第24話 荒くれ者
大陸の西方に浮かぶ島、ヘインズランド。
その東部に位置し、森に囲まれたマーズデン領は自然豊かで穏やかな土地だ。
ロイは傭兵として各地を渡り歩き、この領地に辿り着いたばかり。
戦いを求めてやって来た彼にとって、この静けさは少しだけ退屈だったが、すぐに面白い話が耳に入ってきた。
立ち寄った町の食事処で、隣の席の酔っ払いが豪快に酒杯を振り上げながら話していた。
「聞いたか? マーズデン家が兵を募集してるらしいぜ!」
ロイの耳がピクリと動く。即座に会話に割り込んだ。
「俺もその話を聞いてここまで来たんだよ。その話、本当なのか?」
男は赤い顔を向けてニヤリと笑った。
「ああ、本当さ。この領地を治めてるマーズデン家がドラゴンが目撃されたって噂で慌ててるらしいんだよ」
「ドラゴン? 嘘だろ? そんなの神話の中だけの存在じゃねぇの?」
ロイの疑念をよそに、男は楽しげに話を続ける。
「さあな。ここは1600年前の聖戦があった場所だ。その時以来、ドラゴンが現れたなんて話は聞いたことがない。でも噂が本当なら……お前みたいな傭兵には大金を稼ぐチャンスだろう?」
ドラゴン――その響きだけで、ロイの胸は高鳴った。
戦いを求め、戦場を渡り歩いてきた彼にとって、それは恐怖というより、未知の冒険への興奮だった。
「ああ。もし実在するなら、俺がこの手で仕留めてやるよ!」
ロイが無邪気な笑みを浮かべると、男は呆れたように鼻で笑った。
「命知らずだな、お前。だが……そんな馬鹿がいても悪くない」
食事を終えると、ロイは早速マーズデン家の居城へ向かった。
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城門では厳格な衛兵が立ち塞がり、鋭い視線を向けてきた。
「何の用だ?」
「ああ、兵を募集してるって聞いて来た」
ロイの軽い口調に、衛兵は一瞬眉をひそめたが、特に尋問するわけでもなく門を開いた。
「中に入れ」
そう言われて進んだ先には広大な訓練場が広がっていた。弓を引く者、槍を振る者、汗だくで鍛錬に励む兵士たち。
熱気と活気が溢れるその光景に、ロイは思わず目を輝かせた。
「おい、そこの君!」
低い声が背後から響いた。振り返ると、背筋をピンと伸ばした身なりの良い男がこちらを見ている。
「君、名前は?」
「ロイ。傭兵だ。兵を募ってるって話を聞いてな」
ロイが気さくに答えると、男は軽く頷いた。
「私はグレッグ。この訓練場の責任者だ。傭兵なら雇用契約は日雇いになるが、それで構わないか?」
「ああ、その方が気楽でいい」
ロイの軽口に、グレッグは薄く笑った。
「では、早速腕前を見せてもらおう」
そう言って手に取った木剣を、ロイに差し出す。
「俺、結構場数踏んでるんだけどな」
「そうか。それでも確認は必要だ。責任者としてね」
ロイは肩をすくめて木剣を受け取り、軽く振り回して感触を確かめた。
「じゃあ、サクッとやっちまおうか」
試合開始の合図と共に、グレッグは素早く突きを繰り出した。鋭い動きに兵士たちが息を呑む。
だが――
ロイは一瞬でその突きをかわし、木剣の剣先をグレッグの喉元に突きつけた。
「……参ったな」
呆然とするグレッグを尻目に、訓練場中から歓声が上がる。
「今の見たか!? アイツ、ただ者じゃねえぞ!」
「新入りなのに、あのグレッグを一瞬で……」
そんな声が響く中、大柄な男がゆっくりと近づいてきた。その巨体に誰もが気圧される。
「へえ。なかなかやるじゃねえか、新入り」
