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薔薇と青年の日常ニ

 

 数日後、ローズを乗せた馬車はカルドーナの東側にある派手な豪邸の門の前で止まった。ローズが先に降りると、セオナルドもゆっくりと降りてくる。


 セオナルドは左手に銀杖を手にして、銀杖をつく。そのまま左足を引きずるようして歩く。


 そんなセオナルド支えるように、ローズはセオナルドの(ひじ)に手を置いた。


 ゼハードは左足が悪い。そのため、左足を引きずり歩いている。それがカルドーナの民達が知っているゼハードの姿だった。


「ローズ、今日は楽しんでおいで。私はアリーの父に挨拶をしてから帰るよ。後で迎えに来る」


「…ねえ、セナ。せめて今日だけアリーの屋敷に泊まらせて?お願い?」


「寂しいと何度言ったらわかってくれる?夜には必ず迎えに来るよ。わかったね」


「…わかったわ。行ってきます」


 ローズは渋々頷き、珍しい花々が植えられた華やかな広い庭でセオナルドと別れた。


 豪邸の中に入ると、広い玄関が待っており宝石が埋められた高そうな調度品ばかりが並べられている。


 この大豪邸はアリーの家だ。ローズは今日、アリーの家へと遊びに来た。


 ローズは自由に外出することができない。外出できるのは屋敷の者と出かけた時か、学院からの行き帰りだけだ。少しでも帰りが遅くなると、屋敷は大騒動である。 


 そんなローズのために、アリーはこうして自分の家へローズを良く招いてくれる。


 大商人であるアリーの父アルダスは、今日も両手を広げローズを迎えてくれた。


 アルダスの用意した食べ切れないほどの豪勢な昼食をアリーの家族と頂いたあと、アリーの部屋でお喋りや読書を楽しむ。と言うのがいつもの流れだが今日だけは違う。


 ローズはアリーと街の中にいた。


「見つかったら、大変だわ…」


「なら、見つからなければいいだけだわ」


 びくびくしながら街を歩くローズをアリーがぐいぐいと引っ張っていく。


 アリーが長年の経験の中で見つけた庭の抜け道を通り、二人は賑やかなカルドーナの中央通りへと繰り出していた。今日もカルドーナの街は多くの人で賑わっているため、二人はしっかり手を握っている。


 最初は屋敷を抜け出した罪悪感があったローズも、アリーと街を探索する楽しみが勝り、子どものようにはしゃいでいた。


「見て、あそこの帽子屋さん可愛いわ」

 

 アリーに手を引かれ、色鮮やかな帽子屋さんへ入る。


 ローズがドレスや帽子が必要な時は、セオナルドが屋敷に仕立て屋を呼んでくれる。全て質が良い特注の高級品だが、こうしてお店に入り自分で好きなものを選ぶ時間がローズには新鮮だった。


「素敵ね。ほら、この深緑の帽子、アリーに似合うわ」


 ローズが選んだ帽子を渡すと、アリーは鏡の前で帽子を被って見せる。艶やかな黒髪に、上品な深緑が良く合っていた。


「まあ、素敵ね。私の好みだわ。さすがローズ。ローズには…」


 アリーがローズに合う帽子を見つけようと、並べられている帽子たちを眺めるていると、


「この帽子なんてどうかしら?」


 隣の女性が、フリルのついた紺色の帽子を差し出してきた。


「…ルーナさん!」


「こんにちは、ローズ。この色だと、貴方の素敵な髪色がよく映えて可愛いわ」


 その女性はローズに帽子を被せ、満足そうに微笑んだ。香水の香りがローズを包み込む。爽やかだがどこか甘い。大人の女性の香りがした。


「…外でお会いするなんて、珍しいですね」


「時々、気分転換に街へ出るのよ。ずっと部屋の中にいるのも退屈だわ。貴方もそうなのでしょう?」


 女性はそう言って、意味深に微笑む。


 腰まで揺れている眩しい金髪、透明感のある肌、宝石のように輝く瞳。絶世の美女とはこういうことだ。あまりの美しさに、まるで絵画を見ているような気持ちになる。


 この美しい女性は、歳はセオナルドくらいでルーナと呼ばれている。今は帽子を深くかぶっているが、その美貌は隠せていない。


「良かったら、紅茶を飲みに来ない?御馳走するわ。もちろん内緒にするから」


 ルーナは子供のように無邪気に笑う。それが逆に色っぽく、彼女の魅力を引き出していた。


 誘われるままに、二人は帽子屋の目の前に停めてあったルーナの馬車に乗った。


 連れて行かれのたは、中央通りのど真ん中にある白い建物だ。店や人混みが多い場所にあるが、この建物だけ別世界だ。細かい彫刻が施してあり、ただの店とは思えない。

 

ローズとアリーは一番奥の鍵がかかった部屋に通された。ルーナに似合う白を基調とした品のある家具で揃えられている。


 まるで宮殿のような部屋だと思った。


「本当に…いいんですか?」


「もちろん、貴方達は私の特別な人だから」


 そう言って、微笑むルーナはとても美しい。

 

