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ダークストーン ~【心臓喰らいの復讐譚】神殺しの魔女と不死の傭兵~  作者: 花見川さつき
第二章 ロイ編

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第25話 深夜の決闘

 深夜の兵舎はいつものように静寂に包まれていた。


 訓練と仕事の疲れが兵士たちの体を重くし、彼らは簡素な寝台で規則正しい寝息を立てている。

 その中で、ロイもまた仰向けに横たわり、無防備に眠っていた。


 だが、その静けさを破る異変が忍び寄る。


 暗闇の中から浮かび上がる大きな影――それは、筋骨隆々の鍛え上げられた肉体を持つタイロンだった。

 昼間、ロイと揉めた彼の瞳は、冷酷な光を帯びている。


 タイロンは無言でロイの枕を掴み取り、その顔に強引に押し付けた。瞬間、ロイの意識が覚醒するが、息をする間もなく強烈な打撃が腹に叩き込まれる。


「ぐっ……!」


 声を上げることも叶わないロイの体が震える。

 息を奪われ、もがく彼に容赦なく拳が降り注ぐ。鈍い音が何度も響き、そのたびに寝台が軋む。


「タイロン、何してるんだ!?」


 騒ぎを聞きつけた兵士たちが目を覚まし、暗がりの中でタイロンの暴挙を目撃する。だが、その目には狂気が宿り、誰もが一歩引くしかなかった。


「うるせぇ! こいつが悪いんだよ! 俺に恥をかかせやがって!」


 タイロンの拳がさらに数発、ロイの体に突き刺さる。

 必死に止めようとする声も虚しく、彼は最後に吐き捨てるように言った。


「新参者がでかい面しやがって……これに懲りたら、今後はこの俺を怒らせないことだな」


 ロイの体は寝台に沈んだまま、ピクリとも動かない。


 タイロンは荒い息を吐きながら周りで見ている兵士達を睨めつけ、兵舎を出ていこうとする。

 しかし――


 ロイはゆっくりと自身の顔に押し当てられていた枕を持ち上げて投げ捨てた。そして、まるで亡霊のように静かに立ち上がる。


 周りで見ていた兵士達は、心配して声をかけようとする者もいた。だが、その表情を見てやめた。


 その表情には笑みがこぼれていた。まるで新しい玩具を買ってもらった子どものような屈託のない笑顔。

 しかし、この状況でそれを見せるのは明らかに異常だった。


 タイロンが兵舎の扉を開けて外へ出ようとした瞬間、後ろから勢いよく走り寄ってくる音が聞こえる。


 次の瞬間、ロイがタイロンに激しい体当たりを食らわせた。その勢いで二人は兵舎の外へ飛び出していく。


 その衝撃音と怒号に、兵舎で寝ていた兵士たちが次々と目を覚ました。

 やがてほとんどの兵士が兵舎を飛び出し、外で揉み合う二人を囲むように集まってきた。


「くそっ……! 何なんだ!」


 タイロンはまさか、あれほど殴りつけたロイが襲ってくるなど予想外だった。

 片膝をついて見上げると、そこには満身創痍になりながらも足をふらつかせて立ち上がるロイの姿があった。


 タイロンは幼少期、孤児として周囲から蔑まれ、暴力を受け続けた過去がある。

 その辛い日々の中で、彼が唯一学んだのは『暴力で自分を守る』という価値観。そして、それを信じて今まで生き延びてきた。


『強い者だけが生き残る』――その教えは、彼にとって信仰のようなものだった。タイロンは己の力を磨き続け、強さを誇りとし、それを唯一の存在証明としてきた。


 だからこそ、タイロンにとって自分の強さを否定されることは、自分自身の存在を否定されることに等しかった。

 ロイはタイロンのプライドを砕き、その誇りを根底から揺さぶった。タイロンの目には、ロイが『生きている意味』を否定した張本人に映っていた。


「テメェ……何で立てる……? あれだけ食らって、立てる奴なんて居るはずがねぇ!」


「何でだろうな……勝ちたいからかな?」


 タイロンは徐ろに立ち上がり、ロイを鋭く睨みつけた。


「テメェがただもんじゃねぇのは分かった。だがな、俺もお前みたいなふざけた野郎にコケにされたまま引き下がるわけにはいかねぇんだよ」


 ロイはその言葉を聞いて嬉しそうに笑い、肩を軽く回すようにしながら答える。


「いいねぇ……そういうのを求めてたんだよ。俺は……」


 その言葉を残すや否や、ロイは全身の力を込めて駆け出した。

 自分よりもさらに体格のいいタイロンに、迷いなく拳を突き出した。しかし――


 タイロンの右の拳が、ロイの動きを見切ったかのように鋭く繰り出される。リーチの差が如実に現れた一撃が、ロイの顔面を正確に捉えた。


「……ッ!」


 鈍い音と共にロイはよろけ、激しく視界が揺れる。普段なら巧みに避けられるはずの拳を、満身創痍の体では避けきれなかった。


 体が倒れ込むかと思われたその瞬間、ロイは足を踏ん張り、よろめきながらも体勢を立て直した。

 そして、ゆっくりと顔を上げると、不気味な笑みを浮かべた。


「……へへっ。いいパンチじゃねぇか」


 その笑顔にタイロンは一瞬たじろぐ。ロイの目は笑っておらず、闘争心だけが鋭く光っていた。


「テメェ……どこまで狂ってんだよ……」


 タイロンは顔をしかめながらも、再び拳を握り直した。

 彼の動きにはまだ余裕があったが、ロイの執念にどこか圧され始めているようでもあった。


 タイロンは再びロイの顔面めがけて拳を振り下ろした。

 しかし、ロイはそれを紙一重でかわし、そのままタイロンの胴にしがみついた。


「このッ……!」


 タイロンが咄嗟に抵抗しようとしたが、ロイはその大柄な体に脚を絡ませ、無理やり地面へ押し倒した。

 激しい衝撃音と共に、二人は地面に転がる。


 倒れたタイロンの上に覆い被さる形となったロイは、拳を振り上げた。しかし――


「ぐッ……!」


 タイロンが下から素早くロイの顔面へ拳を突き上げた。

 衝撃に一瞬ひるむロイ。それでも彼は拳を振り下ろし、タイロンの顔を殴りつけた。


 タイロンは必死の抵抗を見せる。下から何度も拳を繰り出し、ロイを押し返そうとするが、頻度ではタイロンが三発、四発と攻撃を当てる間に、ロイの拳は一発しか当たらない。


 しかし、その一発一発が確実にタイロンの顔面を捉えていく。攻撃の重さが、次第に戦況を逆転させていた。


「……っ、この野郎……!」


 タイロンの声に疲れが滲む。彼の拳は次第に鈍り、その勢いを失っていく。


 激しい殴り合いの末――


「……分かった……もういい」


 タイロンは低い声で呟き、拳を下ろした。その表情には完全に戦意を失った色が浮かんでいる。


 ロイは汗だくの顔を傾け、不思議そうにタイロンを見下ろす。


「何がもういいんだ……?」


「お前の勝ちでいい……お前がここのボスだ」


 その言葉を聞いたロイは、一瞬だけ何かを考えるように視線を泳がせた。

 そして、冷たくつまらなそうな目をして立ち上がった。


「ボスねぇ……そんなもんに興味ねぇよ」


 ポツリと呟いたその声は、タイロンの耳にだけ届いた。

 ロイは血に濡れた拳を軽く振り払いながら、何事もなかったかのように兵舎へと戻っていった。

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