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序章


 真っ黒い雲の隙間から、一筋の光が差し込んでいた。馬に乗っていた黒髪の青年は、馬を止めて光の方向を見た。


 先ほどまで激しい雷と共に強い雨が降っていたため、暗い雰囲気が漂っていたが、雨が上がり日が差し込み始めている。


 青年が光を追うように馬を進めると、古びた街なみが見えてきた。


 街の入り口で、青年は馬から降りる。静かに、目の前の殺伐さつばつとした街を眺めた。


 ここカルドーナは、カラフィア国の端に位置し、隣国のエメラルダとの国境そばにある街だ。


 広大で肥沃ひよくな土地に恵まれたカラフィア国の中で、このカルドーナだけは違う。


 人々はこのカルドーナを『忘れられた街』と呼んでいる。


 青年は黒いマントをなびかせ、カルドーナの西側へゆっくりと足を踏み入れた。


 忘れられた街と言う名の通り人影はなく、建物の多くは扉や窓が壊され、道中に硝子がらすや木屑《ルビを入力…》が転がっている。もちろん灯りもなく、先ほどまで雨が降っていたことも重なって、街の中は冷え込み暗く沈んでいた。


 青年がそのまま街の奥へ入り込もうとした時、かすかに物音が響いた。気のせいかと前を向いたが、もう一度聞こえてきた物音に青年は足を止める。


 耳を澄ませ物音が聞こえてきた裏道へ入り込むと、民家が立ち並んでいた。もちろん誰も住んでいない。


 人がいない事を確認して視線を逸らした時、また音が聞こえた。息を潜め奥に入り込むと、煉瓦レンガ作りの家と家の間にある狭い小路に、小さな影があった。


 警戒しながらゆっくり近づいていくと、小さな影はわずかに動いた。


 青年が腰にたずさえていた剣に手を置いた時、小さな影が大きく揺れた。空気を大きく吸ったような、声にならない悲鳴ひめいひびく。


 青年は、影の正体に驚いた。


 それは怯えるように、膝を抱えうずくまっている少女だった。


 赤色に近い茶髪が目に入る。少女は土で汚れた赤いマントを羽織り、ひざを抱え冷たい地面に座り込んでいた。


 先ほどまでの雨で、全身が濡れている。青年は思わず少女に近づいたが、少女の小さな肩が大きく揺れた。


 少女が震えていることに気づいて、青年は怖がらせないように足を止める。すると、顔を上げた少女と目が合った。青白い小さな顔に、二重の大きな瞳。


 少女の表情は怯えていたが、澄んだ瞳は真っ直ぐと青年を捉えていた。青年はその瞳を見て、息を呑んだ。


「一人なのか?」


 その問いに、少女は少し考えた後ゆっくりと頷いた。それは、少女の状況を判断するのに十分だった。


「…名を何という?」


 突然の質問に少女はくちびるを噛み締め、不安そうに青年を見つめる。


 青年は髪色から服にマントまで全て黒で、剣まで手にしている。少女を怖がらせないように、剣を腰に直した。


「大丈夫だ。君に危害きがいを加えるつもりはない。たまたまここを通りがかり、君を見つけたんだ」


 少女は青年をじっと見つめた後、小さな唇を震わせゆっくり口を開いた。


「……ローズ」


「ローズ…良い名だ」


 青年の心の声が自然とこぼれる。満足そうに笑みを浮かべた。


 少女は青年の笑みに釘付けになったまま、またゆっくりと口を動かした。


「…貴方の…名前は?」


「セナだ」 


 青年が優しく答えると、少女は顔をほころばせた。その小さな笑みに、青年は手を伸ばさずにはいられなかった。


「…さあ、行こう」


「…どこへ?」


 差し出された手を少女は不安そうに見つめる。


「私の屋敷だ。ここの近くにある。君をここに一人残すわけにはいかない」


 少女に差し出した手を青年は決して戻さない。少女は迷った末、ゆっくりとその手を握った。


 青年に手を引かれ少女は立ち上がる。しかし、少女の細い足は耐えきれずに体が大きく揺らめいた。青年はすぐに少女の腰に手を当て支えたが、その足を見て眉をひそめた。


 少女は、裸足はだしだった。

 

 辺りを見渡すと、木屑きくず硝子がらす破片はへんばかりだ。その中を裸足で歩いてきたと思うと、青年には怒りがわいた。


 さらにこの寒さで、小さな足は赤く腫れ上がり、足の裏は血がにじんでいる。


「きゃっ…」


 青年の行動は早く、気が付くと少女の体は宙を浮いていた。青年により横抱きに抱き上げられていた。


 あまりにも軽すぎる少女に青年はまた眉をひそめながら、しっかりと少女を抱きとめると足を進めた。


 いつの間にか、曇り空が消え太陽の光が街全体に差しこんでいた。暗かった街に光が入り、来た時とは全く別の街になっていた。


 残していた馬の元にを戻ると、中年の紳士的しんしてきなな男性と、青年と同じ年頃の金髪の青年が立っていた。青年に気づくと、二人ともほっとしたように息をついた。


 しかし、中年の男性は少女を見て声を上げた。


「セオナルド様。…その少女は?なぜこんなところに?一体何が起こったのですか?」


「拾った」


「拾ったですと?…拾ったって、どうするおつもりですか?」


「屋敷に連れて帰る」


 青年の言葉に、二人は慌てて顔をみあわせた。何か言いたげな二人を残し、青年は無視して通り過ぎる。


 訳がわからないまま、少女は目の前にある青年の綺麗きれいな顔を見つめる。そんな少女を見て、青年は切れ長な瞳を細めて優しく頷いた。


 涙を抑えるように、少女は唇を噛み締めた。


 少女は青年の首に細い腕を回し、広い胸に顔を寄せる。青年はそんな少女をしっかり抱き止め、カルドーナの丘にある屋敷へと向かった。






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