第19話 一進一退
リュコノス、テネオス、タラマキオン、エクシオス、ヘフストス――精鋭部隊の五人が合流した。
エクシオスは地面に手をつき、目を細めた。その行動にマルファーは即座に警戒する。
(……私と同じ、地面を操る能力?)
彼女がそう思った瞬間、マルファーの立っていた地面が突然崩れ落ち、彼女の足元が大きく沈み込んだ。
しかし、マルファーは瞬時に跳び上がり、空中に板状の障壁を展開して足場を作る。
沈みゆく地面を後に、素早く次々と障壁を展開し、空中での移動を始めた。
エクシオスの頭上にたどり着いたマルファーは、躊躇なく飛び掛かる。その動きに気付いたヘフストスが火炎弾を生成し、軌道を計算して放つ。
「させるか!」
マルファーは火炎弾の放物線を見極め、空中で障壁を再び展開して軌道を外れた位置に身を移した。
火炎弾が通り過ぎた瞬間、障壁から飛び降り、再びエクシオスを狙う。
下ではエクシオスがマルファーの接近に備え、足場を崩そうと地面に手をかけようとする。
だが次の瞬間、視界に迫る影――マルファーが容赦なくその距離を詰めた。
「くっ……来るな!」
恐怖に駆られたエクシオスが叫ぶと、腰の短剣を引き抜いて、それを振り上げる。
しかし、マルファーの動きはそれを上回った。強靭な手がエクシオスの腕を掴み、その瞬間、骨が砕ける音が響く。
「やめろ……ああぁぁぁッ!」
エクシオスの叫びもむなしく、マルファーはその腕を力任せにもぎ取った。
噴き出す血が地面を真紅に染め、彼の体は膝をついて崩れ落ちる。耐え難い痛みの中、エクシオスは震える手で肩を押さえた。
マルファーは彼の背に足を乗せ、両手で頭を掴んだ。
そして、一切の躊躇なくその頭を引き抜く。濃密な血飛沫が地面を染め上げ、エクシオスの体は音を立てて崩れ落ちた。
彼女は手にした頭を静かに見下ろし、無言でその場に投げ捨てた。
「この……悪魔がぁぁぁッ!」
その様子を見たヘフストスは、怒りに震えながら手のひらに炎を集め始めた。強力な火炎弾を放とうとしたその瞬間――
マルファーはタラマキオンの腰に差してある剣を念動力で引き抜き、ヘフストスに向かって飛ばした。
剣は鋭い音を立てて飛び、ヘフストスの右腕を切り落とす。
「あぁ……ッ!」
切り落とされた右腕と共に火炎弾が地面に落ち、激しく爆発した。爆炎に包まれたヘフストスは、もはや逃げ場を失い、苦しみもがく。
「くそっ……くそぉぉぉあぁぁぁッ!」
火炎に焼かれるヘフストスの絶叫が、森全体を震わせるように響き渡る。
その声には痛みと絶望が混じり、周囲の木々すらその狂気に震えているかのようだった。
だが、炎は彼を容赦なく包み込み、激しく燃え盛る。絶叫は次第にか細くなり、まるで命そのものが炎に溶けていくように消えていった。
「これ以上好きにさせるか……」
テネオスは鋭い声で呟くと、空へ向けて大量の糸を放った。
糸は空中で網目状に広がり、捕食者の網のようにマルファーを包み込もうとする。
「切り刻まれろ……」
テネオスの呟きと共に、糸はより鋭く、勢いを増して落ちてきた。
しかし、マルファーは即座に地面に手をつき、複数の土柱を頭上に形成させる。柱は幾重にも重なり、糸の攻撃を防いだ。
土柱の隙間から、マルファーの指先に集まる光が見える。その光は次の瞬間、閃光となって放たれた。
光弾は真っ直ぐに飛び、テネオスの胸を正確に捉える。彼は何が起きたのか理解できず、ただぼんやりと前を見つめていた。
