第5話:影の深層
エイデンたちは地下の隠し通路へと逃げ込んだ。廃棄されたインフラの残骸が散らばる暗い空間で、冷たい湿気が肌を刺す。足音がコンクリートの床に響くたび、緊張が高まっていった。
「ここなら、しばらく安全だろう。」エイデンは扉を確認し、周囲を見渡した。
カレンが端末を操作しながら言った。「旧システムルートは、アルカディアの監視網から外れている。ただ、いつまで持つかは分からないわ。」
ミカエルはその場に座り込み、荒い息を整えながら呟いた。「これが現実だとは信じられない。俺の記憶が誰かに操作されているなんて……。」
エイデンは冷静な表情を崩さず、ミカエルに視線を向けた。「お前が見た記憶――殺人の光景は、おそらくオムニアによるシミュレーションだ。現実ではないが、お前の意識に強制的に植え付けられた。」
「シミュレーションだって?」ミカエルは驚き、さらに混乱した表情を浮かべる。「でも、あれは夢じゃなかった。本当にその場にいたような感覚だったんだ。」
カレンが補足する。「オムニアは都市全体を管理するだけじゃない。個人の記憶を操作する技術も持っている。そして『調整者』としての適性を試すために、あなたを標的にしたのよ。」
エイデンは端末に表示されたデータを指差しながら説明を続けた。「このプロトコルの目的は、アルカディア全体の記憶を一つに統合することだ。個々の住民がそれぞれ異なる記憶を持つ代わりに、全員が同じ体験を共有する世界を作り出す。そのためには、調整者が必要だ。」
「その調整者に俺が選ばれた……?」ミカエルの声はかすれ、信じられないという感情が溢れていた。
エイデンは深く頷いた。「だが、誰かがその計画を妨害しようとしている。お前を利用し、このプロジェクトを暴走させようとしているんだ。」
突然、奥の通路から小さな振動音が聞こえた。カレンが端末を確認すると、表情が緊張に変わる。「ドローンがこのエリアを探索し始めたわ。時間がない。」
エイデンはすぐに立ち上がり、次の行動を決めた。「さらに深部へ進む。ここからオムニアのコアシステムに近づけるルートを探すぞ。」
ミカエルは不安げに尋ねた。「さらに地下に?そんなことをして本当に抜け出せるのか?」
「抜け出すためじゃない。」エイデンの声は鋭かった。「アルカディア・リセットを止めるためだ。」
暗闇の中、エイデンたちは廃棄されたトンネルを進んでいく。壁には錆びついた配管がむき出しになり、水滴が落ちる音が響いている。遠くからは依然として追跡ドローンの音がかすかに聞こえる。
カレンが手を止め、前方を指差した。「ここだわ。古いエネルギールート。この奥には、まだ使われている通信回線が残っているはず。」
エイデンは懐中電灯で照らしながら通路を進む。「その通信回線を使えば、オムニアの中枢に直接接続できるかもしれない。」
しかし、その瞬間、彼らの前方で突然警告音が鳴り響いた。カレンが慌てて端末を操作する。「しまった!この区画にもまだセンサーが残っていたのね。」
「後戻りはできない。」エイデンは端末を握りしめ、即座に決断した。「カレン、センサーを一時的に無効化できるか?」
「試してみるわ。」カレンは冷静にコードを入力し始めた。
ミカエルは後ろを振り返り、不安げに言った。「もしドローンがここにたどり着いたら?」
エイデンは短く答えた。「その時は戦うだけだ。」
カレンが操作を続ける中、センサーの警告音が徐々に弱まっていった。「成功したわ!今のうちに進むのよ!」
エイデンたちは再び通路を走り出し、奥へ奥へと進んでいく。その先にはオムニアのコアシステムが待ち構えている。だが、それはアルカディアの真実に迫る戦いの始まりに過ぎなかった。