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ダークストーン ~【心臓喰らいの復讐譚】神殺しの魔女と不死の傭兵~  作者: 花見川さつき
第一章 マルファー編

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第16話 伝説の始まり

 異界の門を通り抜け、未知の世界アルガイアへと足を踏み入れてから数日が経過していた。


 アクレディウス率いる追跡隊は、鬱蒼と茂る森の中を彷徨っていた。


 本来、人狼化であるリュコノスの嗅覚があれば、マルファーの追跡など造作もないはずだった。

 だが、この異界の森は彼らにとってあまりに異質すぎた。


 未知の植物が放つ強烈な芳香、嗅いだことのない獣臭、そして土や水の匂いまでもがエンテディアとはまるで違う。

 あまりに多すぎる『嗅ぎ慣れない臭い』の洪水は、リュコノスの鋭敏すぎる嗅覚が逆に仇となって混乱させていた。


 結果として、彼らはマルファーの微かな残り香を完全に見失い、まったく見当違いの方向へと進んでしまっていたのだ。


 彼らは言葉も地理も分からない異郷の地で、手探りの探索を余儀なくされていた。

 疲労と焦燥が隊の中に広がり始めていた頃、先行して偵察を行っていたリュコノスが戻ってきた。


「隊長。この先に人の気配があります」


「人か……この世界にも居るのか。まあ、ひとまず吉報だな。それで、どんな連中だ?」


 アクレディウスが足を止めずに問う。


「武装していますが、正規の兵士ではありません。身なりは汚く、酒を飲んで騒いでいます。おそらくは野盗の類かと。数は二十名ほど」


 その報告に、巨漢のタラマキオンが眉をひそめた。


「野盗ですか……。どうしますか、隊長? 関わらない方が賢明では?」


 タラマキオンの懸念はもっともだった。

 現状、彼らは無駄な戦闘を避け、体力を温存しつつ、まずは情報の収集と安全な拠点の確保を優先すべき状況にある。


 この世界の人たちがどんな能力を持っているのか分からない状況。当然と言える判断だ。


 しかし、アクレディウスは冷ややかな目で森の奥を見据えたまま、小さく首を横に振った。


「いや、接触する。我々はこの世界のことを何も知らない。言語、文化、地理……何一つな。ただ闇雲に歩き回っていてもマルファーは見つからん。情報を得るには、現地の人間を捕らえるのが一番だ」


