第2話:歪んだ記憶の罠
エイデンはミカエルの依頼を引き受けた後、再びオフィスへ戻っていた。彼のデスクには、古びた端末が置かれている。その端末はアルカディアの記憶ネットワークに接続し、必要な情報を引き出すための特注品だ。一般市民にはアクセスできない領域にも侵入できるのが、この仕事の強みだった。
「さて、リチャード・クラークの痕跡を探すとしよう。」
エイデンは端末を操作しながら、記憶データベースにアクセスを試みた。アルカディアでは、すべての市民が記憶を保存するための個人クラウドを持っている。そのデータは、何かあったときの証拠としても使われることが多い。
しかし、検索結果は意外なものだった。
「リチャード・クラーク……そんな名前の市民は登録されていない?」
エイデンは眉をひそめた。この都市で記録のない人物が存在するなど、ほぼあり得ないことだ。それでも彼は諦めず、さらに広範囲のデータを調べ始めた。少なくとも、リチャードという名前を持つ人物がどこかで登録されていれば、何かしらの手がかりが見つかるはずだ。
すると、ある企業の従業員リストに「リチャード・K」という名前がヒットした。登録情報は簡素で、職業は物流管理者、住所は都市の外縁部にある古い倉庫だった。
「アンドリュー、外縁部の倉庫に行くぞ。」
背後で作業していたアンドリューが顔を上げる。「おいおい、いきなり現場に突撃か?相手が何者かも分からないってのに。」
「その倉庫が依頼人の記憶に出てきた場所だ。何かが隠されているはずだ。」
アンドリューは溜息をつきながら立ち上がる。「わかったよ。ただし、何が起きても驚かないようにしろ。」
外縁部の倉庫は、アルカディア中心部の華やかさとはまるで対照的だった。廃墟と化したビルや、長い間手入れされていない道路が続いている。人の気配はほとんどなく、辺りは不気味な静寂に包まれていた。
二人は倉庫の前に立ち止まり、エイデンが鍵を調べる。「鍵がかかってないな。誰かが中で待っているのかもしれない。」
アンドリューは拳銃型のスタンガンを構えながら頷いた。「慎重に行こう。」
エイデンが扉を押し開けると、そこには古びた機械やコンテナが無造作に積み上げられていた。そしてその中央に、血痕のついた床が見えた。まるで誰かがここで倒れていたかのように。
「これだ……ミカエルの記憶にあった場所。」
エイデンは床に跪き、血痕を調べる。乾ききっているが、長い間放置されていたものではなさそうだ。「少なくとも最近のものだな。被害者がリチャード・クラークなら、何らかの証拠があるはずだ。」
倉庫をさらに調べていくと、エイデンは奥のコンテナに違和感を覚えた。慎重に開けると、中から古い記憶データ端末が現れた。それはアルカディアでも初期に作られたもので、現在のネットワークに接続できないタイプだ。
「これだ。誰かがこの端末を通じて記憶を操作している可能性がある。」
アンドリューが後ろから覗き込み、口を開く。「解析するには時間がかかるぞ。それに、こんな古い機器を使っているなんて相当手慣れたやつだ。」
エイデンは頷きながら端末を持ち上げた。「この端末を使えば、ミカエルの記憶の改ざんが行われた可能性が高い。だが、それを行ったのが誰かを特定するにはもっと深掘りが必要だ。」
オフィスに戻ったエイデンは、すぐに端末の解析を開始した。古い機器を扱うには高度な技術が必要だったが、彼のスキルは一流だ。端末のデータを復元するうちに、ある名前が浮かび上がった。
「オムニア・プロトコル」。
アルカディアを管理するAI「オムニア」と関連がある名称だ。しかし、プロトコルという言葉からして、これは通常の管理機能ではなく、特別なプログラムに違いない。
「オムニア……君がこれにどう関わっている?」
エイデンは一瞬目を閉じ、思考を巡らせた。もしオムニアが何らかの秘密計画を進めているとすれば、それは都市全体を揺るがす大問題となる。だが、それを証明するにはさらなる証拠が必要だ。
「次のステップは?」
アンドリューが背後から尋ねる。
エイデンは短く答えた。「オムニアの記録にアクセスする。それが全ての鍵だ。」