EP.VI Holy Devilとなった男
Mr.CRISIS BOYの攻撃を避け、町外れのメサにまで逃げ出したニコラス・テネット、しかし当然行くアテもなく……荒野の中、町から離れた一枚の岩を背に、1人静かに沈み込んでいた。
「はぁ……ここまで逃げてきたけど、これからどうすればいいんだ?この体じゃ、絶対町には戻れないだろうな………」
テネットは軽くため息を吐くと、自身の体を見下ろした。
赤く燃える腹に足、全身が燃え盛るマグマのようだ。
そんな自身の姿を目に映した途端、テネットは再び軽く息を吐いた。
「にしても、これは一体───?」
(バイクの男性からここまで全力で逃げてきたけど、疲労感が一切感じない……でも確かに、足には走った感覚がほんの微かにだけど存在してるし、今も岩の感触を、僅かながらに感じられている)
テネットは自身の下腹部を軽く撫でる。
Mr.CRISIS BOYや、神父達の攻撃を避けはしたが、テネットの脳裏には、未だ一つの不安が残っていた。
………そう、その不安とは────
「今はいいが……腹が空いたら食事はどうすればいいんだ……?町には頼れないし、こんな荒野に動物なんて──」
すると、テネットの視界の端に、橙色の動く小さな何かが見えた。
それはサソリだった。
「…………」
テネットはカサカサと砂の上を歩くサソリを、じっとその場で見つめている。
日も沈み行く中、テネットがサソリに指をそっと近づけると、サソリはその場から慌てるように離れていった。
「──そりゃそうだよね……」
(僕の指……あの時、バイクを手で掴んだ時、まるでバイクが凹んだように掴めた……多分指の熱で金属が溶けたんだろう。
サソリなんて、触れた瞬間きっと炭になるだろう。)
テネットは伸ばした指を軽く握り締め、ため息を吐きながら紺色に沈んでゆく空を見上げていた。
空には徐々に、明るい星々が姿を表し始めている。
(………食事を確保をするのは不可能だろう、水も同様に無理だ、そもそも自分の肉体がどうなっているのかもわからない、外郭だけマグマのように熱く内側の肉体は無事……なんて都合のいいようには行かないだろうし、でもこうやって目で見て、聴いて、感じているのは確かに肉体が働いている証拠なのではないのか?)
テネットは現状に頭を悩ませながら、ただひたすらに地面だけを見つめていた。
その時、テネットはとあることに気が付いた。
「あー……なんか凄く申し訳ない気分だ、不可抗力だけど。」
テネットが立ち上がると、その跡には地面が溶けてほんの少し沈んでいるのが見える。
(金属があの速度で溶かせたのなら、おそらく体表の温度だけでも鉄を溶融する……1500°Cだっけな?を超えているだろう、なら地面だって、そりゃ溶けて沈むよね……)
その場でしばらく立ち往生していると、テネットがアダマ=エロヒートの方向を見つめた。
体の炎が風に靡く。
自身の肉体と照らし合わせるように、テネットはアダマ=エロヒートの町を眺めている。
その目……視線はどこか、存在しない涙を感じさせるような空気をその場に漂わせていた。
「あんな儀式が無ければ………こんな思いはしなかった、そもそも僕を作ったのは、儀式と称して殺そうとしたあの神父達だ、それにあれは……きっと聖火なんてぬるいものじゃない、あんなものを聖火と呼びたくもない……大量の人が、あの中で同じ苦しみを味わい、死んでいったんだ。」
テネットは拳を強く握り、明かりの消えたアダマ=エロヒートの町を眺めていた。
(でも、今の僕じゃ何も出来ない……)
テネットはその場で振り返り、姿の消えた太陽の明かりを眺める。
そして、テネットは特に行動を起こすこともなく……荒野の中で、ただ時間だけが、刻一刻と経過し続けていった────
「母さん……父さん………」
───2日後 ユタ州 セントジョージ─────
「土地に根付いた宗教観ってのを、無理に変えたりはできない、いやまぁ出来なくはないが……改宗は簡単じゃあない。
特に外界との干渉が少ない宗教なら尚更だ。」
トーマス・リチャードが運転席でハンドルを握る中、チャールズ・F・ハワードがそう話すと、リチャードは常に冷静な様子で、ハワードとの対話を続けた。
「トーマス……お前が徹底抗戦を仕掛けたい気持ちもわかるけど、そんなの言えば机上の空論に過ぎないんだよ。悲しいがそれが現実だ。」
車内でロックジャズな曲が流れる中、ハワードは、常に前だけを見つめるリチャードの視線を覗いた。
「今まで宗教的価値観で土葬をしてたのに、突然政府が火葬にしろって圧かけてきたら、政府に対する不満が溜まるだろ?