 アクレディウスの声には、反論を許さぬ絶対的な響きがあった。


「それに、相手が無法者なら好都合だ。手荒な真似をしても心が痛まん」


「……分かりました。隊長がそう仰るなら」


 タラマキオンは渋々といった様子で頷いたが、内心では無法者以外に対しても手荒な真似をすることについて懸念していた。


 一行はリュコノスの先導で、音もなく野盗たちの根城へと接近した。


 そこは、岩肌を背にした開けた場所。

 粗末なテントがいくつか張られ、中央の焚き火を囲んで薄汚れた男たちが車座になって酒を飲んでいる。


 地面には食べ散らかした骨や古びた武器が転がり、すえた臭いが漂っていた。

 アクレディウスたちは茂みから姿を現し、堂々と彼らの前へと歩み出る。


 突然の侵入者に、野盗たちの笑い声がピタリと止まる。


「おい……なんだテメェら……」


 一人の男が立ち上がり、剣を抜き放って何かを喚いた。

 言葉の意味は分からないが、敵意だけは明確に伝わってくる。


 男たちは次々と武器を手に取り、下卑た笑みを浮かべながらアクレディウスたちを取り囲んだ。

 彼らの目には、アクレディウスたちが身につけている上質な鎧や装飾品への欲望がぎらついている。


「はぁ……やっぱりこうなるか」


 タラマキオンがため息をつく。


 アクレディウスは一歩前に出ると、無造作に右手をかざし、その手を自身の胸に当てた。

 右手から光り輝くエネルギーが全身へと注がれ、ほのかに体が輝いている。


「随分と攻撃的な連中だな。面倒だ。一人を残して始末するぞ。教師は一人いれば十分だ」


 アクレディウスはエネルギーを漲らせたまま、ゆっくりと男たちの方へ歩いていく。

 その威圧感に、先頭に立っていた野盗の男が恐怖に顔を引きつらせた。


「う、うわぁぁぁぁっ!」


 男は叫び声を上げながら、手にした槍をアクレディウスの胸目掛けて全力で突き出した。


 硬質な音が響き渡り、穂先がアクレディウスの胸板に当たった瞬間、槍の柄が飴細工のようにへし折れた。

 アクレディウスの体には、傷一つついていない。


「あ……?」


 男が呆然と折れた槍を見つめる。


 アクレディウスは冷酷な無表情で見下ろす。

 男の首根っこを万力のような力で掴んだ。


 躊躇なく指に力を込め、男の頸椎をへし折る。

 男はあえぐ間もなく絶命し、人形のように崩れ落ちた。


 アクレディウスは死体の手から折れた槍の先端部分を奪い取ると、無造作にそれを握りしめた。

 そして、自身のエネルギーをその折れた槍へと注ぎ込み始める。


 槍は高密度のエネルギーを孕み、眩い光を放ちながら震え始めた。

 今にも爆発しそうなほどの力が込められている。


「お前たち、油断するな。こいつらがどんな能力を持っているか分からない。用心して戦え」


 アクレディウスが背後の部下たちに命じる。


 エンテディアにおいて、何かしらの能力を持つ者が多数派。

 故に彼らは、この薄汚い野盗たちも何らかの特殊能力――炎や氷、あるいは身体強化などを持っているはずだと警戒していたのだ。


「了解」


 リュコノスが身を低くし、ヘフストスが両手に炎を灯す。部下たちも即座に臨戦態勢に入った。


 アクレディウスは手に持った光り輝く槍の残骸を目の前に立つ野盗たちの足元へ向けて、無造作に放り投げた。

 乾いた音を立てて、光の塊が野盗たちの中心へと転がっていく。


「開戦の合図だ」


 アクレディウスが呟く。その瞬間、閃光が弾ける。


 圧縮されたエネルギーが一気に解放され、凄まじい爆発が野盗たちを吹き飛ばした。

 爆心地にいた数人は肉片となって四散し、周囲の者たちも衝撃波で岩壁に叩きつけられる。


「なっ……!?」


 生き残った野盗たちが、何が起きたのか理解できずに混乱する。


 そこへ、アクレディウス隊が襲いかかった。


 リュコノスが獣のような速さで懐に潜り込み、爪で喉を裂く。

 ヘフストスが火球を放ち、逃げ惑う者を焼き払う。

 エクシオスが地面を隆起させ、足を砕き、動きを封じる。

 テネオスの糸が、見えない刃となって首を跳ね飛ばす。


 それは戦闘ですらなかった。一方的な蹂躙。

 野盗たちは悲鳴を上げ、武器を振り回すが、そこには何の力も宿っていない。ただの鉄の塊だ。


 特殊な能力も、超人的な身体能力もない。

 彼らはただ、無様に逃げ惑い、殺されていくだけだった。


 あっという間に大半が死体と化し、戦場に静寂が戻る。

 アクレディウスは返り血を浴びながら涼しい顔で、その惨状を見渡した。


「……こいつら、無能力者なのか……?」


 拍子抜けしたように呟く。警戒していたような反撃は一切なかった。

 ヘフストスが焼死体を足先で転がしながら鼻を鳴らす。


「恐らくそうでしょう。きっと役立たずだから街から追い出されて、無能力者だけで徒党を組んでたんでしょうよ。ゴミは集まってもゴミなのにな……」


 彼らはまだ知らない。この世界では『能力を持たないこと』こそが普通であり、自分たちが異端の怪物であることを。


 最後に残ったのは、一際体格のいい、頭目と思われる男だけだった。

 男は腰を抜かし、震える手で斧を構えているが、その瞳には完全な敗北と恐怖の色が浮かんでいる。


 アクレディウスは血に濡れた地面を踏みしめ、男の前に立った。


「頼む……見逃してくれ……何でもするから……!」


