第022話 一騎当千のロイ
傭兵のロイは、首まで地面に埋められていた。
「いや〜、まいったね。こんな目に遭うとは」
昨夜、盗賊から村を守る契約を結んだはずが、宴で酒を飲みすぎてしまい、朝方に襲ってきた盗賊にあっさり捕まった結果がこれだ。
村の中心に見せしめとして埋められ、盗賊は去ってしまった。
『こいつはここで飢え死にさせる。いいな? もし次に来た時にこいつが生きてたら、どうなるか分かるよな?』
盗賊の頭目が村人たちを脅した言葉がまだ耳に残る。
去り際に投げかけられたその言葉は、あまりに冷酷で、村人たちを恐怖で縛りつけた。
「失敗しちゃったね。悪いけど、こっから出してくれない?」
「話が違うじゃねぇか! この役立たず!」
「一騎当千の凄腕だって言うから雇ったのに、何もできなかったじゃないか!」
村人から非難の声を浴びせられ、ロイは苦笑いする。
「いや、ホントに強いんだよ? ただ、ちょっと酔っ払っちゃっただけでさ。へへっ」
「『へへっ』じゃねぇよ! そんな格好で言われても説得力ないわ!」
「なあ、そこを何とか。ほら、出してくれたら盗賊皆殺しにしてやるからさ」
地面に埋められたロイを見下ろしながら、村人たちは顔を見合わせる。誰も彼を信じる気配はない。
その沈黙を破ったのは、土を掘り返す音だった。
一人の中年男性が鋤を手に、ロイの周りの土を掘り始めたのだ。
「村長! やめてくださいよ! 盗賊に殺されますって!」
若者が慌てて声を上げるが、村長は手を止めない。その鋤さばきには、強い覚悟が宿っていた。
「どうせこの村はあいつらに目をつけられた。黙っていてもいずれ全て奪われる。だったら早い方がいい……行動を起こすんだ」
低く重い声が響く。村長は遠い目をしながら続けた。
「昔、俺の家族は目の前で盗賊に殺された。俺がいくら命乞いしても許してもらえなかった。俺は何もできずにただ家族を殺されるのを見てるだけだった……」
その言葉に村人たちは息を呑む。誰もが初めて聞く話だった。
「だが今度は違う。俺はこの村を……村人たちを守りたい。だから頼むぞ、傭兵」
ロイは埋まったまま顔を上げ、笑みを浮かべる。
「おじさん、いい目してるねぇ。気に入ったよ。全部俺に任せな。連中を地獄に送ってやるよ」
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ロイは助け出され、悠々と田舎道を歩いていた。
体格は良く、筋肉質。まさに屈強な戦士の姿。
腰には剣。手には木の枝を持ち、雑草を斬り払いながら楽しそうに進む。まるで図体のでかい少年のようだ。
「んー? 隣村か?」
歩む先に見える小さな村。
ロイは不要になった木の枝を助走をつけて大きく投げた。枝は綺麗な放物線を描き、草むらの中に消えていく。
「おー、めっちゃ飛んだ」
そんな独り言を呟いたその時だった。
前方の村から、追い詰められたような女性の声が響く。
「助けて!」
一人の女性と幼い娘が、必死の形相でこちらに駆け寄ってくる。
その後方では、馬に乗った三人の男たちが追いかけてくる。
女性たちはロイの後ろに隠れ、彼の方を見上げた。怯えた瞳が、言葉以上に彼へ助けを求めていた。
追いかけてきた男たちは、馬を走らせてロイの行く手を塞ぐ。馬上の男がロイを睨みつけた。
「……おい、待てよ。お前、さっきの村で埋めた奴じゃねぇか!? なんでこんなとこ歩いてやがる!」
盗賊の一人が目を剥く。ロイは薄く笑って肩をすくめた。
「そっちこそ、まだこの辺うろついてたのか。お前らの根城探しに行くとこだったんだぞ。丁度いいから根城教えろよ」
「てめぇ……舐め腐りやがって」
男たちは馬を降りるなり剣を抜いた。その剣先には、殺気が宿っている。
「お? やる気だね?」
「当たり前だ。てめぇはここで死んどけ!」
次の瞬間、ロイの姿が消えた――と錯覚するほどの動きで間合いを詰める。
