第21話 終わりの時、そして始まりの時
放たれた矢は、もはや矢というよりも光の槍だった。発射と同時に一番後部のパーツが炸裂し、爆発的な推進力が矢を前へと押し出す。
衝撃波がアクレディウスの頬を強く打ち、彼のマントを激しく揺らした。
矢は一瞬で空中のドラゴンへと肉薄し、次いで真ん中のパーツが炸裂。
音速を遥かに超え、視認することすら不可能な速度へと加速した閃光は、マルファーが開いた巨大な口の中へ、寸分の狂いもなく吸い込まれていった。
閃光と化した矢が、マルファーの赤熱する喉奥へと吸い込まれた、まさにその刹那——
マルファーのドラゴンとしての巨躯が、内側から引き裂かれるような激痛に襲われる。
体内の奥深くに到達した異物——アクレディウスの矢、その膨大なエネルギーが急速に膨張していくのを感じ取った。
体が内部から発光するように淡い光を放ち始め、やがて体を透かすほどの強烈な閃光となって、ドラゴンのシルエットを夜空に浮かび上がらせる。
その瞬間——マルファーは自身の死を悟った。
薄れゆく意識の中で、彼女の脳裏に鮮やかに甦ってきたのは、愛しい夫、ペルモスとの幸せな日々の記憶。
初めて出会った王都の市場。転がる果実、拾い上げる見知らぬ手、向けられた優しい瞳——意味のある人生の始まり。
小さな家で、自分の作った手料理を美味しいと子供のようにはしゃぎながら、大袈裟に褒めてくれた時の笑顔。
金色の角を持つ神秘的な鹿に出会い、その美しさに息をのんだ、あの夢のような瞬間。
思い出の森を、一本角の白馬に二人乗りして、風のように駆け抜けた日々。彼の背中の温もり。肩越しに揺れる彼の金色の髪。屈託のない笑顔。彼と共にあった、かけがえのない、輝かしい時間——
『ペルモス。あなたにもう一度……もう一度だけでいいから、会いたかった……』
溢れ出す想いが、胸を満たす。憎しみも、怒りも、絶望も、全てが遠のいていく。
最後に残ったのは、ただ、彼への純粋な愛しさだけだった。
マルファーは、そっと目を閉じる。
次の瞬間——世界が黄金色に染まった。
マルファーのドラゴンとしての巨体を中心に、戦場全体を覆い尽くすほどの途轍もない大爆発が起こった。
その光景は、もはや天変地異。まるで天が裂け、神の怒りが地上に顕現したかのようだった。
衝撃波が全方位へと津波のように広がり、地面は巨大な亀裂を生じさせながら陥没し、周囲の森は根こそぎ薙ぎ倒され、一瞬にして焦土と化す。
その破壊の力は遠く海を越えた隣国にまで地鳴りのような振動を伝え、空を黄金に染める異変に、人々が空を仰ぎ見るほどだった。
アクレディウスとタラマキオン、そしてリュコノスが身を寄せるゴーレムの盾に想像を絶する衝撃波が直撃した。
分厚い岩壁が凄まじい音を立てて軋み、ひび割れ、原型を留められないほどに砕け散った。
土煙と粉塵が荒れ狂い、視界は完全に奪われる。爆心地には、もはやマルファーの姿はおろか、彼女が存在した痕跡すら見当たらない。
ただ、大地が抉れてできた巨大なクレーターだけが、その圧倒的な破壊の規模を物語っている。
やがて、衝撃がようやく収まった。
崩れ落ちたゴーレムの土塊の中から、一本の腕が勢いよく突き出された。瓦礫を力強く押し上げ、最初に這い出てきたのはアクレディウスだった。
「……タラマキオン! リュコノス!」
アクレディウスは叫びながら、崩れたゴーレムの残骸を乱暴に投げ捨てるように掘り返し始める。
やがて、呻き声と共に、気を失いかけていたタラマキオンと、彼に庇われるようにしていたリュコノスが、土砂の中から引きずり出された。
二人とも満身創痍ではあったが、辛うじて命は繋いでいる。
アクレディウスは目の前に広がる光景に目を向ける。先ほどまで森だった場所は、巨大なクレーターへと変貌していた。
大地は抉れ、かつて存在したであろう木々は跡形もなく消し飛び、世界が終わってしまったかのような静寂だけが残る。
