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✴︎†Holy † Devil†✴︎  作者: 華美大介
2.アドルフ・ラッセル
5/6

EP.V 人とグールの意地ある戦い

『お前は本気で俺を前方座席に"誘導"した……とでも思っているのか?ならとんだ大馬鹿野郎だな!俺がお前を後部座席に""追い詰めた""んだよマヌケ!』




 するとラッセルは右手に持った、最後の焼夷弾を徐に掲げ見せつけた。


「それはッ────!!」

謎の人物はそれを見るや否や、慌てたようにそれを奪おうとした、ラッセルはそんな彼に一言放つ。


「欲しけりゃくれてやる……だが注意しとくと───

     "スイッチはもう押してある。"」


 ラッセルはそう言いながら、焼夷弾を後部座席へと勢いよく投げつけ、破れた窓ガラスに体を通し、時速70kmで外へと飛び出した。

ラッセルの体は飛び出すなり、風圧に煽られ土の上に受け身で落下した。



「Ow」」

「Ahh」」」

「Ouch」」」

「Oops……あ─痛ってぇ…」


 左肩から地面に叩きつけられ、跳ねるように地を転がったラッセルは、肩を抑えながら、ゆったりと立ち上がった。





ボゴァア──────ンン!!!!!




 ラッセルが肩を抑えながらその場で立ち尽くしていると、少し離れたタクシーが大爆発を起こし、窓ガラスを突き破った炎と煙が勢いよく吐き出される。

 小さくため息を吐いたラッセルは、後ろを振り向きいなくなった運転手を探そうとした、だが、ラッセルは背後から、こちらを睨みつけるような寒い気配にすぐ気づいた。


 またすぐに後ろを振り返ると、炎上するタクシーの横で、何か揺らめくような黒い影が見える。

陽も沈みかけ、空には徐々に明るい星々が、大地に光を灯し始めていた。




 陽が落ちるにつれ、その黒い影は炎との対比でより鮮明に見える。

そして、ラッセルがほんの一瞬目を瞑ったその瞬間、さっきまで数100mは離れていた黒い影が、たった数秒のうちに間合いへと詰め寄られ、ラッセルは咄嗟の判断に身を固めた。

