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ダークストーン ~【心臓喰らいの復讐譚】神殺しの魔女と不死の傭兵~  作者: 花見川さつき
第一章 マルファー編

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第13話 地下室の葛藤

 アルクトロスが扉を開けると、そこには冷徹な空気を纏った男――アクレディウスとその部下たちが立っていた。


「なんだ、あんたらは」


「王命を受けて人を探している。ここに女が来なかったか?」


 アクレディウスの鋭い視線がアルクトロスに向けられる。


「女? ああ、数日前に変なのが来たな。『異界の門』とかいう寝言を言ってたから、思いっきり馬鹿にして追い返してやったよ」


 アルクトロスは真実と嘘を織り交ぜて、もっともらしく話す。


「ほう。なら家の中を改めさせてもらおう」


 アクレディウスが顎で合図すると、獣人化したリュコノスが床を這い、鼻を鳴らして嗅ぎ回り始めた。


 地下で息を潜めるマルファーの心臓が早鐘を打つ。見つかれば終わりだ。


 リュコノスは部屋中を嗅ぎ回り、やがて台所の方へ近づいてきた。

 そして、ヴァルゴが寝ているマットの前で足を止める。


 ヴァルゴは動かない。

 異様な見た目の人狼が目の前に鼻を近づけてきても、主人の言いつけを守り、ただ眠っている犬を演じ続けている。


 その健気な姿に、リュコノスは鼻をひくつかせた。

 犬の強い獣臭が下の匂いを消しているのか。あるいは、ただ犬が寝ているだけだと判断したのか。


「……ここで匂いが途切れています」


 リュコノスが報告すると、アクレディウスはアルクトロスの前に立った。


「……本当のことを言え。女はどこだ」


「だから、数日前に出ていったと――」


 ドカッ、と鈍い音が響いた。

 アクレディウスの拳がアルクトロスの腹に突き刺さる。老猟師はその場に崩れ落ち、苦悶の声を漏らした。


「同じことを言わせるな。リュコノスの鼻は誤魔化せん。匂いが残っている以上、直前までここにいたはずだ」


 地下の闇の中で、マルファーは震えていた。

 あれは間違いなく、王国最強の戦士アクレディウスの声だ。戦えば勝てる保証はない。むしろ死ぬ可能性の方が高い。


 頭の中の亡霊たちが一斉に囁きだす。


『見捨てろ。あいつは他人だ』

『お前が生き残るために必要な犠牲だ』

『戦えば死ぬぞ。ここで息を潜めていれば助かる』


 マルファーは耳を塞ぐ。

 だが、頭上の板一枚隔てた場所から、男の呻き声と、暴行の音が聞こえてくる。


 すると突然、激しい犬の咆哮が響いた。

 主人を守ろうと、ヴァルゴがアクレディウスに飛びかかろうとする。


「やかましい犬だ……」


 冷酷な声と共に、ドスッという重い打撃音が響く。

 キャンッ、という短い悲鳴を上げて、ヴァルゴが壁に叩きつけられた気配がした。


「やめろ! 犬は関係ねぇだろ!」


 アルクトロスの悲痛な叫び。ヴァルゴを抱きかかえる衣擦れの音が聞こえる。


「飼い主に似て、目障りだったもんでな」


 アクレディウスの声には慈悲の欠片もない。

 彼はテーブルにあった木製のジョッキを手に取ると、部下たちに顎でしゃくった。


「お前らは外に出ていろ。巻き添えを食らいたくなければな」


「了解……」


 リュコノスやヘフストスたちは、アクレディウスの力の恐ろしさを知っているため、即座に踵を返した。


 だが巨漢のタラマキオンだけは、おろおろと視線を彷徨わせ、その場に踏みとどまった。


「……隊長。何をする気なんですか? まさか……殺したりしないですよね……?」


 温厚な性格の彼は、目の前の男と犬の心配をする。

 しかし、背後から苛立った声が飛んだ。


「チッ、グズグズすんなデブ! 死にてぇのか!」


 好戦的な性格のヘフストスが、タラマキオンの背中を力任せに蹴り飛ばした。


「うわっ!? ちょっと、ヘフストス! 乱暴するなよ!」


「うるせぇ! 隊長の邪魔をすんな!」


 タラマキオンはなおも食い下がろうとしたが、他の仲間たちにも強引に腕を引かれ、小屋から引き離されてしまった。


 アクレディウスは、騒がしい部下たちを一瞥もしなかった。

 一人残ると、ゆっくりと玄関の方へ歩き出す。


