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ダークストーン ~【心臓喰らいの復讐譚】神殺しの魔女と不死の傭兵~  作者: 花見川さつき
第二章 ロイ編

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第38話 危険な兄弟

 ミルトンの小屋を発ってから数時間が経過し、二人は鬱蒼とした森を抜け、険しい山岳地帯へと足を踏み入れていた。


 左手は切り立った崖、右手は深い谷底へと続く急斜面。馬が二頭並んで歩くのがやっとの、頼りない一本道だ。

 冷たい山風が吹き抜ける中、アベリーが口を開く。


「この峠を越えればバルディアまであと少しです」


「へぇ、やっとか。ケツが痛くて敵わねぇよ」


 ロイが鞍の上で体をよじらせて文句を言った、その時だった。

 前方の丘の上に土煙が上がった。


「……なんだ?」


 ロイが目を細める。丘の頂上に馬に乗った数人の影が現れた。逆光で顔は見えないが、彼らが放つ殺気はこの距離でも肌を刺すように伝わってくる。


 男たちは丘の頂上から一斉に馬を駆り、急斜面を駆け下りてきた。

 その勢いは凄まじく、落石を伴いながらロイたちの方へ一直線に向かってくる。


「追手です!」


 アベリーが叫ぶ。


「チッ、こんなとこで待ち伏せとはな! 戻るぞ!」


 ロイが手綱を引いて馬を反転させる。アベリーもそれに続き、来た道を全速力で駆け戻る。


 背後からは、地鳴りのような蹄の音が迫ってくる。敵の馬は速い。このままでは追いつかれるのは時間の問題だ。ロイは覚悟を決めた口ぶりで呟く。


「あと少しで橋だ……やるならそこだな」


 しばらく走ると深い谷川に架かる古い石橋が見えてきた。

 幅は馬三頭が通れる程度。長さは二十メートルほどだろうか。ここを渡れば、道はまた険しい上り坂になる。


 石橋の手前で、ロイは急に馬を止めた。


「ロイ!?」


 アベリーも慌てて手綱を引く。ロイは馬から飛び降りると、剣を抜いて橋のたもとに立った。


「アベリー、お前はそのまま行け」


「なっ……何を言っているんですか! あなたが捕まったらお終い――」


「俺一人なら何とかできる! 足手まといが居なければな!」


 ロイの怒声が谷間に響く。


「お前はとりあえず逃げろ。こいつらを片付けてから合流すればいい」


「ですが……!」


「いいから、任せろって」


 ロイはニカっと笑って見せた。その笑顔に、アベリーは唇を噛み締め、強く頷く。


「分かりました。ご武運を……!」


 アベリーは馬の腹を蹴り、石橋を渡って去っていった。

 ロイはその背中を見送ると、ゆっくりと振り返り、石橋の真ん中に仁王立ちになった。


 ほどなくして、追手たちが現れた。

 先頭に立つのは、灰色のローブを纏った二人の男。その後ろに数人の部下が続く。彼らは橋の向こう側で馬を止め、ロイを見下ろした。


「……ふん。逃げたのはガキ一人か。賢明な判断だな」


 リーダー格の男――ヴァンスが、つまらなそうに鼻を鳴らす。

 鋭い眼光に、整っているが冷酷さを感じさせる顔立ち。その隣には、よく似た顔立ちだが、どこか嗜虐的な笑みを浮かべた弟、ガイルがいた。


「兄貴、あいつが『器』か? 随分と威勢が良さそうだなぁ」


 ガイルが舌なめずりをする。


「ああ。ジャック様が求めている不老不死の男だ。……おい、そこの男。大人しく俺達に殺されてくれないか?」


 ヴァンスの言葉に、ロイは剣を肩に担いで鼻で笑った。


「お断りだね。戦いもしないで死ねって……それ、戦士に対して言う台詞じゃないでしょ」


「まあ、そうだよな……交渉決裂か」


 ヴァンスが部下たちに合図を送ろうとした時、ガイルが一歩前に出た。


「兄貴、待ってくれよ。……奴は俺がやる」


 ガイルは馬から降りると、ゆらりとロイの方へ歩み寄る。その手には武器はない。だが、全身から立ち昇る殺気は異様だった。


「不老不死と言っても、死なないだけだろ? なら、俺の敵じゃねぇ」


 ガイルは恍惚とした表情で、指を鳴らす。


「壊しても壊しても、元通りになる玩具なんて……最高じゃねぇか」


 その歪んだ欲望に、ロイは眉をひそめる。


「うわ〜。変態の臭いがする。他の人に変わってくんない?」


「そう邪険にするなよ。楽しもうぜ」


 ヴァンスは呆れたようにため息をついたが、止めることはしなかった。


「ふん。本当にお前は物好きだな。……いいだろう、好きにしろ」


 ヴァンスは後ろの部下たちに鋭い視線を向け、命じた。


「お前ら! 手ぇ出すんじゃねぇぞ! ガイルの遊び場だ」


「へへっ……ありがとよ、兄貴!」


 部下たちも馬から降り、ニヤニヤと野次馬のような顔で橋のたもとに陣取る。完全に余裕の観戦気分だ。


 ガイルは満面の笑みを浮かべ、石橋へと足を踏み入れる。

 幅の狭い石橋の上。下は目も眩むような深い谷底。落ちれば命はない。


「さあ、遊ぼうぜ……不死身の化け物さんよぉ!」


 ガイルが右手を無造作に振った。

 ヒュンッ!


