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ダークストーン ~【心臓喰らいの復讐譚】神殺しの魔女と不死の傭兵~  作者: 花見川さつき
第一章 マルファー編

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第3話 処刑台の誓い

 王宮近くの牢獄の奥。

 冷たい石壁に囲まれた独房で、ペルモスは壁に背を預け、膝を抱えていた。


 窓もない暗い空間で、ただひたすらマルファーの身を案じていると、通路にコツ、コツ、と冷ややかな靴音が響いた。


 音は牢の前で止まり、ペルモスはゆっくりと顔を上げる。

 鉄格子の向こうにはヘリオドス王子が立っていた。


「……殿下? ヘリオドス殿下……ですよね? 助けてください! これは冤罪なんです!」


 ペルモスは最後の望みを託すかのように、藁にもすがる思いで声を上げた。

 ヘリオドスは鉄格子に近づき、かすかな笑みを浮かべてペルモスを見据える。


「ほう。そうなのか……それは大変だ」


 ペルモスはその声と表情に違和感を覚えた。


「……殿下?」


「君はダークストーンというものを知っているか?」


「……聞いたことはありますが、それが何か?」


「エンテディア人は、その心臓に『魂』と『能力』を宿す。強大な能力を持つ者の心臓は、死後に抜き取られ、永い乾燥を経て、魂と能力を封じ込めた『ダークストーン』が作られるのだ。その石を経口で体内に取り込むことで、その偉大な力を継承することができる」