そんなことで暴動でも起きたら溜まったもんじゃないぜ……」
そんな他愛もない会話をしていた時、ついに彼らはセントジョージから北西に繋がる道まで辿り着いた。
「ハワード長官、セントジョージを出ますよ、ここからしばらく走ればアダマエロヒートに着くはずです。」
ハワードは延々と長く続く、一本の農道のような土道を見て、目を顰める。
──────────
道に入ってから、ただひたすらに、同じような景色が続く中、土を巻き起こす車の走行音だけが聞こえていた。
「にしてもトーマス、お前聞き上手だな。」
揺れる車中で、ハワードの放った一言に、リチャードが答えた。
「まぁ創設以来ずっと長官と居ましたからね。」
場にしばらくの沈黙が続いた。
『ゴ───』っという、タイヤの擦れる音が響きながら、いつのまにか、スピーカーから流れていたロックジャズの楽曲が止まっていた。
車体が小石を踏みつけ、ガタガタと車内が揺れたその時、沈黙の後ハワードが口を開いた。
「そういえば"アドルフ・ラッセル"の件、セントジョージでは特に情報が得られなかったな。
てことはあいつ……まだアダマエロヒートで手遊びでもしてんじゃねぇのか?
それか何か現地でトラブルにでも出会したか………」
なぜハワードが、ラッセルのことを知り得たのか……事の経緯は前日に遡る。
────前日 POA ワシントンD.C.支局─────
「アドルフ・ラッセル……あいつは一体どこで油を売っているんだ?」
ジェームズ・ワトソン支局長は、デスクの周りを立ちながら往復していた。
「クイン、一応君からもラッセルに連絡を入れてくれ。」
秘書シャーロット・クインがワトソンの言葉に承知すると、ポケットにしまわれていたスマートフォンを取り出し、ラッセルの番号へと通話をかける。
Prrrrrrr───
Prrrrrrr───
≪The number you have dialed is no longer in service.≫
click……
「申し訳ありません、こちらでも彼は応答しませんでした。」
スマートフォンの通話を閉じ、クインは再び端末をポケットへと戻す。
ワトソンは頭を抱えながらも、ある決断を下した。
「2時間……2時間後にラッセルからの一切の連絡が取れなければ……こちらも最悪な事態を想定し、本部への通達をする。」
キャスターの回る椅子を止め、軽く腰を掛けると、クインに他の部下にもラッセルへ連絡させるようにと、そう伝えるとワトソンは、スマートフォンにて2時間のタイマーをセットした。
クインは迅速にその要望に応え、その場を離れると即座に他の公務員達に声をかけ、ラッセルへの連絡を呼びかけた────
───2時間後───────
「………」
beep─beep──
ワトソンがアラームと見つめあっていると、遂にスマートフォンのアラームが0になり、バイブ音が響き渡った。
ワトソンはアラームを止め、呼び掛けから既に戻っていたクインの方へと、視線を向ける。
「そうですね、こうなったらもう最悪の事態を想定し、本部へと連絡を入れるべきでしょう。」
クインの発言を聞いたワトソンは、聞こえないほどの小さなため息を放ち、長官チャールズ・F・ハワードへと連絡を取ろうとした───
Prrrr──click.
「はい、こちらアメリカ合衆国超常特別対応局本部、長官代理のフランクリン・ロバート・ジョンソンです。
そちらのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ハワードではなく、代理のジョンソンが出てきたことに不信感を抱くワトソンだが、とにかくその前にこの代理人に状況を伝えようと、ワトソンは自身の名を名乗った。
「ワトソン支局長様でしたか、ところで、本日はどのようなご用件で本部までご連絡を?」
ジョンソンの対応に耳を傾けるワトソンだが、やはりそれより先に、ワトソンは長官が不在なことに疑問を抱いていた。
ワトソンは軽く咳を出すと、受話器に口元を近づける。
「はい、用件はあるのですが……それよりまず、なぜハワード長官はそちらにいらっしゃらないのでしょうか?」
ワトソンの一言に、ジョンソンは丁寧に回答を続けた。
「ハワード長官は────」
────同刻 テキサス上空──────
揺れる機内で、張りのある背もたれに腰を委ね、窓の外に広がるテキサスの風景を見下ろしていた。
「ハワード長官……わざわざエコノミーじゃなくても良かったんじゃないですか?
