第28話 英雄的な死
城外に飛び立ってから暫くすると再びドラゴンが城内へ戻って来た。
そして、重々しい足音と共に居館の前に降り立った。
ドラゴンは姿勢を低くし、その背から黒いローブを目深に被った人影が音もなく降り立った。
「え? 人間……? 人が乗ってたのか?」
遠巻きにその様子を目撃したロイは足を止め、不思議そうに目を瞬かせる。
影は一瞬だけその輪郭を露わにすると、すぐさま居館の中へ消えていった。
「なんだありゃ……」
まだ距離があったため、ロイには人物の詳細は分からなかったが、胸にわずかな疑念が残る。
それでも、目の前にいるドラゴンの存在が彼の興味を掻き立てる。
「おい、トカゲ野郎! さっきから逃げ回ってんじゃねぇよ! 追い回すこっちの身にもなれ!」
ロイは叫びながらドラゴンに向かって駆け出す。
その声に反応するように、ドラゴンは冷たい金色の瞳をロイに向けた。まるで嘲笑うかのような眼差しに、ロイの興奮は一層高まる。
「オラッ! 今日の晩飯はトカゲステーキだ!」
ロイは勢いよく剣を振り下ろした。その鋭い刃先はドラゴンの胴体に直撃する。
しかし、剣は硬い抵抗に跳ね返された。手に伝わる衝撃が、鱗の異常な硬さを物語っている。
「なんだよ、この鱗……傷ひとつ付かねぇ!」
呟きと共に一歩退いた瞬間、ドラゴンの巨大な尾が横から振り抜かれた。
空気が渦を巻くような圧力を感じる間もなく、ロイの視界が激しく揺れる。
彼の体は宙を舞い、居館の壁へと叩きつけられた。
その衝撃で外壁にはひびが入り、ロイは無様に地面へと崩れ落ちた。
呻き声ひとつも漏らさず、ただ荒い息だけが静けさの中に響く。
ドラゴンは一瞥をくれると、興味を失ったようにその場を立ち去ろうとする。
しかし、地面に倒れたロイの口から、微かな声が漏れる。
「トカゲ野郎……逃げんなよ……」
ドラゴンが振り返ると、ロイがよろめきながら立ち上がろうとしていた。
その姿は満身創痍で、今にも崩れ落ちそうだ。それでも、彼は笑みを浮かべて挑発する。
「俺にビビってんのか……?」
その言葉に反応したのか、ドラゴンは目を細め、ゆっくりとロイの方へ歩み寄る。
その歩幅が徐々に広がり、ついには地を揺るがす勢いで疾走を始めた。
次の瞬間、巨体を伴う頭突きがロイを押し潰すように直撃した。
その勢いのまま、ドラゴンは居館の壁に突っ込み、頑丈な石造りの壁を一気に突き破る。
瓦礫が四方に飛び散り、建物内部に巨大な穴が開いた。
ドラゴンの頭部はそのまま瓦礫に埋もれ、ロイの体もその下で押しつぶされている。
粉塵が舞い上がり、辺りは一瞬静寂に包まれた。
やがて、ドラゴンは嵌まっていた体を後退させ、ゆっくりと居館の外へと戻る。
大穴の中に目をやりながら、その視線には既に興味の色が失せていた。
だが、突如として瓦礫に埋もれるロイの指が微かに動いた。
次いで、上半身が持ち上がり、彼は口から血を吐き出しながら起き上がる。
その姿は見るからに瀕死だったが、ロイの目にはまだ光が宿っている。
「まだ……生きてるんですけど……?」
血まみれの顔で笑みを浮かべ、ドラゴンを挑発するその姿には、どこか狂気じみたものすら感じられた。
何度倒されても、ロイは立ち上がった。
尻尾で吹き飛ばされ、頭突きで建物に押し潰され、全身が打ち砕かれても――その男は再び立ち上がる。
圧倒的な力の差を前にしても、ロイは剣を手放さなかった。
その剣を杖代わりに、ぐらつく膝を支えるように力を込める。片膝を地に突き、片手で剣の柄を握り締める。
ロイの姿を見つめるドラゴンの瞳が、かすかに揺れる。
知性を持つその目には、混じり気のない驚愕と、そして敬意の色が浮かんでいた。
ドラゴンは一瞬だけ動きを止める。
眼前の男が、人間とは思えないほどの執念を見せるその理由を理解しようとしているかのようだった。
「来いよ……ぶっ殺してやる……」
ロイは血に濡れた口元を歪め、笑みを浮かべる。
言葉を絞り出すその声は、もう消え入りそうだった。それでも、彼は立ち上がろうとする。
ドラゴンは静かに口を開く。そこに赤い輝きが灯り始めた。
ファイアブレス――それはドラゴンの誇りであり、圧倒的な力の象徴。
数えきれないほどの敵を焼き尽くしてきたその炎を、ドラゴンはこの男に向ける。彼がただの人間ではないと悟ったからだ。
空気が震える。炎の熱波が周囲を焼き焦がす予兆を漂わせ、そして――咆哮と共に、灼熱の炎がロイを飲み込んだ。
ブレスの衝撃に地面が揺れ、光がその場の空間を覆う。
炎が収束し、静寂が戻ったその場に残されていたのは、一本の剣と、片膝をついたまま焼き尽くされた黒い影――
剣を支えに立つようなその姿は、まるで英雄の像のように静かに佇んでいた。
ドラゴンはその炭でできた彫像を見つめ、わずかに頭を垂れるような仕草を見せた。
崇高な敵への敬意と、勝利の静かな余韻を漂わせながら、彼はその場を去っていった。




