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ダークストーン ~【心臓喰らいの復讐譚】神殺しの魔女と不死の傭兵~  作者: 花見川さつき
第一章 マルファー編

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第10話 影と光の死闘

 マルファーが影馬で疾走してくる。

 草原を駆け抜けるその姿は、朝日の中で不気味なまでに美しい。


 しかし、護衛の一人がその場を動かず、静かに地面に手をついた。


「来るぞ!」


 土柱使いのゲリトスが地面に手をつき、警戒の声を上げた。


「分かってるよ。焦らせんな」


 光弾使いのフォロイオスが、短気そうに舌打ちしながら応じた。


 マルファーが距離を詰めたその刹那――突然、彼女と影馬の進行方向の地面が爆発するように盛り上がった。


 土が勢い良く突き上げられ、それは衝突という表現が相応しかった。

 影馬とマルファーはまるで弾かれるように宙へ放り出された。


「ッ……!」


 影馬は衝撃に耐えきれず、黒い粒子となって霧散する。

 その粒子が朝日の光に溶け込むように消えていく。その中で、マルファーの体は空中に放り出されていた。


 だが、彼女は即座に反応した。

 激しい痛みをこらえながら、透明な障壁を体の周囲に展開する。

 球体状の障壁が空中で彼女を包み込むと、そのままゆっくりと地面へ降り立った。


 障壁が消え、マルファーは鋭い目つきで護衛たちを見据える。


「……厄介ね」


 彼女は冷たく呟く。


「こいつ……いくつ能力を持ってるんだ?」


 フォロイオスが、信じられないという顔で口を開いた。


「さあな。宝物庫のダークストーンのほとんどを盗んだらしい。捨て身の覚悟なら、どれだけ能力を持っていても不思議はない」


 ゲリトスが答える。彼の声は冷静だったが、その目には警戒の色が滲んでいる。


「闇に堕ちた哀れな女か……」


 フォロイオスが人差し指をマルファーに向ける。

 指先が眩い光を帯び、次の瞬間、光の弾が放たれた。


 その速度は矢をも凌ぎ、視界に一瞬の閃光が走る。

 マルファーは咄嗟に透明な障壁を再び展開。


 だが――光の弾は障壁をいとも簡単に貫通した。

 その瞬間、球体にひびが走り、砕け散る。

 光の弾がマルファーの肩を掠め、彼女はわずかに体勢を崩す。


「なるほど。鉄壁というわけじゃないらしいな」


 フォロイオスが不敵な笑みを浮かべる。

 そして再び指先に光を灯した。次の瞬間、それは勢いよく放たれる。


 マルファーは常人離れした脚力でそれを躱した。

 地面は抉れ、砂埃が舞い上がる。


 だが、彼女の進行方向の地面がまたも不自然に盛り上がる。

 その微かな変化を感じ取ったマルファーは、即座にその地面を避けるべく進路を変える。


 彼女が避けた次の瞬間、盛り上がった地面が爆発するように隆起した。

 避けきれたかと思えば、今度は光の弾が再び飛んでくる。


 マルファーはまるで獣のような速度で疾走し続け、土柱の隆起と光の弾の連携攻撃を紙一重で躱していく。


 ——時間が経つにつれ、辺り一帯は無数の土柱がそびえる異様な光景と化していた。

 マルファーはその一つの影に隠れ、荒い息を整えようとしていた。


「おい、どうなってる?」


 フォロイオスがイライラとした声を上げる。


「わからん。ただ、相当疲弊しているはずだ」


 ゲリトスが慎重に周囲を見渡しながら応じる。


「なあ、なんであいつはドラゴンにならない? あの力を使えば形勢を――」


「使えないんだろう。どんな能力にも限界はある。俺たちだってそうだ」


 ゲリトスはフォロイオスの言葉を遮るようにして返した。


 二人が言葉を交わしている間、マルファーは土柱に紛れつつ、自らの影から再び黒い粒子を生み出し始めていた。

 その粒子は徐々に凝縮され、二匹の狼のような影を形作っていく。


「おい……また何か出してきたぞ」


 二人の前に、二匹の黒い狼型の影が不気味に佇んでいた。

 その姿は揺らめきながらも明確な形を持ち、何かを狙うように動きを止めている。


 フォロイオスは短く舌打ちをし、指先に光を灯した。


「さっさと片付けるぞ!」


 光の弾が放たれた瞬間、影狼は勢いよく二手に分かれて疾走した。


 その速さは尋常ではなく、光弾が着弾したのは空っぽの地面だった。

 影狼は風のように地を駆け抜け、ゲリトスとフォロイオスの間合いに迫る。


「くそっ、俊敏すぎる!」


 フォロイオスが再び光弾を放つが、それもまた空を切る。

 ゲリトスは冷静に地面へ手をつき、無言で土を操り始めた。