 その影はまるで通り過ぎる風のように、ラッセルの頭部へ拳を振りかざすが、ラッセルも間一髪でその拳を避けることに成功する。

ラッセルを通り過ぎた黒い影は、その場で足を止めた。



「まさかこんなところで会えるなんてな……『シャドープレデター』───ネームドを殺すのは、何気に初めてかもな。」



 そう呟くとラッセルはズボンの下、太ももに取り付けられたストラップから、マチェーテを引き抜き、ズボンの中から取り出す。

 全身に汗と血を滲ませながら、マチェーテをシャドープレデターの方へと構え、息の上がった声で一言呟いた。





『─────来いよ……。』










 力強く痰を絡めたようなその一言に、シャドープレデターも一言応える。



「俺を呼ぶなら…"ボルト"と呼べ。」





 太陽は丘に隠れ地平線の先へと落ちてゆき、辺りは静寂な風が舞い、巻き上がる小さな砂埃の音と、恐怖を煽る暗闇に包まれた……。

タクシーから燃え上がる炎だけが、この場にわずかな灯りをもたらしていた。

 ボルトは羽織っていた黒い布を脱ぎ捨てる。

布はヒラヒラと地面に被さった。

青白い肌は夜の闇に紛れ、鋭く尖った鉤爪は、まるで夜風を切り裂くようだ。



 月明かりと大地を照らす星々の明かりが、向かい合う2人を照らしている。

それはまるで──地球という舞台を、宇宙が照らす壮大なスポットライトのようだ。






「銃を使わないのか?」


 ボルトがニヤけた顔でラッセルに問いかけると、ラッセルはマチェーテのグリップを強く握り、ボルトへとこう返す。



「どうせ避けるだろ。」






 ボルトは腰を屈め、両腕を大きく広げる。

ラッセルはマチェーテを前方に構える。




「うるるるあ!」



 奇声と共に、ボルトは地面を勢いよく蹴り飛ばす。

たった1秒にも満たない間で、ラッセルの至近距離まで近づいたボルト、だが、ボルトは攻撃をせず、右足で体を左へと飛ばしたのだ。

 ラッセルが咄嗟に、マチェーテの刃を体の右に構えると、左に飛んだボルトは、その強靭な脚でラッセルをマチェーテ越しに蹴り飛ばした。



ガンッ!!!



「ohh……」


 ラッセルは吹き飛ばされたことにより、ガードレールへと激突し、その背中に激しい痛みを覚えた。

ガードレールは凹み、支柱が斜めに倒れてしまうほどの衝撃だ。


 そんなラッセルに立ち上がる隙も与えず、ボルトは倒れたラッセルに飛び掛かる。



 空を切り裂く三日月状の鉤爪は、ラッセルの頭部を狙い叩きつけるように振り下ろされた。

だが、刃の長いマチェーテは、振り下ろされた鉤爪をその刃で押さえ込んだ。



 ボルトは指に力を込め、マチェーテを押し返そうとする、ラッセルは目前まで迫った鉤爪を防ぐため、両手で力強く峰を押さえる。




「ヘハハハハ……人の力でいつまで耐えられるかな?」



 ボルトがラッセルに対し呟くと、左手を振り上げ、マチェーテに向かいまた勢いよく振り下ろした。



カキィン!



カキィン!



 ボルトは何度も何度も、マチェーテに対してその鉤爪をぶつけ続けた、段々とラッセルと鉤爪との距離が縮まっていく。

そしてボルトが再び腕を振り上げたその時。


 ラッセルがマチェーテを、ボルトの抑える手を退けるほどの力で思い切り振り上げ、上体を起こし、その刃をボルトの口元へと叩きつけた。

 骨が砕けるような激しい粉砕音が響き、その顎からは、赤黒い血液がダラっと糸を引くように伸びていた。


 ラッセルは怯むボルトを足で蹴り飛ばし、もたれかかる体を立ち上がらせる。

血の付いたマチェーテを握り直し、ラッセルはボルトへとアンサーを返した。



「耐える?違うね、俺がやるのは攻撃だ!」



 ラッセルはガードレールを背にし、ボルトから一時もその目を離さない。

慎重に呼吸を整え、次の一手を模索する。



(正直…アイツが今攻めの姿勢で来られると、こっちもお手上げだ……だがアイツは、こっちの様子を窺っているみたいだ、おそらく、"何か"を警戒しているんだ、そこをどうにか突くしか──俺に勝ち目はない)



 ボルトもラッセルも、まるで星の動きのようにゆっくりと、互いにその場を回るように動いていた。

両者向き合い、一歩も足を譲らない。





「どうした?最高の舞台演出だよな、荒野の中向かい合う敵同士の2人……その2人を照らす宇宙の天然スポットライト…そして背後に燃える大きな炎──────かかってこいよ……"ボルト"」




 薄ら笑いを浮かべるラッセル、それを見たボルトは大きくゆっくりと息を吐いた。

 それは獲物を狙うハイエナのように。

鋭い目つきは夜の影を投写し、時折り月明かりが反射する。

 五指を慣らすように波打たせ、口元からはアンモニアのような刺激臭を放つ。


 ラッセルは唾を飲み、一歩一歩、着実に足を運んでいた。

夜風が2人を撫でる。

赤砂が足元を転がり、バチバチと踏み込む音を鳴らした。





(──ここからは……漢の読み合いだ)



ザッ──!




