走馬灯士、たまの息抜き
走馬灯士の日常。ま、ロイ君もたまには大人の世界を覗きたいのでしょう。
走馬灯士は教会の所属だ。教会は孤児院や施療院、病院などをその傘下に置いている。施療院は大抵余命幾ばくもない老人や、事故や病気で危篤になったような人が担ぎ込まれ、看取られる。家で看取ると、巨額の葬儀費用がかかるので、それが出せない貧困層は、家族をそこに捨てていかざるを得ないのだ。死に瀕した人には施しとして走馬灯士が当たる関係で、走馬灯士のギルドは教会のそばにあることが多い。王宮の城下の一角、この走馬灯のギルドもそんな教会に併設されたものだった。
高名な走馬灯士は王宮のお抱えになり、王族や貴族に対して走馬灯を見せるが、大抵の人は教会に走馬灯士を斡旋してもらう。
ロイは教会の運営する孤児院で育った。親は知らない。馬車の事故の時に多くの死者が出た。馬車に乗っていた人、巻き添えを食った人。そして余命いくばくもない病人や老人がどさくさ紛れに捨てられた。それは事故の犠牲者なら、王都を管理する憲兵隊がその対応にあたるからだ。
ロイはそのどさくさに紛れて捨てられた赤ん坊だった。衣服は周りの野次馬にはぎ取られ、何も身につけていなかった。その出自を示すものなどない、裸の赤ん坊だったので、彼は自分の親もその素性も知らない。
「大丈夫か」
同僚のササイが声をかけた。
「事故は嫌いじゃないさ」
ロイは自嘲気味に答えた。
事故は走馬灯士にとって稼ぎどきでもあるからだ。馬車の事故だからと言っていちいち気分がめいるわけではない。実際、赤ん坊の時の事故など、記憶にもない。ただ、孤児院で尼僧たちが自分は事故の時に捨てられていた子供だと教えてくれただけだ。事故がなければ親のところで育ったかもと、夢想することはあるが、事故に紛れて子供を捨てる親だ。その暮らしが真っ当とは思えないから、まだ孤児院で育ったことはあながち不幸ではないと、自分を慰めていた。
数日前に事故があり、死者が運ばれてきた。瀕死の怪我人もいたが、数日で看取った。教会の病院に医師はそれほど多くないし、治癒魔法に長けた医師は、国内に少数はいるが、そんな医師は王宮にいるか、裕福な貴族や大商人のお抱えになって、街の教会の病院にいるわけがない。治癒のポーションは値段も高く、施療院の医師が行えるのは軽症の患者の治癒か、それも痛み止め程度である。持ち込まれた死者が事故の割に少なかったのは、事故現場が憲兵隊の詰め所のそばで、すぐに憲兵による事故処理が始まったために、周りの人がどさくさに紛れて人を捨てるという時間が少なかったためだ。
辻馬車と貴族の馬車の出会い頭の事故だった。貴族の馬車はそれなりに頑丈だったので、死人はいなかったが、辻馬車は大破し、そこそこの怪我人、死人が出た。体裁が悪いということで処理の経費は貴族持ちになり、ロイは思わぬ臨時収入を得ることになった。
「酒、飲みに行かねえか」
懐が豊かだから気が大きくなっていた。
「酒・・・」
ササイにしても早々飲み歩いているわけではない。ササイはロイよりも少し年上で、一時期、職人ギルドに働きに出たこともあって、社会のことをロイよりはわかっている。そして飲み屋で走馬灯士が快い客として扱われないことも知っている。ロイの単純な好奇心はわかるが、そんなに簡単なものではない。
「いやか」
好奇心に目を輝かせて聞いてくるロイの誘いを、そう簡単に断れるものではない。
ロイとササイはほぼ同じような年だ。ロイは17歳、この国では成人は15歳だからもう立派な大人だと自負している。ササイは教会に捨てられた赤ん坊で、2歳くらいだという仮定の元、今は19歳ということになっている。
街では外出の時、その者の所属を表すものを持っていなければいけない。各ギルドがその所属を示す簡単な目印を決めている。鍛冶屋ならトンカチ、仕立て屋なら裁ち鋏、仕事の道具が割り当てられている。子供にはいらないが、成人は皆義務付けられる。職人は大抵家族で商売をしているから、妻も同じギルドに所属することになる。商人は天秤を模ったブローチをつけ、医者や教師などもそれぞれに象徴的なブローチがあるが、職人はそんなものはなく、嵩張り重い道具になる。
また、貴族や豪商などは、それぞれ家紋を持ち、その家紋の入ったベルト飾りやカフスなど、煌びやかに飾っている。王族も同じだが、ロイはそれを見たことがない。
二人が入ったのは、居酒屋というものだった。もう成人だから酒は飲める。が、ギルドでも施療院でも教会でも酒は飲めない。憧れもあったが、好奇心もある。
泡立つエールを頼む。薄い小麦色の液体。アルコール度数は少ない庶民の飲む酒の代表格だ。いくつかつまみになるものも注文する。
ドヤドヤと人が入ってきた。狭い店内は混み合ってくる。誰かが、ロイの荷物にぶつかり、中身が出た。
「おい、こいつ、死神だぜ」
「なんだ、なんだ」
死神は走馬灯士の陰口だ。死に際して現れる走馬灯士は死神と言われ忌み嫌われる。その象徴が長い黒の外套と黒の山高帽子だ。外出時は着用するか、こうして袋に詰め込んで持ち運ばなくてはならない。走馬灯士が忌み嫌われているので、ロイとササイは大きな皮袋に入れて持ち歩いている。
「こいつらがいたら酒が不味くなるぜ」
あからさまにものをぶつけてくるものさえいる。
「結構飲んだな、帰るか」
ササイがロイの腕を掴み、店を出る。
「2度とくんなよ」
後ろで怒号がする。まだほんの少ししか飲んでいないし、つまみに至っては口のつけてないものもある。それでも、ササイは強くロイの腕を掴んで有無を言わせない。
「あいつら、死の際にとんでもない悪夢を見せてやる」
ぼそっと呟くロイの口を軽く塞ぎ、ササイが口に人差し指を立てて、喋るなと合図する。
「どこかで酒を買って帰るか。部屋でこっそり飲むならバレはしないさ」
ロイは目を潤ませた。持つべきものは幼馴染の兄貴分だ。
翌日、当然の如く二日酔いになり、ギルド長にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
ほんの息抜きのお話です。こう言った日常を絡めつつ、走馬灯士の仕事を書いて行きますので、よろしくお願いいたします。