 ロイは何かが迫る気配を感じたが、反応が遅れた。

 ドサッ、という重い音が響く。


「……あ?」


 ロイの視界がぐらりと傾き、そのまま地面に倒れ込んだ。

 何が起きたのか分からない。激痛と共に足元を見ると、右脚の膝から下が、まるで断ち切られたように無くなっていた。


 転がった自分の脚が、少し離れた場所に落ちている。


「うおっ……!? ふざけんなよ。なんだこれ」


 ロイは目を剥いた。何も見えなかった。剣も、矢も、暗器すらも。


「ギャハハハ! どうだ! 見えねぇだろ! 俺の『不可視のウィンドサイス』はよぉ!」


 ガイルが得意げに笑い声を上げる。


「風を刃に変えて飛ばすんだ。目に見えねぇ刃を躱すことなんて、人間にはできねぇんだよ!」


 ガイルが自慢げに能力を語っている間、ロイの傷口部分の肉が盛り上がり、骨が繋がり、皮膚が再生していく。


 わずか二十秒。

 切断されたはずの右脚が、元通りに生えていた。


「うおっ……なんだこれ。脚が生えてきた……!」


 ロイは自分の脚をペタペタと触り、驚きの声を上げる。痛みは引いていたが、服の裾は破れたままだ。

 彼は立ち上がると、少し先に落ちている、さっきまで自分のものだった脚を拾い上げた。


「うおっ……斬られた俺の脚……気持ち悪っ!」


 ロイは顔をしかめ、それを谷底へと放り投げた。


「……へぇ、すげぇな。本当に生えてきやがった」


 ガイルの目が、好奇心と嗜虐心でギラギラと輝く。

 圧倒的な能力差。そして、何度でも再生する標的。彼にとって、これ以上の娯楽はなかった。敗北など微塵も考えていない。


「今度は首をはねてみるか……首から体が生えてくるのか、それとも胴体の方から首が生えてくるのか、楽しみだ」


 ガイルは右手を振り上げる。

 ロイはその動きをじっと見据えた。


(見えない刃……だが、予備動作はある。さっきは右手を振った瞬間に飛んできた)


 ガイルが腕を振る。

 不可視の刃が空気を裂いて迫る。狙いは首だ。


 ロイは瞬時にしゃがみ込んだ。

 ヒュッ!


 頭上数センチのところを、鋭い風圧が通過していく。数本の髪が切り飛ばされ、宙を舞う。


「……ッ!」


 ガイルは一瞬だけ驚いた表情を見せた。


(偶然か? いや、俺が首を狙っているのを理解してしゃがんだだけか……)


 ガイルはすぐに高を括り、笑みを深める。


「なら、今度は脚を切り落としてから、じっくり首をはねてやるよ!」


 ガイルは両手を広げ、低い位置――ロイの脚をめがけて風の刃を放った。


 だが、ロイはその瞬間、勢いよく走り出し、大きく跳躍した。見えない刃がロイの足下の空間を切り裂き、石橋の欄干を粉砕する。


『また躱した……!?』


 ガイルが驚愕に目を見開いた頃には、既にロイは目の前まで迫っていた。


「くそッ!」


 焦ったガイルは、ロイの胴体に向けて急いで刃を飛ばそうと腕を振る。

 だが、ロイは体を低く沈め、脚から滑り込んだ。


 風の刃はロイの頭上を虚しく通過する。

 滑り込んだその勢いのまま、ロイはガイルの懐――無防備な足元へとそのまま入ってきた。


「なっ――!?」


「お返しだ……」


 ロイの剣が閃く。

 銀色の軌跡が走り、ガイルの右足の膝から下を鮮やかに斬り落とした。


「ぐぎぃっ……!?」


 支えを失ったガイルがバランスを崩して無様に倒れ込む。

 兄のヴァンスは橋の向こうで目を見開き、慌てふためいて叫んだ。


「ガイル!」


 だが、次の瞬間には起き上がったロイの剣先が、倒れたガイルの喉元を突き刺していた。


「が、ぼ……ッ」


 ガイルは目を見開き、信じられないものを見るようにロイの顔を見つめる。

 こんなはずではなかった。俺が蹂躙するはずだった。俺が楽しむはずだった――。


 そんな言葉を飲み込むように、喉から血が溢れ出す。

 ロイは無表情で剣を引き抜いた。


 ガイルの体がビクリと跳ね、そして動かなくなった。


「さて、次はどいつが相手してくれるんだ?」


 ロイは剣についた血を振り払い、残りの敵の方へ向き直る。


 その瞬間だった。

 遠くから高速で飛んでくる、光の弾。

 それは空気を歪ませながら、一直線にロイの顔面をめがけて飛んできた。


「あ――」


 反応する間もなかった。光の弾がロイの顔面に直撃する。

 視界が弾け飛び、思考が寸断される。ロイの意識はそこでプツリと途切れ、即死した。

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