 ボルトとラッセル、両者が一歩も引かない中、ラッセルは左足を大きく前に踏み入れた。


(さぁ……入ったぞボルト、お前の射程圏内に────)





 ボルトが動くまで、その間1秒弱。

もっと速く反応できただろうが、これはボルトの警戒から遅れたのか、はたまた単に遅れただけなのか……

ボルトは地面を強く蹴り飛ばし、瞬きするより速くラッセルとの距離を詰めた。


「このまま押し倒してやる!」



 叫びと共に、ボルトがラッセルの脇腹に腕を伸ばし入れようとしたその一瞬、ボルトの脳が視界からの情報をインプットするのが、どうやら遅過ぎたようだ。



 気づく頃にはもう遅い。

ボルトの右腕の進行方向には既に、ラッセルの左腕が待っていたと言わんばかりに待ち構えていた。


(いくら脚力が強くとも、一蹴りで移動できる範囲には限界がある……そしてお前は──足を地面につけられないよな、飛び出したから)





""先見""────

それは将来起こる出来事を、あらかじめ事前に見抜くこと、先読みや予見と似た言葉である。




 ラッセルの先見の明は、非力な人間でもたった0.1秒の世界で、ボルトの腕を拘束することに成功した。

 そして、そのままラッセルは右足を掛け、背負い投げのように逆にボルトを押し倒したのだ。





 月の明かりが、ボルトに馬乗りになる、ラッセルの背中を照らした。

 静寂の間もなく、ラッセルは左手を振り上げる。

すると、その左手に握っていたマチェーテを、ボルトの首元に振り下ろした。



バヂュッ!





 硬い筋繊維を砕くように、刃は首へと食い込み、赤黒く粘り気のある血液が、傷口から溢れ出た。


「ングガガガ」



 ボルトは喉を鳴らし、口元に泡を溜めている。

引いて押す……引いて押すを、ラッセルは繰り返していた。

 マチェーテの峰を抑え、硬い首を押し切ろうと、膝を引いては……また強く押し込んだ。


「獲物に首元握られる気分はどうだ??」




 ラッセルはそう吐き捨てると、更に強く、刃を肉に押し込んだ。




「図に乗るなよ……所詮ヒエラルキーでは俺らに踏まれる土台のくせに、調子に乗るなって言ってんだ!!」




 逆上したボルトは、足で肩を押さえられながらも、膝を曲げラッセルの太ももに鉤爪を突き刺した。

食い込んだ肉は弾き戻るように、少量の血が吹き出し、ボルトは更に鉤爪を深く食い込ませる。



「Ahhh!!……ohh────」




 痛みで大きな声を抑えられない、ラッセルは歯を食いしばった。

マチェーテを握る拳がピクピクと震え出す。

 ボルトは更に指先を動かし続ける、返しのようになっている鉤爪は、肉の中で動かすと組織を酷く傷つける。




「ンンッ!」



 ラッセルは歯を食いしばり、うめき声を上げると、叩きつけていたマチェーテを引き離した、傷口からは血が糸を引き、腕に垂れて落ちてくる。

 そしてラッセルは、右手でボルトの額を地面に押し付け、再度振り上げたマチェーテを、もう一度ボルトの首元へと叩きつけた。



グヂャ!


ヌチャ……


グヂャ!


ヌチャ……




 何度も何度も、ラッセルはボルトの首元を叩いた、マチェーテの刃で……鍛治師が鉄を打つように、渾身の力で叩き続けた。

 首の筋繊維は裂け始め、その振動は骨に伝わり、ボルトにとっては脳全体が揺れるような感覚だ。


 頭を押さえつけられ動かない、ボルトがもがく中、ラッセルは更にまた、腕を振り下ろした。

首の血管からは、詰まったパイプのようにドプッと粘り気のある血が溢れ出ている。

 ボルトはラッセルに押さえつけられながら、ラッセルの太ももの中をほじくるように指を掻き回していた。




 ──だがその時、ボルトは右手の鉤爪を、太ももから引き抜いた、丁度その瞬間ラッセルは左腕を振り上げていた。

 ボルトは引き抜いた右手で、振り上げられたラッセルの左腕を鷲掴みにし、血管を押しつぶし、ラッセルの左腕は酷く内出血を起こしてしまう。



 同時に、ボルトは左手も太ももから引き離し、自身の頭を押さえつけていたラッセルの右腕手首を掴み、その剛力な腕力で、ラッセルの両腕を押さえながら無理やり上体を起き上がらせた。



