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ダークストーン ~【心臓喰らいの復讐譚】神殺しの魔女と不死の傭兵~  作者: 花見川さつき
第二章 ロイ編

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第31話 地下水道を抜けて

 隠し扉を抜けた先、暗闇の中に備え付けられていたランプに手を伸ばすアベリー。

 石壁に掛けられているそれを取り外し、火を灯した。


 暖かな光が通路を照らし出す。アベリーはその光を頼りに階段を慎重に降りていく。

 続いてロイもその後に続き、やがて道なりに進むと地下水道が姿を現した。


 ひんやりとした空気が肌を撫で、水が静かに流れる音が耳に届く。その音だけが、この閉ざされた空間に命の気配を与えているかのようだった。


「この水路を辿れば城外へ出られます」


 アベリーが先を指し示しながら言う。


「へぇ〜。城の下にこんな水路があったんだ〜。すげ〜」


「ええ。籠城する際に備えたものです。水は命を繋ぐ大切な資源ですから」


「は〜、なるほど〜」


 ロイが頷くと、アベリーは横目で彼を見た。そして、視線が一瞬だけ下に落ちる。

 慌てて目を逸らし、彼は顔を赤らめながら自身の外套を脱いだ。


「と……その前に。これを腰に巻いてください」


 そう言って、ばつが悪そうにそれを差し出した。全裸のロイに対して、どうにかしなければと考えたのだろう。


「あ〜、すんませんね……洗って返すんで……多分」


「お気になさらず……」


 アベリーは淡々と答えたが、その表情には僅かに気まずさが滲んでいる。ロイは苦笑いしながら外套を腰に巻きつけた。


 二人は水路沿いを歩き始める。冷えた空気と薄暗い光の中、足音だけが静かに響いていた。


「なんか普通に話しちゃってますけど、貴族様相手にこんな話し方で大丈夫ですかね? お貴族様と話すの初めてで、距離感よく分かんなくて……」


 ロイがちらりとアベリーを見て尋ねる。自身の無遠慮な態度に対して、少しだけ反省したのだろう。


「ええ、気にしなくていいですよ。敬語も敬称も不要です。」


「えっ、本当? 貴族って『不敬だぞ! 首をはねよ!』とかいつも言ってそうなイメージなんだけど」


「……ちょっと何を言ってるか分からないですけど、私はそんなことで怒りませんよ。それに、あなたは私の命の恩人ですから。本当に気遣い無用です」


「命の恩人って……俺、全裸でその場にいただけだよ?」


 アベリーは一瞬笑みを見せた後、真剣な顔で続けた。


「そのおかげで今、私は生きているんです。本当に感謝しています。ですから、私には気楽に接してください」


「へぇ〜。坊っちゃん、なかなか懐が深いな」


「坊っちゃんはやめてください」


「じゃあ、アベリーでいい?」


「ええ、それで結構です」


「俺はロイ。気軽に呼んでくれていいよ」


「分かりました、ロイ。道中よろしくお願いします」


「道中? そういや、ここを出たらどこ行くつもりなんだ?」


「メドウズフォールという場所を目指します。当家に馬を売ってくれている牧場があるので、そこで馬を調達します」


「それで、その後は?」


「馬を手に入れたら、ノーザンデイルへ向かいます」


「ノーザンデイル? あんな山奥に行って何すんの?」


「グレイヴェン家に私の姉、ジュディスが嫁いでいます。彼女を頼ろうと思っています」


「そりゃ、長旅になりそうだな」


 淡々と会話を交わしながらも、二人の間には次第に不思議な信頼感が芽生え始めていた。


 しばらく歩くと、薄暗い通路の先に明かりが見えてきた。出口だ。

 その出口には鉄製の柵が設置されている。ロイが柵を掴み、力任せに揺すり始めた。


「これ、どうやって開けるんだ?」


 ロイが振り返りながら尋ねると、アベリーはすぐ近くの壁をじっと見つめた。


「大丈夫です。ここに開閉用のレバーがあります」


 そう言うや否や、アベリーは壁に絡みつく蔦をかき分け始めた。彼の白く繊細な指が苔むした壁を探り、やがて一つの鉄製のレバーを見つける。


「これです」


 彼が短く呟きながらレバーを引くと、低く鈍い音が響き、鉄柵がゆっくりと上がり始めた。


「へえ。随分と手の込んだ仕掛けだな」


 鉄柵が完全に上がると、二人は通路を抜け、外へと出た。


 外に広がる景色は、まるで別世界のようだった。小川が流れる原っぱには雑草が膝まで伸び、遠くには鬱蒼と茂る森が見える。青空の下、清々しい風が頬を撫でた。


「ここ、開けっ放しになっちゃってるけど、いいのか?」


 ロイが後ろを振り返りながら言うと、アベリーは足を止めて答える。


「ええ、大丈夫です。暫くすると自動的に柵が降りる仕掛けになっています。外側にはレバーが無いので、もう後戻りはできません」


「ふ〜ん。中から出るのは簡単だけど、外から中へは入れないってことか……」


 ロイが感心したように頷き、視線を周囲に巡らせる。その時、原っぱの中央に一本だけ立つ大木の下に、黒い人影が見えた。


「あれ……人か?」


 ロイが木の下を指差す。そこには、白いドレスに身を包んだ女性が静かに腰を下ろしていた。優雅で気品のあるその佇まいは、貴族の一員かと見紛うほどだった。


 肩まで垂れるブロンドの髪は柔らかなウェーブを描き、光を受けて淡い金色に輝いている。彼女の顔は俯き加減で、その穏やかな表情は遠目にははっきりと見えない。


「あら? 本当に人が来たわ……」


 木陰で休んでいた女性が、こちらに気づいたようだ。彼女はゆったりとした足取りで木陰から出てくると、整った姿勢で微笑みながら挨拶をした。


「ごきげんよう」


「こんちは〜。こんなとこで何してんの?」


 ロイは暢気な調子で挨拶を返す。対照的に、アベリーは女性の出現に僅かに身構えた。


「あなたこそ、何で半裸なの? 変な人……」


 女性の口調には、冷ややかな好奇心が含まれている。ロイは肩をすくめて答えた。


「したくてこんな格好してるわけじゃないからね? ドラゴンに燃やされて仕方なくだから」


「ドラゴンに? 冗談はやめてちょうだい。それなら生きているわけがないわ」


「それは俺も同感だよ。何で俺は生きてるんだ?」


 皮肉めいた言葉にロイは笑みを浮かべたが、アベリーはその軽口には乗らず、鋭い声を放つ。


「貴方は……何者ですか?」


 彼の碧眼が女性を貫くように見つめた。女性は少しだけ目を細め、柔らかく微笑んで応じる。


「私の名はセレンドラ。仲間内ではシャドウキャスターとも呼ばれているわ」


 その名を告げると同時に、彼女の足元の影が蠢き始めた。

 暗黒の粒子が静かに宙へ舞い上がり、その量は徐々に増えていく。漆黒の粒子は集まり、絡まり合いながら形を変え始めた。


「なんだこれ……」


 ロイが驚き混じりに呟く。粒子はさらに膨れ上がり、ついに人型を成した。


 黒い粒子から生まれた人型の影は、どこか不気味な存在感を放っている。

 未知の生命体が生まれる瞬間を目撃したかのようなその光景に、アベリーは眉をひそめ、さらに警戒心を強めた。


「へぇ、変わったペット飼ってるね」


 ロイが軽口を叩きながら、セレンドラの傍らに立つ人型の影をじっと見つめる。

 その瞳には恐れはなく、挑発的な光すら宿っている。

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