胸に生じた鈍い衝撃は、まるで何かが自分を通り抜けたかのようだった。しかし、痛みはほとんど感じなかった。
「……?」
テネオスは震える手を胸元へ運ぶ。指先が触れた感触は、自分の体ではないような奇妙な違和感を伴っていた。
指を引き戻すと、手のひらには鮮血がべっとりと付着している。それを見た瞬間、彼の瞳に驚愕が走る。
ようやく彼は、自分の胸にぽっかりと穴が開いていることを理解した。
「……ッ!」
声を出そうとするが、喉からは何も紡がれない。力が抜け、彼の膝が地面に崩れ落ちた。
最後に彼の目に映ったのは、薄暗い土柱の影。その奥に潜むマルファー。
冷たい目がこちらを見据え、まるで死を告げる使者のようだった。
テネオスの意識はその瞳に吸い込まれるように薄れ、力尽きた身体が地面へ崩れ落ち、静かに息絶えた。
「もう出し惜しみしてる場合じゃない……やれ、タラマキオン!」
傷ついたリュコノスが苦しげに叫ぶ。
「……わかった」
タラマキオンは短く答え、地面に手を触れた。その瞬間、大地が隆起し、巨大なゴーレムが姿を現す。
木々の高さをも凌ぐその巨体は、一歩踏み出すごとに地面を揺らし、圧倒的な存在感を放っていた。
「行け……!」
タラマキオンの指示でゴーレムはゆっくりとマルファーの方へ向けて前進する。
その圧倒的な質量が森を揺るがせ、周囲の木々を容易に薙ぎ倒していく。
マルファーはその動きを睨みつけ、最大戦力で迎え撃つ覚悟を決める。
低い姿勢を取りながら身体を震わせた。鱗が現れ、全身がドラゴンの姿へと変わり始める。
「させるか!」
リュコノスは満身創痍の体で再び立ち上がり、全速力でマルファーに突進した。痛みを無視し、残る力を振り絞って飛びかかる。
リュコノスはドラゴン化しつつあるマルファーの首元に噛みついたが、鱗の硬さに阻まれた。
次の瞬間、マルファーの鋭い爪がリュコノスの体を切り裂き、彼を振り払うように投げ飛ばした。
「くそっ……」
肩口を負傷したリュコノスが地面に叩きつけられる。
その横を、ゴーレムが一歩ずつ進み、ドラゴン化したマルファーに迫っていく。
ゴーレムはその巨大な腕を振りかぶり、全力でマルファーに叩きつけた。その衝撃は周囲の木々を揺るがし、地面を震わせた。
しかし――
「なんて硬さだ……」
タラマキオンは驚愕する。ゴーレムの拳は粉砕され、辺りに散らばったのは土の破片だけだった。マルファーの鱗は傷一つついていない。
ドラゴンの形をほぼ完成させたマルファーは、周囲を巻き込むほどの突風を生む翼を大きく羽ばたかせた。
ゆっくりと、圧倒的な威圧感を伴いながら、漆黒の巨体が地面から浮き上がっていく。
陽光をその巨大な背に受け、禍々しい影が、地上に残されたリュコノスとタラマキオン、そして彼が操るゴーレムを覆い尽くす。
天へと昇るその姿は、絶望の象徴そのものだった。
「くそっ……! 飛び上がったぞ!」
地面に叩きつけられたままのリュコノスが、負傷した肩を押さえながら悔しげに叫んだ。
タラマキオンもゴーレムの傍らで、なすすべもなく空を見上げるしかない。空を制圧されてしまえば、地上からの有効な攻撃手段は限られる。
——その時だった。
森の奥から土埃を巻き上げて、凄まじい速度で誰かが駆け抜けてきた。その気配に、リュコノスとタラマキオンがはっと顔を向ける。
現れたのは、この追跡隊を率いる男、アクレディウスだった。




