第20話 破滅の矢
「ちょっと、隊長! 遅いですよ、何してたんですか!」
タラマキオンがゴーレムの傍らから叫ぶ。その声には、助けが来たという安堵よりも、これまでの絶望的な状況に対する焦燥の色が濃かった。
アクレディウスは空の巨竜を一瞥すると、忌々しげに、あるいは冷静に現状を分析するように、吐き捨てるように言った。
「お前たちで対処できると思ったが……買いかぶり過ぎたようだ」
アクレディウスはそう言い放つと、深く呼吸をする。
彼の内なるエネルギーが右手へと集約されていく。そして、自らの胸元に右手を当てた。
その膨大なエネルギーは自身の肉体へと注ぎ込まれていく。
彼の全身が淡く青白い光で包まれ、その輪郭が微かに揺らめいた。明らかに常人を超えた力が、その体に満ち溢れている。
アクレディウスは弓を引き絞り、エネルギーを纏った矢を立て続けに放つ。
矢は空気を切り裂きドラゴンに命中する。だが結果は同じだった。
硬質な鱗に弾かれ、火花を散らすのみ。ドラゴンには傷一つついていない。
「やっぱり効いてない……」
タラマキオンは不安気に呟く。その時、マルファーが空中で旋回し、狙いを地上へと定めた。
森を舐めるように低空で飛び、喉元が赤く輝いて灼熱の予兆が空気を震わせる。
次の瞬間、凄まじい火炎流――ファイアブレスが地上目掛けて放たれた。
迫りくる灼熱の大波。木々は瞬時に燃え上がり、大地が焦げていく。
「隊長! 隠れて!」
タラマキオンが叫ぶと同時に、傍らに立っていた巨大なゴーレムを操作する。
ゴーレムは盾となるように三人の上に覆いかぶさり、庇うように分厚い岩壁の空間を作り出した。
直後、ファイアブレスがゴーレムの壁を飲み込む。轟音と熱波が内部にも伝わってきた。
「くっ…! 熱い、熱すぎる! 全然防げてないぞ、このゴーレム!」
リュコノスが苦悶の声を上げる。
「なら外に出れば! こんがり狼肉が出来上がるけどね!」
「馬鹿野郎……冗談言ってる場合か……」
タラマキオンの皮肉に小声で返すリュコノス。
炎が過ぎ去ると、ドラゴンは再び空を旋回し、眼下のゴーレムを睨みつけた。
あれが邪魔をしている、と判断したのだろう。翼をたたみ、空中で姿勢を制御すると、そのとてつもない質量を持ってゴーレムの背中目掛けて急降下してきた。
激しい衝撃が内部を揺るがす。ゴーレムの巨体が軋み、土くれが内部に降り注いだ。
ドラゴンはすぐに体勢を立て直して飛び立つ。そしてすぐに急降下して再びゴーレムにのしかかる。
二度、三度と繰り返される衝撃。
「ぐっ……隊長! これじゃ、いつまでも持ちませんよ!」
タラマキオンの顔に焦りが浮かぶ。
「わかってる。次の攻撃を受けた後だ……反撃する」
「……はい!」
そして、四度目の激しいのしかかりを受けた、まさにその瞬間だった。
タラマキオンが意を決したかのようにゴーレムを操作し、沈み込んでいた巨体を、ドラゴンを跳ね返すように勢いよく立ち上がらせた。
予期せぬ抵抗に、ゴーレムの背に乗っていたドラゴンは大きくバランスを崩す。その一瞬の隙を、アクレディウスは見逃さなかった。
青白いオーラを纏った彼の体が、まるで閃光のように動く。
地面を蹴って飛び上がり、常人には目で追えないほどの速度でドラゴンへと肉薄する。
「おおおおッ!」
雄叫びと共に、エネルギーを集束させた拳がドラゴンの顔面、その巨大な顎のあたりに叩き込まれた。人間離れした、まさに超人的な一撃。
聞いたこともない鈍い衝撃音。ドラゴンの巨大な頭部が大きくのけぞり、あらぬ方向へと顔を向ける。
「効いた……!?」
タラマキオンが息をのむ。しかし、ドラゴンは一瞬怯んだだけだった。
すぐに苦痛に歪んだ顔をアクレディウスへと向け直し、黄金の瞳に純粋な怒りを滾らせる。
地上に着地したアクレディウスを睨みつけながら、その巨体を素早く捻り、回転させた。
空気を切り裂く音と共に、鞭のようにしなる巨大な尻尾がアクレディウス目掛けて薙ぎ払われる。
「隊長!」
リュコノスが叫ぶ。
アクレディウスは咄嗟に防御姿勢を取るが、その圧倒的な質量と速度を防ぎきれるはずもない。衝撃と共に彼の体は弾き飛ばされ、宙を舞い、森の奥へと消える——かに思われた。