あの強大なドラゴンの気配は、もはやどこにも感じられない。
タラマキオンに肩を借り、なんとか上体を起こしたリュコノスが、神のような御業をもってドラゴンを屠った偉業を讃える。
「隊長……やっぱりあなたは……とんでもない人だ……」
タラマキオンは不安な表情で小声で問いかける。
「これで……終わったんですよね……?」
その問いに、アクレディウスは応えた。
「ああ、終わった。すべて……終わらせた」
彼はゆっくりと顔を上げ、異界の空を見つめる。そして、遠い故郷の主に届けるように、静かに呟いた。
「王陛下。使命は、果たしました……」
その言葉を最後に、アクレディウスはゆっくりと歩き出した。
タラマキオンは、まだ意識が朦朧としているリュコノスに肩を貸し、黙ってその後に続いた。
三人はこの破壊された地から離れていく——ただ、あてもなく。
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戦いの後、アクレディウスは生活の基盤を築くために、この地の領主に謁見する。
その圧倒的な力を目の当たりにした領主は、彼を『神』として崇め、忠誠を誓った。
しかし、『神』と崇められながらも、彼の心は常に故郷を求めた。
その胸にはエンテディアに残した妻子への焦がれるような想いと、異界に取り残された現実への底なしの絶望が重くのしかかる。
四年の月日が流れたある日、黒い石を誤って飲み込んだ犬が地面から土の柱を生じさせたという噂が耳に届く。
アクレディウスは、あの爆発がマルファーを消滅させただけではなく、取り込んでいた能力とその魂の数々が『ダークストーン』として、このアルガイアの大地に散らばったことを確信する。
彼は領主に命じ、アルガイアの地に散らばった『悪魔の遺産』の回収と管理を指示した。
しかし、帰郷への望みを完全に絶たれた彼の心は、輝かしい伝説とは裏腹にさらに深く沈んでいく。
酒に溺れ、現実と向き合おうとせず、完全に堕落してしまうアクレディウス。
それをきっかけに部下たちとの関係に溝を生み出してしまい、リュコノスとタラマキオンはそれぞれ自らの道を選び、彼らは一人、また一人と彼の元を去っていった。
孤独の中で、アクレディウスは誰も寄せ付けず、静かにその時を過ごす。
そして、マルファーを討ってから七年後、彼は誰にも告げることなく忽然と姿を消してしまう。
その後、彼の行方を知る者は誰一人としていない。
彼の名はアルガイアで『悪魔マルファーを討ち滅ぼした神』として都合よく語り継がれ、その孤独な苦悩を知る者もなく、ただ神話の一部として消費されていった。
そして、この地に眠る漆黒の石だけが、静かに時を刻み続ける——
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――あれからおよそ、千と六百年の歳月が流れた。
かつて神と悪魔が死闘を繰り広げ、大地を穿つほどの爆発で森を薙ぎ払った場所は、今ではその面影はない。
人の営みは逞しく、手つかずだった森は切り拓かれ、村ができ、畑が耕され、新たな時代が息づいていた。
そんな時代の移ろいの中で、開墾作業をしていた一人の農夫が、土の中から偶然、黒く鈍い光を放つ奇妙な石を見つけ出す。
磨けば光るかもしれぬと彼は考えた。
男はその石を、村へやってきた物好きそうな商人へと、わずかな銅貨で売り払った。
石は荷馬車に揺られ、また別の街へと運ばれる。
新たな持ち主となった露天商は、それを他のガラクタ同然の品々の中に、無造作に並べた。
ただの黒い石。それは誰の目にも、特別なものには映らなかった。
その露店の前を、一人の少年がふらりと通りかかる。
年の頃は十にも満たないだろうか。薄汚れた服をまとい、その瞳には生きるために必死な光と、世の中への不信が滲んでいた。