 ここは花蝶園。高級茶屋だ。


 ただの茶屋ではなく、女性が紅茶を飲む相手をする。紅茶を飲むことで、女性の時間を買うことができる。


 そして、目の前にいるルーナは、幻の蝶と呼ばれる。選ばれた人しか、時間を買うことができない特別な女性だった。


 花蝶園のオーナーは、セオナルドだ。


 貧しさで売られた少女、身寄りがない少女の働き場所になるようセオナルド作った茶屋だという噂を聞いた。何度かセオナルドやフリッツに連れられて来られたため、ローズはルーナと面識があった。


「貴方に会えて嬉しいわ。セオナルドが中々、貴方に会わせてくれないから、文句を言っていた所なの」


 ルーナは、セオナルドの本名を知る一人でもあった。セオナルドの屋敷に慣れた頃、セオナルドからルーナのことを知人だと紹介された。


 今はなかなか会う機会がないが、セオナルドを通して、ルーナからローズに髪飾りやドレスの贈り物が贈られてくる。


「こちらこそ。いつも贈り物ありがとうございます。私は何もお返しができなくて…」


「気にしないで。セオナルドの大切な子だもの。私が勝手にやっているだけのこと。使ってくれたら嬉しいわ」


 そう言いながら、ルーナは手際良く紅茶を入れる。細く長い指は優雅で、動き全てに品がある。紅茶を入れる姿にでさえ見惚れてしまう。


 ルーナはどうぞと、ローズとアリーに紅茶を差し出した。ルーナに見守られていることに緊張しながら、ローズは紅茶を口に含む。


「…美味しい。香りが違う。こんなに美味しい紅茶初めてです」


「私も。父が商人で地域の紅茶を集めてくるけれど、こんなに美味しい紅茶は初めて。入れ方でこんなに変わるんですね」


 ローズとアリーは、声を揃えて顔を見合わせる。手を伸ばしたくなる香りにほのかな甘みを感じた後、口中に紅茶の深みが広がる。ルーナが入れた紅茶は絶品だった。  


 ルーナと時間をともにできるだけで幸せという人もいるだろうが、どんなに高いお金を払っても、ルーナの紅茶を飲みたいという気持がわかる。


「喜んでくれて何より嬉しいわ。二人を見ていると私まで元気をもらえる。見ているだけで仲の良さが伝わるわ。こんな素敵な親友がいるなんて羨ましい」


 二人の反応見て、ルーナは懐かしそうに目を細めた。綺麗な瞳の奥がかすかに揺れる。


 触れたら、消えてしまいそうだ。


 ルーナはいつも笑顔だが、ふとした瞬間に見せる憂いある瞳にはどこか儚さがある。


 ただ美しいだけではない。守ってあげたいと、思わせる。そこが皆が惹かれる理由なのかもしれない。ローズはぼんやりとルーナを見つめた。


 贅沢な時間を過ごした後、送ると言うルーナを丁寧に断り、ローズとアリーは頭を下げた。

 

「ルーナさん、貴重な体験ができました。ありがとうございました」


「そんなにかしこまらないで。セオナルドに内緒にするから、また来てちょうだい」


 最後までルーナは、完璧で優しかった。


 ローズとアリーは、目立たないように裏口から抜けて、花蝶園を後にした。そろそろ戻らないと、抜け出したことが知られてしまう。


「ルーナさん…相変わらず綺麗な人ね」


 人混みで溢れる中央通りを歩きながら、ローズは後ろ髪を引かれるように振り返った。自然に、足が止まる。

 

 花蝶園の前に、見慣れた馬車があった。杖を突き黒いマントを羽織った男性が降りてくる。先ほどまで一緒にいたルーナが出口に立って、男性を迎える。その男性は、セオナルドだった。

 

 まるで、本を読んでいるようだ。ゆっくりとその光景が流れていく。


 杖をつくセオナルドを支えるように、ルーナがセオナルドへ手を伸ばす。二人は花蝶園の中へ入っていった。


 ローズは見えなくなるまで二人を眺めていた。

 

「今の見たか?」


「ゼハード様と幻の花だろ。噂は本当だな」


「でも、この前は令嬢との噂があっただろ?その前は誰だ」


 ゼハードはこの街の有名人だ。先程の光景を見て、皆の噂話が始まる。後ろのおじさん達の会話が耳に入ってくる。


「まあ、あれだけいい男で、この街の支配者だぜ。なんでもお手の物さ。たとえ、幻の花だってな。ゼハード様のもには変わりない」


「ゼハード様もいい年齢だ。そろそろ結婚か?」


「令嬢たちからいくつも結婚の話を持ち上がっているらしいが、すべて断ってるって聞いたぜ。幻の花のために断ってるって聞いたことあるが、あの様子なら幻の花とそろそろか?」


「ゼハード様もそろそろ身を固める時だ。あの方なら、とっくの昔に結婚してていいくらいなのにさ。捨て子を育ててるって噂もあるだろ。大したもんだ」


 動けないままおじさん達の話を聞いていると、アリーがローズの手を強く引いた。走るのかと思うような勢いで進んでいく。


「全く、この街の人はセオナルド様の噂しかないのね。何も知らないくせに、言いたい放題。私が一番嫌いなことだわ」


 お怒りながらため息をついた後、アリーはひらめいたように声を上げた。


「ねえ!ローズ、今夜うちに泊まりましょう!」


「でも…セナから許しをもらっていないわ」


「父から使いをだしてもらうから大丈夫よ。時にはお灸をすえないとね」


 困惑するローズのそばで、アリーはにやりと微笑んだ。


 



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