だが、アクレディウスは吹き飛ばされる寸前に、その強靭な両腕で尻尾の先端を掴み取り、堪えていたのだ。
「嘘だろ……!?」
信じられない光景に、タラマキオンたちが目を見開く。
アクレディウスは青白いオーラをさらに輝かせ、全身全霊の力を振り絞る。
「うおおおおおおおおッ!!」
凄まじい力で尻尾を掴んだまま、自らが回転軸となり、ドラゴンの巨体を振り回し始める。
圧倒的な質量を持つドラゴンが、アクレディウスの腕の中でまるで玩具のように振り回され、遠心力で加速していく。
そして——アクレディウスはドラゴンの巨体を大地へと叩きつけるように投げ飛ばした。
轟音と共に大地が揺れ、ドラゴンは地面を削りながら無様に転がっていく。
土煙がもうもうと立ち昇り、その巨体が完全に動きを止めると、しばしの静寂が訪れた。
だが——土煙がゆっくりと晴れていく中、大地に横たわっていたはずのドラゴンの巨体が、軋むような音を立てながらゆっくりと動き出すのが見えた。
マルファーはその巨躯を起こし、アクレディウスを憎悪に満ちた黄金の瞳で睨みつける。致命傷には程遠い。
その生命力は、まさに悪魔と呼ぶに相応しかった。そして、ドラゴンは翼を広げ、再び天へと舞い上がった。
「チッ……これも決定打にはならないか……」
アクレディウスは苦々しく舌打ちした。
通常の方法でこの怪物を仕留めるのは不可能だと悟り、彼の表情に初めて焦りの色が浮かんだ。
分厚い鱗を貫通させるのは無理だ。ならば、狙うはブレスを放つ瞬間の——無防備な口の中。
「もう……あれを使うしかないな」
覚悟を決めたアクレディウスの呟きに、傍らのタラマキオンが血相を変えた。
「あれって……まさか、アレを使うんですか!? そんなことしたら僕らも死にますよ!」
「奴にブレスを吐かせる。タラマキオン……ゴーレムを解除しろ。そして、ギリギリのタイミングで再生成し、私達を守れ。ただし——私の射線だけは空けておけ」
「ギリギリってそんな……! もし間に合わなかったら……」
「そうだな。その時は仲良く死んでやる」
タラマキオンはゴクリと唾を飲み込み、震える声で答えた。
「……分かりました。隊長の指示通りに」
アクレディウスは背負っていた矢筒へと手を伸ばす。そこから取り出したのは、他の矢とは明らかに形状が異なる一本の矢。
三つの部品に分割された特殊な構造を持ち、その先端には重々しく、禍々しいほどの輝きを放つ金属製の矢じりが取り付けられている。
再び自らのエネルギーを右手に集中させ、指先が矢の分割されたパーツに触れるたびに、淡い青白い光が波紋のように広がる。
矢全体が圧縮されたエネルギーによって眩い輝きを帯びていく。もはや直視することすら難しい。
彼はその特殊な矢を弓につがえる。
「運が良ければ生き残れる……覚悟を決めろ」
アクレディウスは弓を限界まで引き絞る。彼の視線は、空を舞うドラゴンに、寸分の狂いもなく注がれていた。
ドラゴンは空中で大きく旋回する。地上では先ほどまであったゴーレムの姿が見えない。
獲物が無防備になったと判断したのか、地上に残るアクレディウス達を今度こそ滅ぼさんと、再びファイアブレスを放つべく急降下し、地表スレスレを滑空する。
「それでいい……お前がその口を開き切った時こそが、絶好の勝機だ……」
アクレディウスは狙いを定める。ドラゴンの最大の武器であるファイアブレスを放つ瞬間、その力の源である喉奥が無防備に晒される。
マルファーの巨大な口が完全に開き、その奥が灼熱の炉のように赤く、強く輝き始めた。
終焉をもたらすであろう炎の息吹が、今まさに、放たれようとしている。
「……やれ!」
アクレディウスの鋭い声が飛ぶ。その言葉に反応し、タラマキオンが全神経を集中させて地面に手を叩きつけた。
刹那、彼らを覆うように分厚い岩の壁が瞬時に隆起し、屈み込んだ状態のゴーレムが生成される。
その岩壁はアクレディウスの正面、弓を構える彼のわずかな前方だけ、狙撃孔のようにぽっかりと隙間が開けられていた。
「くたばれ……悪魔め」
冷徹な声と共に、引き絞られた弦が解放される。