少年はそこで足を止めた。彼の視線は多くの品々の中に、たった一つ――異様な存在感を放つ石に吸い寄せられる。
少年の胸の奥で、今まで感じたことのない何かが突き上げる。
まるで、その石が自分を呼んでいるような、石の奥深く、その漆黒の闇の中心から誰かの——永い孤独に耐える魂の悲痛な叫びが聞こえるような気がした。
少年はただ立ち尽くす。その戸惑いがちに揺れる瞳に、漆黒の石の冷たい光が、深く、深く映り込んでいた。
少年が漆黒の石に食い入るように見つめていると、不意に鋭い声が飛んだ。
「おい、ガキ。金は持ってんのか?」
露店の主である男は薄汚れた身なりの少年を値踏みするように一瞥し、あからさまに忌々しげな表情を浮かべる。
「金がねぇなら客じゃねぇ。とっとと消えな」
少年は一瞬むっとした表情を浮かべたが、すぐにそれを人懐こい笑顔で覆い隠した。
「お金はないけどさ、買い取ってもらえそうなもんなら持ってるよ」
「……ほう。なら見せてみろ」
男はまだ疑いの目を向けているが、少年は意に介する様子もなく懐から一枚の古びたコインを取り出した。
「これなんだけど、結構価値があると思うんだ。鑑定してよ」
男が差し出されたコインに注意深く視線を落とす。
その意識がコインに集中した一瞬の隙を突き、少年の右手が目当てだった黒い石を音もなくかすめ取った。
手慣れた動きで、その石をゆっくりとポケットに忍ばせる。
「なんだこりゃ。ただの鉄くずじゃねえか。何の価値もねぇな、買い取れん」
「そっか。それは残念」
少年は肩を落としてみせ、くるりと背を向けた。
その場を去ろうとした、まさにその時。ふと、男の視線が商品の一角で止まった。綺麗に整列していたはずの品々の中に、ぽっかりと不自然な空白が生まれている。
「……おい。取ったもんを返せやクソガキ」
ドスの利いた声が響いた瞬間、少年は全力で駆け出した。
「待てコラァ!」
商人の怒声が背後から追いかけてくる。少年は狭い路地へ飛び込み、建物の間を縫うように疾走する。
この街の裏路地は身寄りのない彼が生きていくために隅々まで頭に叩き込んだ、いわば自らの庭だった。新参者の商人に捕まるはずがない。
しかし、勝利を確信した一瞬の慢心が、運命の歯車を狂わせた。
建物の角を曲がった瞬間、少年は前方から歩いてきた通行人と激しく衝突し、勢いよく地面を転がった。
ポケットに忍ばせていた石が弾き出され、乾いた音を立てて石畳を滑っていく。
慌てて石を拾い上げ、強く握りしめたその時、背後に荒々しい息遣いが迫ってきた。
逃げられない――そう悟った少年は一瞬の躊躇の後、握りしめた石を覚悟を決めて飲み込んだ。
「このクソガキが!」
商人が少年の髪を乱暴に掴み、無理やり振り返らせる。
「盗んだもんを今すぐ出せ!」
「な、何も盗んでない! あんたの勘違いだ! 疑うなら好きに探せよ!」
少年は両手を広げ、抵抗の意思がないことを示す。だが、怒りに燃える商人にその言葉は届かない。
次の瞬間、重い拳が少年の腹部にめり込んだ。
「――ッぐ……!」
息が詰まるほどの衝撃に、少年はくの字に体を折り曲げる。
「盗人の言い訳なんざ聞くかよ。さっさと出さねぇと殺すぞ」
その横暴な振る舞いを見かねて、先ほど少年とぶつかった通行人の男が商人の腕を掴んだ。
「おい、あんた! 子供相手に何てことしてんだ!」
「あぁ!? 部外者はすっこんでろ!」
「見て見ぬふりはできねえな」
腹部の激痛に悶えながら、少年は助けに入った男を見上げた。その姿が、まるで救世主のように映る。
「チッ、あんた分かってねぇな。このガキは手癖の悪い盗人なんだよ。ここで俺が躾けてやらなきゃ、こいつの人生は終わりだ。俺は善行をしてるんだ。邪魔すんじゃねえ」
その言葉に通行人は動きを止めた。
そして助けを求める少年の瞳を一瞥すると、掴んでいた商人の腕を静かに離し、何事もなかったかのように路地の角を曲がって消えていった。