一人目の盗賊は喉を貫かれ、声も出せずにその場で膝をついた。
「ぐっ……」
男は喉を押さえるが血が手の隙間から噴き出し、口を開けたまま何かを言おうとするが、声は出ない。
やがて彼は崩れるように地面へと倒れた。
残りの二人が剣を構え直す。その動きには、明らかな焦りが見える。
「こいつ相当やるぞ! 気をつけろ!」
ロイは倒れた男の落とした剣を拾い上げると、右手に自分の剣、左手に敵の剣を持ち直した。
「これ、貰っとくよ」
軽口を叩くその余裕が、二人の敵をさらに苛立たせた。
だが、敵は冷静さを保とうと互いに目配せを交わし、同時にロイへ襲いかかろうとする。
それに気づいたロイは一瞬、口元を歪めると、先手を取るべく地を蹴った。
爆発的な加速で右側の敵に向かって突進する。
目の前に迫るロイに驚いた敵が剣を振り上げるが、その動きはわずかに遅い。
ロイは右手の剣を真横に構え、その振り上げた剣の軌道を強引に弾く。
金属がぶつかり合う音と共に、敵の体勢が大きく崩れた。
その瞬間、ロイは左手の剣を低く構え、敵の右膝上を正確に突き刺す。
「ぐあぁぁぁっ!」
ロイはその声に応じることなく、突き刺した剣を冷静に引き抜き、血の滴る刃を軽く振り払う。
倒れ込んだ敵は地面に這いつくばったまま動けなくなっている。
残った一人は剣を握る手が震えていた。それでも歯を食いしばり、間合いを詰める。
「くそっ、やってやる……!」
今度は敵の方から間合いを詰めてきた。
敵が剣を振り上げ、殺気を込めてロイを狙う。
だが、その剣が振り下ろされるよりも早く、ロイは一歩踏み込み、鋭い一閃を放った。
途轍もない速さの剣筋が振り上げた敵の右腕を斬り落とし、そのまま首の右側面を切り裂く。
右腕は宙を舞い、剣と共に地面に叩きつけられる。
切り裂かれた首筋から鮮血が吹き出し、敵の目は驚愕と絶望に見開かれたままだった。
男はその場に崩れ落ち、小刻みに痙攣を起こしながら、死を待つほかない無力な状態に陥る。
ロイは無言で最初に喉を突いた男に目を向けた。すでに動かなくなっている。
次に脚を刺された男へ視線を移す。
その男はまだ意識があり、震える声で命乞いを始めた。
「待ってくれ、降参だ! ほらっ、もう戦う意志はない!」
男は必死に訴えながら、手にしていた剣をロイの方へ投げ捨てた。その剣が地面に転がる音が響く。
「そいつも殺して!」
それを見ていた母親が憎悪に満ちた表情で叫ぶ。
その目は、もはや慈悲という言葉とは無縁だった。
「え、こいつも殺すの?」
ロイは少し意外そうな顔で母親の方を振り返る。
「おい、待てよ! もう戦う気なんてない! 俺は盗賊になりたくてなったわけじゃないんだ。他に選択肢がなかっただけなんだ! 心を入れ替える! だから頼む、見逃してくれ!」
男の必死な声が、その場の緊張感をほんの一瞬だけ掻き消した。
「こう言ってますけど?」
ロイは再び母親に視線を向けた。
だが、母親は答えない。ただ彼の足元に落ちていた剣を拾い上げ、脚を刺された男の元へ向かう。
その剣を握り直した彼女は、無言で男を斬りつけた。
何度も何度も、躊躇することなく。
「おッ、おい! やめろ! やめッ、おい! 頼むぅッ、おい! ぐッ、頼むから、やめッ……あぁ……」
男は斬られるたびに悲鳴を上げ、慈悲を乞う。
それでも母親の耳には届かなかった。その腕は怒りに駆られるように振り続けられる。
やがて、男は静かになり、動かなくなった。
ロイの影に隠れ、怒りに満ちた母親の様子を見つめる娘。ロイの服を掴むその手は震えていた。
母親は呼吸を乱しながら剣を手放し、地面に崩れるように膝をつく。
震える声で呟いた。
「助けてください……」
「ん? もう助かってるけど?」
ロイの気の抜けた声が、母親の激しい感情とは対照的だった。
だが、彼女は続ける。
「村に……まだ村に盗賊がいるんです。どうか助けてください……」