 男が泣きながら何かを訴える。言葉は分からないが、命乞いであることは明白だった。

 アクレディウスは冷酷な笑みを浮かべ、男の目を見据えた。


「さて、我々を人がいる街まで案内してもらおうか。道中で俺たちにこの世界に関する授業もしてもらおうか。……拒否権はないぞ?」


 ――それからの数日間は、頭目の男にとって地獄のような日々だった。


 首に縄をつけられ、家畜のように引きずり回されながら、森の中を進む。

 アクレディウスは休憩のたびに男を呼びつけ、強制的に『授業』を行わせた。


 木を指差す。水を指差す。剣を指差す。

 男がそれに答えて単語を発しなければ、容赦のない『逆指導』が行われた。


 間違えれば殴られ、黙れば蹴られ、時にはヘフストスの炎で炙られる。


 男は恐怖のあまり失禁し、涙と鼻水を垂れ流しながら、必死にアクレディウスたちの問いに答え続けた。


 その甲斐あってか、アクレディウスたちは驚異的な速度でこの世界の言語を吸収していった。

 単語の羅列から始まり、やがて簡単な意思疎通が可能になる。

 彼らの知能の高さと、情報を貪欲に求める執念のなせる技だった。


「……この先、大きな街がある……『要塞都市バルディア』だ……」


 数日後、憔悴しきった頭目の男が、震える指先で森の切れ間を指した。

 その先には、巨大な石壁に囲まれた都市の威容が見えていた。


 都市の正門前は、異様な緊張感に包まれていた。

 通常であれば開かれているはずの巨大な鉄門が固く閉ざされ、城壁の上には多数の衛兵が弓を構えて下を睨みつけている。

 どうやら、近隣に出没する野盗集団への警戒態勢が敷かれているようだった。


「止まれ! 何者だ!」


 城壁の上から、衛兵隊長らしき男が鋭い声を浴びせた。

 そして、アクレディウスの隣に立つ、縄で縛り上げた男に目がいく。


 男は全身傷だらけで、顔は腫れ上がり、ボロ布のような姿をしているが、その巨体と特徴的な入れ墨は隠しようがなかった。


「……おい、あれを見ろ! まさか……!」


 城壁の上の衛兵たちがざわめき立つ。


「間違いない! 『狂乱のガザン』だ! 賞金首の野盗の頭目だぞ!」


「馬鹿な……あいつを捕らえたというのか!?」


 驚愕の声が波紋のように広がる中、アクレディウスは習得したばかりの現地の言葉で、朗々と告げた。


「中に、入りたい」


 その言葉には、付け焼き刃の片言だった。

 だが、威厳のある佇まいに衛兵たちは彼が只者ではないことをすぐに察した。


 衛兵隊長は目を見開き、慌てて部下たちに指示を飛ばす。


「門を開けろ! 急げ! 偉い方を呼んでこい!」


 重々しい音を立てて、巨大な鉄門がゆっくりと開き始めた。


 門をくぐり抜けた瞬間、都市の喧騒がアクレディウスたちを出迎えた。

 最初は、遠巻きに見ていた市民たちの困惑したようなざわめきだった。


 見慣れぬ異国の服装。圧倒的なオーラを放つ数人の戦士たち。そして、彼らが引きずっているボロボロの男。

 その男の顔を認識した瞬間、市民の一人が叫んだ。


「おい! あれはガザンだ! 俺たちの村を焼いた悪党だぞ!」


 その声を皮切りに、ざわめきは爆発的な熱狂へと変わった。


「本当だ! ガザンが捕まったぞ!」


「あいつら、あの悪党共を壊滅させたのか!?」


 人々が通りに押し寄せ、興奮した顔で叫び声を上げる。

 憎き悪党への罵声と、それを捕らえた異国の戦士たちへの称賛が入り混じり、渦となってアクレディウスたちを包み込む。


「人殺し! 地獄へ落ちろ!」


 近距離から容赦なく石が投げつけられ、ガザンの顔面に当たって血が吹き出る。

 ガザンは悲鳴を上げて身を縮こまらせるが、アクレディウスはそれを冷ややかな目で見下ろすだけだ。


 一方で、アクレディウスたちには歓喜の拍手が送られる。


「英雄万歳!」


「ありがとう! これで安心して眠れるわ!」


 熱狂は伝播し、通りの奥へ進むほどにそのボルテージは上がっていく。

 窓からは女たちが身を乗り出して手を振り、子供たちが彼らの後ろを追いかける。


 鐘が鳴らされ、都市全体が彼らの来訪を祝福していた。それを見て、アクレディウスは眉間にシワを寄せて呟く。


「なんだ、こいつら……やかましい」


「おそらく、その男がこの街の人達を苦しめていた極悪人だったって……ことじゃないですかね」


 大歓声の中、タラマキオンが複雑な表情で言う。


「ただ情報を得るために拷問して、利用しただけだというのに。ここでは英雄扱いかよ。笑えるな」


 皮肉屋のヘフストスが嘲笑する。


「利用できるものは何でも利用する。それだけのことだ」


 アクレディウスは表情一つ変えず、前を見据えて歩き続ける。

 その瞳には熱狂する民衆など映っていない。

 彼の見ているものは『マルファーの行方』――そしてその先にある故郷への帰還のみ。


 領主の館から、着飾った貴族が慌てて出迎えに来るのが見える。

 彼らはアクレディウスの前にやって来て、最上級の敬意を持って迎え入れた。


「ようこそ、我らの英雄よ! 我が都市はあなた方を歓迎します!」


 アクレディウスは内心で『愚かな』と嘲笑いながらも、表面上は威厳ある態度でその手を取った。

 この瞬間、異界の地アルガイアにおける『アクレディウス伝説』の第一歩が刻まれたのだった。

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