 説明し終えると、ヘリオドスはうっとりとした表情でペルモスを見つめた。


「まあ、要するに……処刑される前に直接伝えたかったんだ。君に感謝していることを」


「……感謝、ですか?」


「ああ。私は食料となる家畜にすら感謝する主義でね。君のその不老不死の力も私の糧となるのだから、感謝するのは当然だろう? ありがとう、我が糧となる者よ」


 ペルモスの顔から血の気が引いた。

 全身に悪寒が走り、震える声で絞り出した。


「……それを聞いて、私はなんと言えばいいんですか? どういたしまして、とでも言えばいいんですか?」


 その皮肉に、ヘリオドスの表情が一変し、瞳に冷たい怒りが宿った。


「おい。卑しい身分の平民風情が、この私に舐めた口をきくなよ。高貴な血筋のこの私が、お前の力を役立ててやると言っているのだ。光栄に思え……!」


 ヘリオドスはペルモスに軽蔑の眼差しを向ける。

 そして踵を返し、靴音は闇へと消えていった。


 残されたペルモスは呆然と座り込む。

 ヘリオドスの言葉は彼の最後の希望を打ち砕き、深い絶望へと突き落とした。


---


 数日後、ルミナスの街はどこかざわめき立ち、見えない恐怖が空気を支配していた。

 ペルモスの公開処刑の時刻が近づいていたのだ。


 処刑場にはすでに多くの民衆が集まり、彼の罪状について噂を交わしていた。


 マルファーもまた、その場にいた。

 彼女は人々の視線を気にせず、処刑台の方だけを見つめている。

 その表情は硬く、胸の中では言葉にならない思いが渦巻いていた。


 処刑台の周囲は黒い波のような群衆で埋め尽くされていた。

 処刑台の上には、ゼフィロス王とヘリオドス王子の姿があった。


 豪奢な椅子に腰を下ろしたゼフィロスは威厳を漂わせながらも、息子のヘリオドスに柔和な笑みを向ける。

 しかし、ヘリオドスの方は薄く冷たい笑みを浮かべていた。


「父上、私が不老不死の力を頂いても宜しいのですね?」


「勿論だとも、愛しい息子よ。年老いた私より、お前のほうが適任だ。お前のように聡明で美しい王子が、永遠にこのオルペシオンを統治するのだ。私は誇りに思うぞ」


「ありがとうございます、父上」


 すると突然、群衆がざわめきとともに湧き立った。

 広場の一角から、兵士たちに両脇を掴まれた一人の男が現れる。ペルモスだ。


 その姿が人々の目に入った瞬間、怒号と罵声が嵐のように巻き起こった。


「反逆者め!」


「死をもって償え!」


 唾を吐きかける者、泥や小石を投げつける者も現れ、腐った果実が彼の肩にぶつかり、顔を汚す。

 ペルモスは苦しげに目を閉じたが、立ち止まることなく足を進め続けた。


「反逆者に相応しい末路だ! 反逆者に死を! 反逆者に死を!」


 男の声が響き、さらに狂気が群衆を煽る。

 人々の非難の声は猛烈で、一切の容赦がない。


 ペルモスの両腕には粗雑な縄がきつく縛られていた。

 兵士たちに引き立てられる彼の足取りは重く、目の前の光景を受け入れるしかない無力感が漂っていた。


 その表情にはどうすることもできない諦めと深い絶望が浮かび、それでも視線をそらすことはなかった。


 ついに処刑台の前に到着し、ペルモスは兵士たちに腕を掴まれたまま、冷たい石段を一歩ずつ上っていく。


 処刑台の中央に立たされたペルモスは、群衆の中に視線を投げかけた。

 ペルモスの瞳が、ふと止まる。


 そこにはマルファーの姿があった。

 彼女を見つけた瞬間、諦めに染まっていた彼の顔に一瞬だけ微かな光が宿った。


 愛する人――それは、どんな絶望の中でも彼が唯一手放せなかった希望だった。


 彼は短い人生を振り返るように瞼を閉じ、そして再び開いた。

 そこには決意の色が浮かんでいた。


 この瞬間が、自分にとって彼女と共有する最後の時間になるのだと理解しながら、彼は静かに息を吸い込んだ。


 進行役の男が高らかな声で群衆に向けて宣言する。


「静粛に! 本日ここに反逆者ペルモスの罪状を読み上げる!」


 進行役は大きな巻物を広げ、内容を読み上げ始めた。


「ペルモス、平民階級ながら不老不死の能力を持つ者。王の命を狙い、国の安定を脅かそうとした罪で反逆者と認定される。また、家宅捜索において暗殺計画の詳細が記された手帳が発見されている。以上の理由により、王命に基づき処刑を執行する!」


 群衆からさらに罵声が飛び交う。


「当然だ!」


「そんな奴はさっさと殺せ!」


「反逆者に情けなど無用だ!」


 その声は容赦なく、群衆のただ中にいるマルファーの心を鋭い刃のように切り裂いた。


 彼女は震える足で群衆を掻き分け、処刑台の近くまで進む。

 涙で濡れたその顔には、悲しみと怒り、そして深い無力感が交錯していた。


 進行役の冷徹な声が響く。


「反逆者ペルモス。最後に言い残すことはないか?」


 ペルモスは跪かされ、縄で縛られた腕をわずかに動かしながら、静かに顔を上げた。

 その瞳には恐怖や絶望はない。


 ただ、深い覚悟と悔しさが揺らめいていた。

 彼は周囲にいる処刑人や衛兵たち、そして高台から見下ろしている王と王子を見回し、乾いた笑みを浮かべた。


「どうせ無実を訴えても意味はないんだろう?」


 一瞬の沈黙が広場に漂い、ペルモスは視線を群衆から外し、ゆっくりと顔を上げた。


 彼の瞳は迷うことなく、ただ一人――マルファーの姿を捉えた。

 彼女の目もまた、群衆の喧騒を越えて、彼にしっかりと向けられていた。


 その瞬間、彼の周囲にいる処刑人や衛兵、そして数え切れないほどの群衆の存在が全て薄れたように感じられた。

 広場にいるのは、彼とマルファーだけ。


 そう思わせるほど、二人の視線は深く交わっていた。

 ペルモスはその瞳に語りかけるように、穏やかな声で続けた。


「なら、俺の人生最後の瞬間は、意味のあることを話したい」


 彼の視線は微動だにせず、ただ彼女を見つめていた。

 その姿は、絶望の中でも愛を貫く強さを物語っていた。


「俺は奇跡のような出会いを果たし、愛する人と共に過ごす日々の中で、この世界の本当の美しさを知ることができた。君の存在が、どんな闇の中でも俺の光だった。苦しい時も、悲しい時も、君がそばにいてくれたから、俺はここまで生きてこられた」