「ハハハハハ!骨を砕かれた経験はあるか?まぁ…お前ならあるかもな、だったら大丈夫だよな。

もし……こうしたとしても!」



 ボルトが口を大きく開け、豪快な笑い声を轟かせた。

そして───





バキバギィ!!!




『『んぅぅぁ!!』』





 激しい破砕音と共に、ラッセルの手首をボルトが握り潰した、更に圧迫された神経は破断され、内出血も起こし手首が段々と青紫色に変色する。

 ラッセルは痛みに押し潰されそうになりながら、ふと拳の力が緩んだ。




 冷ややかな夜の風が、赤砂と共に冷酷にも、ラッセルの太ももの傷に塩を塗るような痛みを与え、それを現実だと知らしめられる。



 その時、ラッセルが自身の唇を強く噛み締めた、口からは血が滲み出るほどに力強く噛み締めている、すると次の瞬間、ラッセルは頭部を振り翳し、上体を起こしたボルトへとヘッドアタックを仕掛けた。


 頭蓋骨同士がぶつかり合い、ボルトは腹の力がほんの一瞬緩む、慌てるようにラッセルの腹を足で蹴り飛ばし、ラッセルは数メートルほど蹴り飛ばされる。

 背中から落下すると、土埃が舞い、ラッセルは体を左に向け起き上がった。

 一方でボルトは、自身の首を押さえながら、のっそりとその場で立ち上がる。






「くせぇ息吐きやがって………ケッ!…口内に芳香剤突っ込むぞ────」




 酷い腐敗臭に混じるアンモニアの刺激臭は、ラッセルの嗅細胞を殺しそうなまでにキツく、一度嗅いだらその匂いを忘れることはないだろう。





 内股で足を振るわせるラッセル。

食いしばる歯の隙間からは、絶え間なく吐息が吐き出されている。

軋むほどに強くグリップを握り、光沢を放つ刃にその顔が照らされた。

 ボルトはそんなラッセルを静かに見つめ、顰めていた口元が大きく広がり、不敵な破顔を見せつけた。


 鋭く尖った歯は、闇の中で見えることもなく、炎の灯りはまるでボルトを避けるように、黒い影に包まれている。

 ラッセルの背中にほんのり……ほんのり微かな暖かみを感じた。





 太ももから血が垂れ落ち、土の道にその血が染みる。

絶え間なく稼働するラッセルの肺、手首に触れる夜風を感じることもできない。


 握りつぶしそうなまでに、力強くマチェーテのグリップを握り締めた。



「ハァ……ハァ………」



 ラッセルは、血の溢れるその足で、地面を擦るように後ろへと下がっていく。

一歩…一歩……


「Mr.CRISIS BOY!!人間の回復速度はたかが知れてる……だが俺は、お前が与えたこの傷も、お前の死体を食えば全て元通りだ。」



 ナメクジのように、ゆっくりと引き下がるラッセル、ボルトはその姿を見つめ、高笑いをしながら、着実に足を前に踏み入れた。



「グールの俺には体力がない……長期戦になればお前は確実に負けていた、そして短期戦でも……俺の体は常人とは比べ物にならないほど硬い、お前も身に染みて理解しているだろ?そして…………この俺からは、逃げることも不可能だ────」