見捨てられた。去っていくその男の背中が、少年の心に深い絶望を刻みつける。
「分かったか? テメェみたいなクズはな、誰にも助けてもらえねぇんだよ!」
商人はそう吐き捨てると少年の顔面を容赦なく殴りつけた。
手足から力が抜け、視界が滲んでいく。憎悪に満ちた商人の顔がゆっくりと闇に溶けていった。
――次に目を開けた時、そこは街の薄汚い路地裏ではなかった。
見たこともない静かな森の中。そこら中に生えている木々は見たこともないもので、少年にとっては現実味が全く感じられない異質な森だった。
すぐ側には小さな天幕が張られ、その傍らには木の枝を組んで作られた簡素な墓がひっそりと佇んでいる。
そして、その墓の前に一人の女性が座っていた。
腰まで伸びる艶やかな黒髪。その後ろ姿は、永い時を生き抜いた者の計り知れないほどの哀しみを感じさせる。
少年はまるで何かに導かれるように、恐る恐るその女性へと近づいていく。
その気配に気づいたのか、女性がゆっくりと振り返った。
少年の姿を捉えた途端、彼女の瞳がわずかに見開かれ、そして、ふわりと表情が和らぐ。
それは儚げながらも慈しみに満ち、どこか困ったような、とても優しい微笑みだった。
「ここは……あんたは誰だ?」
少年が警戒心を露わにして問うと、彼女は静かに答える。
「私? 私はマルファー。あなたは?」
「俺は……ジャック」
「ジャック。名前からしてアルガイア人?」
「……? 当然だろ、何言ってんだあんた」
ジャックは怪訝な顔をする。マルファーはふむ、と顎に手を当てた。
「まあ、そういう反応は当然よね。ジャック……ここはおそらく、あなたの夢の中。私は死んでダークストーンに魂を封じられた。そして、あなたの中に取り込まれたんだと思う」
ジャックは眉をひそめ、自分の体を見下ろした。
「俺の中に取り込む? 本当になに言ってんのか全然分かんないんだけど。ここが俺の夢の中だって?」
「そうだと思う。私は今、エンテディアの言葉を話してるはずなのに、アルガイア人のあなたと話せてる……。これって、魂が直接響き合っているから意思疎通が可能なんだと思うの」
「夢の中……じゃあここはあの世じゃなくて、俺は眠ってる……ってことか?」
「そうね。現実であなたがどういう状況か分からないけど、どこかで眠っていて、今のところは生きてるんじゃないかしら」
その言葉を聞いた瞬間、ジャックの顔色が蒼白になった。現実の記憶が蘇る。
「まずい……殺される」
「殺される? 誰に?」
「露店の男にだよ! まずいぞ、すぐに起きなきゃ殺される!」
ジャックはパニックになり、あたりを見回す。だが、夢から覚める出口などどこにも見当たらない。
マルファーは静かに立ち上がり、ジャックに近づいていく。そして、そっと手を取った。
「なっ! いきなり何すんだよ!?」
「力の使い方を教えてあげる。現実で殺されかけてるんでしょ?」
彼女の手はひんやりと冷たく、しかし不思議な安心感があった。
「そうだけど……力ってなに?」
「雷撃。私のダークストーンを取り込んだなら、あなたにも使えるはずよ。掌から雷が飛び出すところを想像してみて」
「雷……」
「そう。そして、あそこの木に向かって、その雷が目にも止まらぬ速度で放たれるのを想像して」
ジャックは言われた通りに掌を木に向け、念じてみる。だが、何も起こらない。
「……だめだ。何もでない……」
「諦めないで。生きたいんでしょ? そのためには身を守る力が必要なはずよ。強く念じるの。もう雷撃の力はあなたのもの。あなたが強く願えば必ず操れる」
マルファーの声は優しく、しかし確信に満ちていた。
ジャックは目を閉じ、全神経を掌に集める。恐怖、怒り、そして生への渇望。それらすべてを力に変えて、強く、強く、強く念じた。
バチィッ!