タイロン――訓練場の誰もが一目置く荒くれ者の傭兵だ。
「ありがとよ」
ロイはにこやかに答えるが、タイロンの目には挑発的な光が宿っていた。
「なあ、俺ともやろうぜ。お前の力、この俺が確かめてやるよ」
周囲の兵士たちは、タイロンの提案にざわつき始めた。
「おいおい、新入り君にそれはないんじゃねぇの?」
「いやいや、面白いだろ! タイロンの相手ができるか見ものだ!」
ロイは肩をすくめ、頭を掻きながら言った。
「いや~、なんかいきなり人気者になっちゃった感じ? 困ったなぁ」
ふざけた態度にタイロンは眉をひそめ、低い声で言い放った。
「調子に乗るなよ、新入り。ここじゃ俺がボスだ。お前には正しい立場ってもんを教えてやる」
「いや、お前はボスじゃないだろ……」
グレッグが呆れた口ぶりで呟く。周囲がさらに盛り上がる中、ロイは木剣を握り直し、にやりと笑った。
「じゃあ俺が勝ったら、今日から俺がボスってことでいいのかな?」
「はっ! いい気になりやがって。その軽口を叩けなくしてやる!」
タイロンが構える。ロイも表情を引き締め、同じく構えを取った。訓練場に緊張が走る。
タイロンの巨体から繰り出される剣は、その威力だけで周囲の空気を揺らした。強烈な横振りがロイを狙い、風を切る音が響く。
だがロイは、それをあっさりと後方へ体を反らして避けた。さらに後退して距離を取る。
「ほう、今のをかわすとはな」
タイロンが唸ると、ロイは軽口を叩いた。
「その剣筋、デカすぎて動きがバレバレなんだよ。剣に関しては初心者かな?」
「はっ、口だけは達者だな!」
タイロンは再び間合いを詰めようと前進する。
だが、それこそがロイの狙いだった。
ロイはタイロンの懐へ飛び込み、的確な動きで木剣を突き出した。剣先はタイロンの脇腹へ深々と突き刺さる。
「ぐっ……!」
タイロンは苦悶の表情を浮かべて膝をつき、勝負は一瞬で決した。
「どうだ、立場は理解できたかな?」
ロイは勝ち誇ったように笑い、手を差し伸べる。
だが、タイロンはその手を掴むと同時に怒り狂った声を上げた。
「てめぇだけは許さねぇ!!」
タイロンはロイの腕を引き、投げ飛ばした。そしてそのままロイの首を締め上げる。
「ゴリラかよ……ッ!」
ロイはもがきながら悪態をつくが、タイロンの力は圧倒的だった。
「何をしている! 今すぐにやめよ!」
場を制する威厳ある声が響いた。
そこに現れたのは、マーズデン家当主――ダレス・マーズデンだった。
鋭い目つきで二人を見つめ、厳しい声で命じる。
「タイロン、手を離せ! これは命令だ!」
タイロンはしばらくその声に従わなかったが、周囲の兵士たちが駆け寄り、彼を引き離した。
暴走を止められたタイロンは、肩を落とし、悔しそうに顔を伏せた。
「君、大丈夫かね?」
ダレスがロイに歩み寄り、心配そうに声をかける。ロイは首をさすりながらぼやいた。
「いや~、なんだあのゴリラ……首がちょん切れるかと思ったぜ」
ダレスは軽くため息をつき、兵士たちに命じた。
「タイロンは減給処分とする。この場での暴力は許されん。反省させろ」
ロイが体を起こし、へらっと笑って、タイロンに向けて野次を飛ばす。
「ゴリラくん! ちゃんと反省しろよな!」
その姿を、訓練場の塔から一人の青年が見下ろしていた。
一見すると女性にも見える美貌の容姿、美しいブロンドの長髪、碧眼が輝くその青年――アベリー・マーズデン。
その涼しげな目に、一瞬だけ興味深そうな光が宿った。
「……変な人」
青年は呟くと、静かにその場を後にした。