 瞳を見合わせ、引き下がるラッセルに、ボルトは大きくその口を開き、風にあたる喉から声を吐き出した。




『『『この戦いは最初から………勝者の決まった出来レースだったんだよ!""アドルフ・ラッセルゥゥゥ""!!!』』』




 ボルトの叫びは、火を揺らすかのような迫力で、ラッセルにとって、まるで視界が歪むような感覚だ。

 その時ラッセルは、背後に確かな温かさを感じた。

自然と顔から、汗が垂れ落ちる。

血と汗が混じるとき、ラッセルの足が止まった。



「もう逃げ場は?………どこにもなぁぁい。」



 ラッセルの背後に燃え盛るのはタクシーの炎。

炎の手前で、ラッセルはその足を止めた。

飛び散る火花が時折足に当たるも、その瞼を閉じることは決してない。


 暗闇の中炎に照らされ、ラッセルの顔が鮮明に見えた。

汗に塗れ、どんより全身に光沢をつける。

手首は紫色に変色し、血も弾けるように飛び出ていた。

 シャドーのかかったように、炎と闇のコントラストが、ラッセルの汗を黒光りさせる。





「へへへ………」



 ラッセルは深く息を吐き、不敵な笑みを浮かべた。

震えていた表情筋が、笑みと同時にスッとおさまる。





「エンドロールはこれからだぜ。」










 風が止み……砂は落ち………月が雲に隠される。




 静寂の中、ラッセルの言葉に、ボルトは腰を屈めこう呟いた。



「よく分かってるな。」





 その言葉と同時に、ボルトは足に精一杯の力を込め、渾身の力で地面を蹴り飛ばした。

 その時、ラッセルは左足を大きく後ろに倒した、上体は左後ろにのけ反り、太ももの傷から血が吹き出る、ラッセルはその状態で、マチェーテを後ろに振り下ろし、背後の炎を掬い上げるように、再びマチェーテを振り上げる。



 だが……決して及ばない速度には、敵わなかった。




ブチュァ!




