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ダークストーン ~【心臓喰らいの復讐譚】神殺しの魔女と不死の傭兵~  作者: 花見川さつき
第二章 ロイ編

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第32話 漆黒石を求めて

「へぇ、変わったペット飼ってるね」


 セレンドラは口角をわずかに上げ、微笑みながら彼を見返した。


「私のシャドウを見て冗談を言えるなんて、肝が据わっているのね」


「肝が据わってるって言われたことはないけど、空気読めないとはよく言われるよ」


 ロイの飄々とした返答に、セレンドラは小さく笑い声を漏らした。その声は上品さを感じさせながらも、どこか冷たさをはらんでいる。


「それで……あなた達は持っているの? 漆黒石を……」


「漆黒石? 何のことですか?」


 アベリーは毅然とした態度で聞き返す。


「とぼけるつもり? 女神様が云うには、この隠し通路から出てくる人間は位の高い人物。当然、漆黒石について把握しているはずだと云っていたわ」


「その女神様とやら、その人の思い違いではないですか? そもそも、その漆黒石とは何です? その石に何の価値があるというんですか?」


 セレンドラの視線が、アベリーの上質な服装に留まる。


「内通者の話では、三男のアベリー・マーズデンは若く聡明で、美しい青年だとか。どうかしら? その評判に見合うのは……あなたのことじゃない?」


 彼女の言葉が空気を震わせるように響く。アベリーの心臓が早鐘のように打ち始めるが、表情は冷静さを保っていた。


「1600年前、女神様を殺した神――その手先だった者たちの子孫が、漆黒石の存在を知らないなんてこと、あり得るかしら?」


 アベリーは内心で驚愕するが、表情には出さずにセレンドラを観察し、少しでも敵の情報を引き出そうと考えを巡らせた。


「漆黒石……あなたたちはそれを探しているのですね?」


「探している、というよりは……取り返したいのよ。漆黒石は女神様の体の一部。正当なる持ち主へ返すべきだとは思わない?」


「体の一部……? いや、とはいえ、それを私たちが持っているという証拠がどこにあるんですか?」


 セレンドラは肩をすくめ、冷たい笑みを浮かべる。


「証拠なんて必要ないわ。命令は、この隠し通路から出てくる者を皆殺しにしろ、ただそれだけ。漆黒石を持っているかどうかは関係ないの。もし持っていたら、死体から取るだけ」


 その言葉に、アベリーは喉を鳴らして唾を飲み込んだ。セレンドラの話好きな性格を利用して情報を得たつもりが、命を脅かされる現実を突きつけられる形となった。


 その言葉を聞いて、ロイは無言で一歩前へ出た。彼の動きは迷いのないものだった。後ろにいるアベリーを庇うように立ち塞がる。


「そういうことなら、俺が相手してやるよ」


 振り返りざまに肩越しでアベリーに声をかける。その声は相変わらず軽いが、どこか真剣さも感じられる。


「先に目的地へ行っててくれ。あとから追いつく」


 その言葉を受けたアベリーの顔には迷いが浮かぶ。


「いやでも、あなたを置いて行くわけには……」


「いいから平気だって。あんたを守りながら戦う方がよっぽど面倒だ」


 ロイは片手で肩を回しながら気軽に言ってのけた。しかし、アベリーは眉間に皺を寄せ、視線を横にそらす。


「それはそうかもしれませんが、あなたの中には……」


 囁くようなアベリーの小声が途切れる。そして、再びセレンドラに目をやった。その瞬間、セレンドラの冷ややかな声が二人の会話を断ち切る。


「作戦会議はもうお終い?」


 黒い影が、音もなく動き出した。一歩、また一歩と足を進めるたびに、影の輪郭が奇妙に揺らぎ、その存在感が増していく。


 ロイは無造作に肩をすくめると、アベリーに向けて手を軽く振った。


「ほら、急げって。俺がこいつと遊んでる間に行ってくれ」


 その言葉にアベリーは拳を強く握りしめたが、最後には静かに頷く。そして、彼の小さな背中が森の方へと駆けていく。


「さて、それじゃあ始めようか」


 口元に浮かぶ笑みは、不敵そのものだった。


 アベリーが逃げるのを確認すると、セレンドラは再び自らの影に視線を落とした。その瞬間、影から黒い粒子が舞い上がり、渦を巻くように集まる。


「追手を差し向ける気だろ。そうはさせねぇよ」


 ロイは即座にセレンドラとアベリーの直線上へ移動し、剣を構えた。


「さっきも言ったけれど、誰も逃がすなという命令なの。悪く思わないでね」


 セレンドラが薄く微笑み、影から生まれたのは四足歩行の犬のような形状だった。その影は低い姿勢のまま、アベリーが逃げた方向へ向かって突然走り出す。


「こいつッ、速ぇ!」


 ロイは目を見開き、迫り来る犬型の影にタイミングを合わせて剣を振りかぶる。しかし、影はロイの攻撃を読んだかのように直前で大きく跳躍した。


「飛び越えた……!?」


 ロイは悔しげに顔を歪めながら振り返る。犬型の影はすでにアベリーの方向へと猛スピードで向かっていた。


「アベリー! そっちに行ったぞ!」


 ロイの叫びに反応して振り返るアベリー。その視界に、物凄い勢いで迫り来る黒い影が映る。


「ッ!!?」


 慌てて短剣を取り出そうとする。しかし、焦りから手がもつれ、短剣を引き抜くのに手間取る。犬型の影は既に目前まで迫っていた。


 黒い影の獣はアベリーの喉元目掛けて鋭い動きで飛びかかる。その勢いに圧倒されながらも、アベリーはようやく短剣を抜き、咄嗟に目の前へ突き出した。


 突き出した短剣が、犬型の影の顔に勢いよく突き刺さる。


 犬型の影を形成していた黒い粒子が一瞬で霧散し、跡形もなく消えた。

 一瞬の出来事にアベリーは呆然と立ち尽くす。自分が何をしたのか、そしてどうして犬型の影が消えたのか、まるで理解できない様子だ。


 アベリーは混乱した表情でロイの方を見る。


「行け! 走れ!」


 ロイの大声に、呆然としていたアベリーがハッと我に返る。彼はその言葉に従い、再び森の方へ走り出した。


「粒子の量を減らし過ぎたようね……」


 アベリーの後ろ姿を見送りながら、セレンドラは少し残念そうに呟いた。その声にはどこか余裕の色が滲んでいる。


「おい。あんたの相手は俺がする。あいつには手を出すなよ」


 ロイが剣を構えながらセレンドラを睨む。その挑発に、彼女は小さく肩をすくめて微笑んだ。


「はぁ……まあいいわ。あなたを殺してから、あの子を追うことにするわ」


 セレンドラの言葉に合わせるように、人型の影がゆっくりとロイの方へ歩き出す。

 しかし、その動きは犬型の影と比べて明らかに遅い。ロイはその様子を目にし、呆れるように溜息をついた。


「なんだよ、のろのろしやがって……本当に殺す気あるのか?」


「こちらの方は量を多くし過ぎたみたい。何度やっても、バランスを取るのは難しいわね」


 彼女は腰に手を当てながら、不満そうに影を見つめる。

 その態度には焦りのようなものは一切感じられない。まるで、これが単なる遊びであるかのような軽い口調だった。


 ロイは剣を軽く振り上げ、肩越しにアベリーが森の中へ消えていくのを確認した後、セレンドラに向き直った。

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