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ダークストーン ~【心臓喰らいの復讐譚】神殺しの魔女と不死の傭兵~  作者: 花見川さつき
第二章 ロイ編

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第34話 夢の中の邂逅

 ――その頃、アベリーはようやく林を抜け、開けた林道に出た。

 人気は全くなく、静寂が辺りを包む。アベリーはメドウズフォール方面へと急ぎ足で歩き始める。目的地までは歩いて数時間の距離だが、この状況下では一刻も早くたどり着きたい。


 時折、後ろを振り返るアベリーの表情には警戒心が滲んでいた。まだシャドウが追ってくるのではないかという不安が拭えないようだ。


 歩き続けること二時間ほど。遠くの空が赤く染まり始め、夕陽が山の稜線に沈みかけている。

 先には小高い丘が見え、草原の中にぽつんと佇む大きな家が目に入った。


 アベリーはその丘を登り、家の前にたどり着くと、扉を叩いた。

 数回のノックの後、扉がゆっくりと開き、中から少し太めの中年男性が顔を出した。


「ああっ、アベリー様! よくぞご無事で!」


 その男は驚きと安堵の入り混じった声で言った。

 彼の名はミルトン。この馬牧場の主であり、マーズデン家に忠実な人物だ。ミルトンは心配そうな表情でアベリーを見つめた。


「城で起きたことをご存知なのですか?」


 アベリーが問いかけると、ミルトンは深く頷いた。


「ええ、まあ……あいつから聞きました……」


 そう言いながら、彼は部屋の中を指差し、アベリーが視線を向けると、そこにはミルトンから借りたのであろう、少しサイズの合わない服を着て、テーブルの前で料理にがっついているロイの姿があった。


「なぜ私より先に着いているんですか?」


 アベリーは部屋に入るなりロイの隣に立ち、問いただした。ロイは食事をしていた手を止め、彼を見上げる。


「なぜって……俺もよくわかんないんだけどさ、いくら走っても疲れないんだよね。延々と走っていられる感じ。調子に乗ってここまでずっと走ってきちゃったよ」


 アベリーは目を細めてロイを見つめる。


「なるほど……あなたが得た力がどのようなものか、少しずつ分かってきた気がします」


「ふ〜ん。そんなことよりさ、身を挺して逃してくれた恩人に対してなんか言うことはないかな? 『あ』から始まる言葉なんだけど」


「身を挺してって……あの後、私の方に犬型のシャドウが追ってきましたよ。それも複数」


「……そうなの? あ〜、それはなんか……ごめんね」


 ロイは一瞬だけ眉をひそめ、少し申し訳なさそうに言った。だが、すぐに肩をすくめて開き直ったように笑みを浮かべた。


「いや、でもさ。そっちも大変だったかもしれないよ。でも俺の方はもっと大変だったわけよ」


 ロイは大げさに手を振りながら、椅子に座り直す。


「なんせ鋼鉄のように硬い影と戦ってたわけだし? いくら斬っても刃は通らないし、倒し方なんて分かんないっつうの。しかも終いには二体目の影まで出してきて後ろから刺されたんだぞ。倒れた後はもぉ〜、滅多刺し! 今こうして生きているのが不思議なくらいの滅多刺しだからね? そのへんの苦労を解ってほしいわけよ、俺は」


 アベリーは呆れたようにロイを見下ろし、静かに問いかけた。


「……なぜ自分が生きているのか、あなたは不思議に思わないんですか?」


「なぜって、あれだろ? 漆黒石……とかいうの?」


 ロイは軽い調子で言いながら、料理に手を伸ばそうとする。


「そうです。その漆黒石を、ドラゴンの炎で焼け死んでしまったあなたの遺体の口に入れたんです。そうしたらあなたは生き返った。そしてさっきもまた死に、また生き返った……」


 アベリーの言葉に、ロイはハッとした表情を浮かべた。その目が一瞬だけ真剣な色を帯びる。


「つまり……俺は……」


「そうです」


「神になったのか!」


「……」


 アベリーは深いため息をつく。


「アベリー様。立ち話もなんですので、どうぞお掛けください。食事もすぐにお持ちします」


 ミルトンが椅子を引き、丁寧に促す。


「ああ、お気遣いありがとうございます。こんな急に押し掛けてしまって申し訳ありません」


 アベリーは恐縮しつつ、引かれた椅子に腰を下ろした。


「いえいえ、滅相もございません。マーズデン家の皆様には長年お世話になっておりますので、この程度のことは当然でございます」


「おっちゃん、このスープおかわり。滅茶苦茶うまいぞ」


 ロイがスープの皿を持ち上げながら、満足げに頼む。

 その自由すぎる態度に、アベリーとミルトンは若干軽蔑の色を含んだ視線を露骨に向ける。


「オホンッ。まあ、狭いところで申し訳ありませんが、今夜はここでお休みになってください」


 ミルトンが声を落ち着けて言うと、アベリーは微笑みながら頭を下げた。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