掌から激しい稲妻が走った。
その雷撃は目標としていた木を直撃し、幹を焼き焦がしてへし折った。
「うわっ!」
ジャックは驚いて腰を抜かす。倒れ込んだ少年にマルファーは歩み寄る。
「これでは強すぎるわね……いい。もう一度撃って。今度は今のよりももっと弱く」
ジャックは震える手で立ち上がり、言われた通りにもう一度、今度はかなり手加減して雷撃を放つ。
そして今度は小さな稲妻が放たれた。
「うん。これなら大丈夫」
「なにが大丈夫なわけ?」
「最初の雷撃では相手を殺してしまうわ。あくまで、身を守るために使いなさい。約束できる?」
マルファーは真剣な眼差しで少年を見つめる。ジャックは一瞬視線を逸らしたが、小さく頷いた。
「……分かったよ」
「いい子ね」
「でも……力は使えるようになっても、どうやって目覚めればいいか分からない」
「そうね、私にも分からないけど。夢なんだから、怖い思いでもしたら起きるんじゃないかしら?」
そう言うと、マルファーは右手を上げた。その掌の上でバチバチと青白い電気が走り始める。
それを見てジャックは顔を引き攣らせた。
「じゃあ、いくわよ。目覚めさせてあげるわね」
ジャックは緊張しながら目を瞑った。
「……ッ!」
直後、マルファーの最高出力の雷撃がジャックを飲み込んだ。
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現実世界。
路地裏の湿った石畳の上で、ビクンと痙攣させるようにジャックの体が跳ね上がった。
「ぐっ……!」
意識が覚醒する。
視界に入ってきたのは、ジャックの足を掴んで乱暴に引きずりながら運ぶ露店主の背中だった。
「あ? もう目を覚ましちまったのか」
男は振り返り、嗜虐的な笑みを浮かべる。
「……」
ジャックはその殺気立った露店主の目を見て、少しだけ怯えた目をする。まだ少年の弱さが残っていた。
「この程度で終わると思うなよ。これからもっと人気のないところで可愛がってやるからよ。覚悟しな」
男が再び歩き出そうとした、その時。
ジャックの脳裏に、夢の中でのマルファーの言葉が蘇る。
『最初の雷撃では相手を殺してしまうわ』
『あくまで、身を守るために使いなさい』
約束。身を守るための、手加減した力。
――いや、違う。
(殺せるなら、殺せばいい)
ジャックの瞳から怯えが消え、危うい光が宿る。
彼は全神経を集中させ、震える右手を露店主に向けた。手加減などしない。イメージするのは、夢の中で木をへし折った、あの破壊の雷撃。
そして――路地裏が一瞬、眩い光に包まれた。
轟音と共に、露店主の男は体を硬直させて倒れ込んだ。
その体からは煙が上がり、焦げ臭い肉の臭いが立ち込める。男はもう動かない。ただの黒焦げた肉塊と化していた。
ジャックは雷撃を放ったその右手を見つめる。
人を殺した。なのに、胸の鼓動は驚くほど静かだった。
彼はゆっくりと顔を上げる。その表情には、恐怖も後悔もなかった。
そこに浮かんでいたのは、とても少年が見せるようなものではない、冷酷で、そして力に魅入られた者の笑みだった。
第1章:マルファー編 〜完〜




