着する感じですね」


「魂……?」


 アベリーが怪訝そうに聞き返す。


「ええ。エンテディア人は魂と能力は心臓に宿るものなんです。さっき言っていた副作用の話ですが、その魂が影響してきます」


「と言うと?」


 ロイが首を傾げる。


「エンテディアでは二つ以上体内に石を取り入れると、精神異常の可能性が跳ね上がると言われてます。複数の魂が干渉し合って、自我が保てなくなるんです。おそらくですが、これはアルガイア人でも同じだと思います」


「なるほど……」


 アベリーは深刻な表情で頷いた。力を得ることには、それ相応のリスクが伴うということだ。


「では、あなたはゴーレムの能力以外にも何か力を持っているんですか?」


 アベリーの問いに、タラマキオンは首を横に振った。


「いいえ、ないです。エンテディアでは亡くなった者の能力は王族が独占しており、市民は二つ目の力を手に入れるすべはないんです。もし二つ以上の能力を持ってることが知れたら死罪になります」


「つまり、王政を安定的に維持するために力を王族が管理しているわけですね」


 アベリーは納得したように呟き、手の中にある二つの漆黒石を強く握りしめた。

 この石を使うべきか、否か。

 その決断が、今後の運命を大きく左右することになるだろう。

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