 ボルトの両腕は、ラッセルの両胸目掛けて振り下ろされた。

弧を描くように振り下ろされた両手の鉤爪は、ラッセルの両胸に深く突き刺さる。




 ほんのその瞬間────

ボルトは勝ちを確信していた、だが、その慢心と油断が……頭上から迫る刃を見落とすことになった。



グヂ………



 刃は皮膚に軽く、ほんの軽い切り傷を与えた、だがそれで良かった、それがよかった───

ほんの少し……刃に移った炎が、傷口から燃え広がるように………ボルトの頭部に火をつける。



 ラッセルは唾液に混じった血液を吐き出し、血の垂れる口と緩い視線をボルトへと向かた。

 そしてラッセルは、ボルトへとこう言い放った。



『お前は……俺のストーリー最高のヴィランだ………へへへっ……そして、俺のストーリーは─────』



 ボルトは激しい唸り声を響かせながら、ラッセルの胸から腕を離し、足で蹴り飛ばそうとした。

 だがその時……蹴り飛ばされたラッセルは、ボルトの腕を思い切り握りしめ、その勢いは、ボルトとラッセルを共に炎の中へと投げ込んだ。





『『『ウゥウウァァァアアア!!!!』』』






 激しく声を荒げるボルトの叫びは、夜の闇にかき消され、火はあらゆる五感を遮断する。



 風の音も砂の音も……何も聞こえない。

ボルトの視界に映るのは、ラッセルの姿だけ。


 ボルトはラッセルに馬乗りになりながら、炎から出ようとする……しかし、ラッセルの手がそれを阻む。

 ラッセルは、屈託のない笑顔でボルトを見つめていた。


 自身の声が、まるで耳元で囁かれているかのように、鮮明に聞こえる。

 ボルトはラッセルの腕を蹴り飛ばし、炎の外へと這い出ようとする、その時、ラッセルが一言呟いた。



「お前………エンドロール最後まで見ないやつだろ────」



 炎の中で……静かに瞼を閉じるラッセル。

火は風に靡き、空はラッセルの死を弔うかのように、月の明かりが再び地面を照らした。





 炎の中、1人思いにふけていた。

ラッセルの脳内に、走馬灯のように過去の出来事がフラッシュバックする───



 それはまさに、人生のエンドロールと言えるものだろう。



 栄光と転落、再起と最期を迎えたラッセル。

月に見守られながら、ラッセルは静かに、炎の中にて息を引き取った…………







 一方その頃、ボルトは炎の外へと這い出し、苦痛でその場にのたうち回っていた。

全身に炎が周り、肉体は焼け焦げ、空気を通り抜けるような奇怪な嘆きを放つ。


 地面を這いずり移動するボルト、そんなボルトはあることを考えていた。


「み………水だ────」



 ボルトはそう言うと、地面から立ち上がり、炎に塗れながらセントジョージの方向へと、力を込めて疾走した。

 風に火が靡き、その姿はまるで隕石のようだ。



 ボルトが走ると、たった3分の内に15kmの道筋を走り切り、近くのホテルへと窓を破り侵入した。





ピー!ピー!ピー!ピー!





 火災報知器の警報音が、窓の外へと鳴り響く。

ボルトの目の前には、薄桃色のパジャマを着た女性が写る。



「キャー!!Au secours(助けて!!)!!」




 フランス人旅行者の女性は、顔を伏せ大きな声で助けを呼んだ、だが、ボルトはそんな彼女に更に足を近づける。



Arrête!!(やめて!!)Arrête!!(やめて!!)




 そう懇願する女性の首元を掴み、その首を鉤爪で突き刺し、動脈を切断し血の吹き出る女性の遺体に食らいつき、次にボルトは水を求めた。


 ボルトはまず水道に向かい、蛇口を思い切り引っ張り破壊する。水圧で水が噴射され、ボルトはその水で火を消そうとしたが、水道の水程度で全身に広がった火を洗い流せるわけがなかった。

 ボルトが更に火に侵され、全身が震え上がったその時───





ガタン!!



Ça va!?(大丈夫か!?)


 浴室の方から物にぶつかる音が響いた、そしてそれと同時に、男性のような太く大きな叫び声が聞こえる。

 ボルトは浴室の扉を見つめ、駆け走るようにして浴室の扉を勢いよく押し開けた。




Qui est là(誰だ!!)!!」



 風呂上がりの男性と出会したボルトは、男性を強く押し除けるように手で叩き飛ばし、すぐ目の前の熱いバスタブの中へと飛び込んだ。



ザッブ──ン!!






Ouch(いってぇ)……Appelez la( 誰か警察を呼) police!!(んでくれ!!)


 男性は前屈みになりながら、地面に拳を擦りつけ、大きな声で助けを呼んだ。






 浴室には、男性の痛みに悶える唸り声と、換気扇の乾燥音だけが耳に響いた。

 男性は呼吸を荒くし、それでもその場で立ちあがろうとした、壁を頼りにその場に軽く立ち上がると、バスタブにボルトの姿は見えなかった。





A coulé?(沈んだのか?)




 蒸し暑い浴室で、男性は緊張からか……はたまた熱いからなのか、額からは多量の汗が流れ落ちていた。

男性が膝を屈め、腹式呼吸で荒い息を整えようとする───その時。






ザブァアン────!



 バスタブの死角から、お湯に濡れたボルトが姿を現した。

バスタブの中で、全身の水滴が浴室の光を反射する。

 輝くように見えたボルトの身体からは、先程まで燃え盛っていた炎が消失していた。





「んふハハハ………」




 男性が拳を握り締め、再び地面に座り込んだまま、後方へと下がろうとしていた。








「ウハハハハハハ!!!!」





 ボルトは浴槽の中で立ち伏せたまま、はち切れんまでに頬を広げ、ホテル全体に響き渡るような大笑いを披露した。



 すると、ボルトは濡れた足で浴室を脱し、浴室の外へと後退しようとしていた男性の頭頂部を、背後から鷲掴みにする。



「Ahh!!Ahhh!!!Au secours(助けてくれ)!!(!!)……Help!!(助けて!!)Help me!!(助けてくれ!!)…………please(頼む……)────」




 助けを懇願する男性に対し、ボルトは目も向けず、男性の目元に片方の手を回すとその時──



ゴキッ!