気を養っておくことは重要ですよ。」
リチャードの言葉に、ハワードは電源をオフにしてあるスマートフォンをポケットに直し、上にある送風機を眺めながら応える。
「まぁまぁ、たまには雑踏の中で過ごすのもいいじゃないか。
上空ばかり飛んでちゃ、地面に咲いてる花にも気づけないだろ?
………今上空に居るだろってツッコミはやめろよ?まぁ今の例えが悪いのは認めるが、とにかくたまにはこういうのも悪くないかなって、思っただけさ。」
リチャードは納得したような雰囲気を醸し出し、ハワードとの会話に一区切りを付けた。
現在飛行機はテキサス上空
目的地セントジョージまで残り3時間弱
ワトソンとの連絡が、取れるはずなど無かったのだ。
────同刻 POA ワシントンD.C.支局─────
「…………つまるところ、本部の長官様とその秘書様の御二方が、新しい怪異の調査のため、セントジョージへと向かった……ということで間違いはないでしょうか?」
クインの質問に、ワトソンは受話器を戻し、デスクの上に握り合わされた拳を置いた。
「あぁその通りだクイン……これは、少し面倒なことになったかも知れない。」
ワトソンが拳を握り変えると、顔を上げ再び受話器を手に取り、ダイヤルである場所へと通話を掛ける。
Prrrr────
Prr─click.
「はい、こちらアメリカ合衆国超常特別対応局カリフォルニア州支局、支局長の"サミュエル・ワシントン・ハーバート"です。
ご用件をお答え下さい。」
通話がすぐに繋がると、ワトソンは受話器を口に近づけ、ひとつ息を呑み言葉を発した。
「ハーバート支局長、大変な時にわざわざご連絡をしてしまい申し訳ありません、こちらアメリカ合衆国超常特別対応局ワシントンD.C.支局のジェームズ・ワトソンです。
今回ご連絡頂いたのは、こちらで管轄していたアドルフ・ラッセルと、本部のハワード長官のことでお話があり、通話を掛けさせて頂きました。」
一瞬の沈黙が過ぎ去ると、再び受話器から声が流れる。
「D.C.のワトソン支局長さんですか、それで、アドルフ・ラッセルとハワード長官のこととは、一体どのようなことで?」
ワトソンは再び、『ユタ州でのラッセル失踪』と『ハワード長官の個人調査』この二つについて、ハーバートへと伝えた。
「なるほど……お二人だけで行かれたのですね?」
その質問に、ワトソンはYESと答える。
ハーバートは唖然として慎重な様子で、1秒の時間が経った後、受話器越しに返答が返ってきた。
「要するに……D.C.がこちらに求めるのは、『ユナイテッド・イーグル・エアフォース部隊』の出動ですか?」
ハーバートの問いに、ワトソンは言葉を返す。
「その通りです、通常の軍ではなく、POAに属している貴方の部隊なら、迅速な決断が下さると思いまして……地上の護衛として、飛行機はこちらで───」
ワトソンの話に割り込むように、ハーバートは険しい声で一言添えた。
「許諾しましょう。
本部の状況確認と、一連の手続きの後に部隊を出動させます……イーグル1も、現在こちらに戻ってきていますので、点検の後に出撃可能です。」
受話器を離し、口に含んだ空気を吐き出した。
視線を左右に動かすと、再び受話器を耳に当て、受話器の奥で、何やら別の会話を始めるハーバートに対し、ワトソンが一言声をかけた。
「すみません、ハーバートさん?飛行機の手配についてはどうされますか?」
その言葉を聞いたハーバートは受話器を取ると、電波の奥に居るワトソンへ向け、一言のアンサーを返した。
「彼らは"空軍"ですよ。」
「準備が終わり次第、そちらにも再度折り返しの連絡を入れるので、確認しておいてくださいね。」
ハーバートは受話器を置くと、とある人物に再び通話を繋げる。
Prrr……Prrrrr………Prrrrrrr…click
「アースキン、今どこに居る。」
ハーバートの呼びかけに、アースキンと呼ばれる男性の声が、電話越しに聞こえてくる。
「ハーバート大……支局長!現在は兵舎にて新しく入った訓練生達のことを観察していました。」
支局長からの突然の連絡に、電話越しのアースキンからは、多少の緊張が感じられながらも、ハーバートはアースキンに対し、こう伝えた。
「体を慣らしておいた方がいい、これから多少長い勤務が始まる。」
アースキンは多少声を張り、バーパートへ返事を返すと、ハーバートはブツッと電話を切り、室内に掲げられた空軍ポスターを見つめていた。