 こうして、二人はこの家で一泊することになった。

 食事を終え、満足したロイは、用意された床に敷かれた布の上にごろりと横になった。


「じゃ、おやすみ」


 あっさりと言い放つロイに、アベリーは驚いた表情を見せる。


「もう寝るんですか? 話したいことがまだあるんですけど……」


 アベリーはやや不満そうに声を上げたが、ロイは手をひらひらと振りながら目を閉じる。


「あ〜、明日にしてくんない? 今日は色々あって疲れたんだよ。マジで」


 その言葉に、アベリーは深いため息をついた。目の前の男があまりにも自由すぎる態度で振る舞うため、呆れるしかなかった。


 ロイのいびきが小さく聞こえ始めると、アベリーはふと窓の外に視線を移した。赤みを帯びた夜空が静寂に包まれ、どこか不安を感じさせる。

 その空を見上げながら、彼はそっと呟いた。


「明日は少しでもまともな会話ができますように……」


---


 ロイは、ふっと意識が遠のくのを感じたかと思えば――次の瞬間、目を覚ました。


 視界に飛び込んできたのは、どこか懐かしさを覚える古びた木の壁と、小さな暖炉が灯る部屋だった。あたたかく、静かで、そして不思議と現実感がある。


「……ん? なんだここ?」


 ロイは寝台から起き上がり、周囲を見回した。


 窓からはやわらかな光が差し込み、床には絨毯が敷かれ、棚には本と壺。台所には使い込まれた鍋。まるで誰かが長く住んでいたような、そんな気配が残る空間だった。


「え……さっき寝たところなんだけど……これ、夢だよな?」


 ロイは指で棚をなぞった。木の感触がちゃんとある。


「すげぇ、夢! 本物みたいじゃねぇか!」


 興奮気味に部屋の中をぐるぐる歩き回っていると、ふと窓の外を誰かが歩いているのが見えた。


「ん? 誰だ、あれ?」


 ロイは扉を開けて外に出た。外は見慣れない穏やかな町並みの景色、そして前庭の少し離れた場所を、長身の男が静かに歩いていた。


「おーい! そこのあんた!」


 男が足を止め、振り返る。


「君は……誰だ? なぜ私の家にいる?」


「は? あんたの家? ここは俺の夢の中なんだから、それは違うでしょ」


「夢……?」


 男は周囲を見渡し、少しの間、言葉を失っていた。だが、やがてその視線にかすかな理解の色が浮かぶ。


「……そうか。夢か……私は、夢の中にいるんだな」


「なに一人で納得してんの? あんた誰なんだよ?」


「私はペルモス。処刑されて……死んだはずの者だよ」


「処刑……?」


 ロイは眉をひそめた。


「はぁ……まあ、とにかくだ。君は誰なんだい?」


「ロイ。よろしく〜」


「ロイ……そうか。私は死んで、その後……どうやらダークストーンとなって君の中に取り込まれたようだ。そしてここは私の記憶……君の夢の中で私の魂に刻まれた記憶が再現されているようだ」


「ダークストーンって……漆黒石?」


「ああ。我々エンテディア人は、心臓に魂と能力を宿す。そして、心臓を乾燥させ、石化させたものが漆黒石――それを体内に取り込んだ者は、能力と共に魂も受け継ぐ」


「エンテディア? え? というか、漆黒石には特殊な力と知らないおっさんの魂がセットで入ってんの?」


「おっさん……? 私のことか? いや、いい。そう。そして……稀にだが、特別な魂の共鳴を呼ぶとこうして夢の中で対話することができる、と生前に読んだ本に書いてあった」


 ロイは腕を組みながら、まじまじとペルモスを見た。


「ってことは……あんた、俺の中にいるってこと?」


「そうなるな。君が、私の魂と不老不死の能力が宿った漆黒石を取り込んだことで、私は君の中でこうして意識を取り戻しているようだ」


「へぇ〜、そうなんだ〜。出てってくんない?」


「……無茶を言わないでくれよ」


 ペルモスは呆れた顔でぽつりと呟く。

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