「ゲリトス、やれ!」


「分かっている!」


 その瞬間、二人の足元が急激に盛り上がり、土柱が勢いよく形成された。

 影狼を地表に留め置くように、二人の体を空高く持ち上げる。


「何なんだ、あれは……犬か? 狼か?」


 フォロイオスが目を細めて土柱の上から見下ろす。


「どうでもいい。それより、これでしばらく下に降りられないぞ」


 ゲリトスは短く答えるが、目線は土柱の下に釘付けだった。

 どうやら、この土柱は一度作ると、しばらくの間は形状を変化させることができないようだ。


 だが、注意を払うべきは下ではなかった。


 土柱の影に隠れて息を潜めていたマルファーは、すでに新たな影を生み出していた。


 空高くには鳥型の影が機会を伺うように旋回を続けている。

 だが、土柱の下をうろつく影狼に気を取られている二人が気づく様子はない。


 その影鳥はマルファーの意志を受け取ると、土柱使いのゲリトスめがけて急降下を開始した。

 その速度は凄まじく、空気を切り裂くような音を響かせる。


 鋭い風切音が耳元でかすかに鳴った。

 その瞬間、ゲリトスとフォロイオスは反射的に顔を上げた。


 だが――視界に映ったのは、ほとんど距離を失った黒い影だった。


 二人の瞳が一瞬で見開かれる。

 だが、体は動けず、声を発する間すらなかった。刹那、すべては終わりを告げた。


 影鳥はそのままゲリトスに衝突し、突き飛ばした。


 土柱の上から投げ出されたゲリトスの体は、制御を失って地面へと叩きつけられる。

 鈍い衝撃音が響き渡り、土埃が周囲に舞い上がった。


 ゲリトスの体は地面に横たわり、血を吐きながら、もがくように指先をかすかに伸ばす。

 その動きは徐々に力を失い、今にも止まりそうだった。


「ゲリトス!」


 フォロイオスは叫ぶが、彼の目は空中を舞う影鳥に釘付けだった。

 焦りと怒りで光弾を乱射するが、影鳥の動きは不規則で、どれも当たらない。


「くそっ……どうすりゃいい……」


 影鳥に気を取られたフォロイオスの背後で、静かに球体状の障壁に包まれたマルファーが浮上してきた。

 気配を感じ取ったフォロイオスが振り向きざまに指を向けるが、ほんの一瞬――遅かった。


「……ッ!」


 その隙を逃さず、マルファーは障壁を解き、怪力を宿したその腕でフォロイオスの胸を貫いた。


 引き抜いた手の中には、まだ動いている心臓が握られていた。

 フォロイオスはその場に崩れ落ち、息絶えた。


 マルファーはためらいなくその心臓を口に運ぶ。

 彼女の冷たい瞳が地面に倒れるゲリトスを見据える。


 再び球体状の障壁を展開し、ゆっくりと地表に降り立った。


 瀕死のゲリトスは微かに目を開けたが、声を出すことすら叶わない。

 彼女は無言で彼を見下ろし、心臓を食しながら冷たく問いかけた。


「楽にしてほしい?」


 その声に、地面に横たわるゲリトスの目がかすかに動いた。

 だが、声を発することができない。ただその瞳だけが何かを訴えるように微かに揺れていた。


「答えられないの?」


 マルファーは淡々と言い放つと、突如として後ろを振り返った。

 彼女の顔には険しい表情が浮かび、まるでそこに別の存在がいるかのように話し始める。


「あなたに言われなくても分かってるわ……黙って」


 数秒の間、誰もいない空間に向けて彼女は言葉を投げつける。

 だが、その沈黙が許せなかったかのように、急に声を荒げた。


「うるさい!  黙れと言ってるでしょ! あなたの意見なんて聞いてない!」


 その瞳には狂気の色が宿り、ひとしきり叫んだ後、ふっと力を抜いて振り向き直った。


「ごめんなさいね。私の中の亡霊たちが囁きかけてくるの……本当に鬱陶しい。それで、どうしてほしいの?」


 先ほどの激しさが嘘のように冷静さを取り戻し、再びゲリトスを見下ろす。


 ゲリトスの目はなおも微かに揺れていたが、その動きは次第に鈍くなり、やがて完全に静止した。

 全身の力が抜け、魂を失ったように体が地面に沈み込む。


 マルファーは、ゲリトスの無力な体をしばらく見下ろしていた。

 目にはほとんど感情の色がなく、冷たさだけが浮かんでいる。


 そして、そのまま短く呟いた。


「分かってる……言われなくても、やるわよ」


 彼女の言葉は誰かに向けたもののようだったが、その相手はそこにはいない。

 空白に向かって語りかける彼女の姿は、どこか不気味で、狂気をはらんでいた。


 次の瞬間、マルファーの腕が閃くように動き、ゲリトスの胸を貫いた。

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