 そして開け放たれた玄関の前に立つ。

 いつでも外へ飛び出せる位置を確保してから、手にしたジョッキに力を込め始めた。


「俺は物や人に力を与える力を持っている。このジョッキに圧縮したエネルギーを一気に解放すればどうなると思う? ……このボロ小屋ごと、中の人間は肉片も残らない」


 ジョッキから黄金の光が漏れ出し、限界まで圧縮されたエネルギーが今にも弾け飛びそうになる。


「最後にもう一度だけ聞いてやる。奴はどこに居る?」


「クタバレ、クソ野郎……」


「それが答えか……まあいい。一応言っておくが、くたばるのはお前の方だ」


 アルクトロスはヴァルゴを強く抱きしめ、目を瞑った。


 マルファーは地下室で膝をつき、頭を抱えた。


『この小屋ごと吹き飛ばされても不死の私は助かる。このまま黙っていれば、この男と犬が死ぬだけで済む……』


 亡霊たちが『そうだ、それでいい』と囁く。


 だが、脳裏に浮かぶのは、自分を信じて匿ってくれたアルクトロスの不器用な優しさ。そして、主人を守るために蹴り飛ばされた犬の姿。


「うるさい、黙って……!」


 マルファーは小さな声で亡霊たちを一喝した。


『自分だけが助かればいい? そんな浅ましい生き方を、ペルモスは望むだろうか?』


「私は……ペルモスが誇りに思ってくれる生き方をしたい!」


 彼女の瞳に、猛烈な決意の炎が宿る。


 アクレディウスが光り輝くジョッキを振りかぶった、その瞬間。


 地下から轟音が響き、何事かとアクレディウスはその手を止めた。


「何だ、この音は!?」


 そして――床板が爆ぜた。

 木の破片と共に現れたのは、漆黒の鱗に覆われた巨大なドラゴンの頭部だった。


「なっ……!?」


 玄関前に立っていたアクレディウスが驚愕に目を見開く。


 ドラゴンは出現と同時に、鋭い牙を剥いてアクレディウスへ食らいつこうとした。

 殺意に満ちた巨大な顎が、入り口を塞ぐように迫る。


 だが、アクレディウスの反応は常軌を逸していた。

 彼は地面を強く蹴り、後方へ跳躍することでその噛みつきを紙一重で回避する。


 空中で体勢を立て直しながら、当初の標的であるアルクトロスたちに向けて狙い澄ましたコントロールで手にしたジョッキを放った。


「消し飛べッ!!」


 低い位置から放たれたジョッキは、床の上を滑るように転がっていく。


 カラン、コロン……。


 乾いた音を立て、光り輝く死の爆弾は、正確無比な軌道を描いて小屋の奥――アルクトロスたちの足元へと吸い込まれていく。


 アクレディウスはそのまま地面を転がりながら距離を取った。


「爆発するぞ! 伏せろッ!!」


 部下たちへの警告と同時に、彼は身を伏せる。


 その刹那――ドラゴンは背後で不気味な音を立てて転がるジョッキを見て、瞬時に反転した。


 漆黒の巨体が猛然と駆け出す。

 邪魔になるテーブルや椅子をなぎ倒しながら、最短距離でアルクトロスとヴァルゴの元へ突っ込む。


 ドラゴンは二人に覆いかぶさるようにして翼を広げ、まるで壊れ物を扱うかのようにそっと優しく包み込んだ。

 硬質な鱗に覆われたその翼と背中が、二人を爆心地から隔絶する堅牢な盾となる。


 直後――閃光が弾けた。


 轟音と共にジョッキが爆発し、小屋の壁や窓が一気に吹き飛ぶ。

 閉鎖空間で膨れ上がった爆風と熱波が室内を荒れ狂い、屋根が崩れ落ち、小屋は瞬く間に瓦礫の山と化した。もうもうと立ち上る黒煙と土埃が視界を覆う。


 そして、静寂が戻る。

 アクレディウスたちは、粉塵舞う廃墟を見つめていた。


「……やったか?」


 アクレディウスは険しい表情で呟く。


 だが、瓦礫の山が内側から大きく盛り上がった。

 重い音が響き、煙の中から漆黒の巨体が姿を現す。


 ドラゴンは二人をその大きな鉤爪で抱きかかえたまま立ち上がり、アクレディウスたちを一瞥すると、大きく翼を広げた。

 強烈な風圧がアクレディウスたちを襲い、煙を一気に吹き飛ばす。


 ドラゴンは瓦礫を蹴り、力強く空へと舞い上がった。


「……チッ、逃したか」


 埃まみれになったアクレディウスが、悔しげに空を見上げる。

 その視線の先で、アルクトロスたちを守り抜いた漆黒の竜は、山の向こう側へと消えていった。

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