 彼は静かに微笑みを浮かべ、マルファーの方をまっすぐ見つめた。

 そして、震えるような声で続ける。


「俺を夫にしてくれてありがとう。ずっと一緒にいてくれてありがとう。君の笑顔が大好きだ。だから、笑ってくれ……これからもずっと、笑顔のまま生き続けてほしい」


 マルファーはその言葉に応えるように、涙を流しながらも微笑んだ。

 しかし、その微笑みは哀しみに彩られており、彼女の心が張り裂けるような痛みに覆われていることを隠しきれていなかった。


「ペルモス……」


 声にならない言葉が彼女の唇から漏れる。

 ペルモスは力を振り絞り、大声で叫んだ。


「マルファー! 生きてくれ……命ある限り……!」


 その声は鋼鉄のように強く、切なる祈りのように美しかった。

 一瞬、群衆のざわめきが止まり、風すらも彼の言葉を運ぶかのように静まった。


 マルファーは涙を溢れさせながら、震える唇を噛みしめた。

 彼の言葉が胸を貫き、体中に熱い痛みが広がる。


「ペルモス……!」


 しかし、その瞬間、処刑官の剣が冷たく光り、振り下ろされた。


 鋭い音が広場に響き渡り、鮮血が飛び散った。

 時間が止まったような静寂の中、ペルモスの頭部が落ち、命の炎は瞬時に消え去った。


 マルファーは膝を折ることなく、涙が滲む目で処刑台を見つめていた。

 震える身体を自分の意志だけで支えながら、堪えきれない痛みを無理やり押し込める。


 声にならない叫びが胸の中を暴れ回るが、彼女は決してそれを外に漏らさなかった。

 ただ、苦しみに耐え、ひたすらその場に佇む。


 しかし、無情にも刑は終わっていなかった。


 処刑が完了したかのように思えたその瞬間、高台に座っていたヘリオドスが鋭い声を上げた。


「何をしている! そいつは不死者だぞ。早く心臓を取り出せ!」


 処刑台にいた者たちが一瞬驚き、動きを止めると、ヘリオドスは冷たく目を細めて続けた。


「蘇るぞ」


 その言葉に背筋を凍らせた処刑官は、すぐに動き出した。

 鋭利な刃がペルモスの胸に突き立てられ、血が溢れ出す。


 処刑官は赤黒い心臓を取り出した。

 それはまだ微かに脈打ち、生きていた者の命の名残を宿しているかのようだった。


 広場に集まった人々は息を飲み、その場に漂う血の匂いと死の静寂に、ただ見つめることしかできなかった。


 ヘリオドスは処刑台に近づき、処刑官からその心臓を受け取ると、冷たい笑みを浮かべた。


「父上、これが不老不死の力です!」


 ゼフィロス王は頷き、静かに見守る。

 ヘリオドスは一瞬だけ心臓を見つめ、そしてそれをそのまま口へ運び、生々しい音を立てながら食らい始めた。


 そんな異様な王子の姿に群衆は息を呑み、静寂が広場を包んだ。


 生のまま心臓を食べても、能力と魂は受け継ぐことができる。

 だが本来、聖なる『ダークストーン』を介して行われるのが歴史ある王家の伝統。それは民にとっても周知の事実。


 だがそれを無視し、直前まで愛する者への思いを語っていた人物の心臓を生のまま食らうヘリオドスの姿は、あまりにも人の心が感じられなかった。


 群衆の背筋は凍りつき、恐怖と嫌悪が広場全体に漂った。

 だが、目の前で繰り広げられるその光景から目を逸らすこともできず、人々は息を呑んで見守ることしかできなかった。


 群衆同様に、その姿を見つめるマルファーの胸には、怒りと絶望、そして決して消すことのできない復讐の炎が燃え広がっていった。

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