 そう鈍い音と同時に、男性は息もせずその場に倒れこんだ。

 男性の首をへし折ったボルト、換気扇の音が鳴り響き、蒸し暑い浴室の中、ボルトが空調の効いた寝室へ戻ると、熱く黒ずんだ自身の腕を見つめた。





「この傷………いつか、貴様を雇っていた組織の血で癒してやる。」





 ボルトは、完全に再生し切れなかった全身の火傷に目を配り、その拳を握り込む。

 拳から血が垂れる中、ホテルの入り口付近から人の話し声が聞こえた。



Vad har (何があった)hänt?(んだ?)


What's (何かあっ)happening?(たんですか?)





「今殺しはよしてやる、命拾いしたな野次馬共。」




 ボルトはそう吐き捨てると、破れた窓ガラスをから、外へと飛び出しその瞬間、ボルトの姿がまるで闇に溶けたかのようにスッと消えていった────





















「「「K・K・K!!K・K・K!!K・K・K!!!」」」



 リングを囲う外野から、団員の盛大なアンコールが施設内に響き渡った。

 血を流し倒れる黒人の男性、そしてその上に被さるように倒れている青白い肌の"グール"────




「『フィニッシュはこれからだ!青腐った生ゴミを焼却してやる!!!』」




 K・K・Kこと、"クリストファー・コング・クラーク"が、そのボディビルダーのような上腕を持ち上げ、リングの外に近づいた。


 すると、外野の1人がリングに近づき、何やらクラークにとある"物"を手渡したようだ。



「「「「フォォオオオ!!!」」」」



 クラークは外野から受け取った"メリケンサック"を拳に付けると、外野の歓声がより一層高く響いた。

 クラークがメリケンサックを付けると、リングの角に腕を置き、ロープを体でバウンドさせる。

沸き立つ外野の声の中。

クラークはメリケンサックを付けた腕を掲げ、大きな雄叫びを高らかと披露した。




「これが俺様のフィニッシュブローだ!!!」




 クラークが声を上げると、リングに跳ね返るように倒れるグールへと接近し、その場で高く飛び上がる。


 掲げられたメリケンサックを、クラークが落下と同時に全体重をかけ、グールの背骨を砕くように叩き付けた。




バゴッン!!




 激しい打撃音と、リングが揺れる衝撃に、外野は何か次を期待しているような様子である。

するとその時、ついにグールにトドメが刺されることとなった。



カチッ。



 クラークがメリケンサックの側面につくスイッチを押すと─────






ボゴン!!!(ババババ)





 爆発音と共に、メリケンサックからは太い針が飛び出し、グールの背中を突き刺した。

 そして……赤黄の火花の散る中、針先から噴出された炎がグールの体内で燃え盛り、のたれ込むグールを背に、クラークはメリケンサックをグールから引き抜き、針先から漏れた煙を息で吹く。

 クラークは両腕を高らかに掲げ、大きな雄叫びを上げた。





「「「「「うぉおおおおおおお!!!!!」」」」」





 釣られた外野も雄叫びを上げ、両手を上に掲げ出す。

 クラークが、掲げた両拳を自身の胸に叩きつけ、リングから降りると、外野の1人がクラークに酒瓶を渡し、クラークはその酒瓶の栓を指圧だけで吹き飛ばした。

 溢れる泡に気にも留めず、瓶口を舌に運び、歩きながら飲み干した。


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