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第1話:記憶の曖昧な境界


アルカディアの朝は静寂の中で始まる。人工太陽が雲一つない空を染め、都市全体を明るく照らす。どこを見渡しても整然とした高層ビル群が広がり、街はまるで精密に計算された機械のように動いていた。ここでは人々の生活がすべてデジタル化され、記憶すらもクラウド上に保存されている。誰もが過去を美化し、望む形に改変できる社会。それが「アルカディア」だった。


記憶探偵のエイデン・ヴァレンスは、いつものようにオフィスでコーヒーを飲みながら、次の依頼を待っていた。オフィスの窓から見える景色は、薄青い空にそびえ立つビル群。そのどれもが同じように見え、個性を感じさせない。


「おい、エイデン。新しい依頼だ。」


相棒であり情報収集専門のアンドリューがタブレットを差し出す。エイデンはそれを受け取り、内容を一瞥した。依頼人の名前はミカエル・ハドリー。巨大企業「ネクサス・グローバル」の幹部である。依頼内容は、一見するとシンプルだった。


自分が犯したという記憶のある殺人が、事実か否かを調べてほしい。


エイデンは眉をひそめた。「事実かどうかを確認したい?」この手の依頼は珍しいが、記憶の改ざんが当たり前になった世界では、それもあり得る話だ。自分の記憶すら信用できなくなった時、人は何を信じるべきなのか。エイデンは苦い笑みを浮かべる。


「依頼内容は重いが、悪くない仕事だな。」


アンドリューが口元をゆがめて笑う。「ネクサス・グローバルが絡むってことは、大金が動くぞ。だが同時に、問題も厄介だ。依頼人の記憶を操作したのが誰なのか、それとも彼自身が嘘をついているのか。どっちにしても掘り下げる価値はある。」


エイデンはコートを羽織り、タブレットを手にした。「ミカエルのオフィスに向かう。彼の記憶の断片を集めてみよう。」


ネクサス・グローバルの本社は、アルカディアの中心部に位置していた。そのビルは他の建物と違い、反射するガラスで覆われた外観が目を引く。エイデンが受付を通り抜けると、警備ロボットが無表情に動きながら彼を案内した。


「こちらへどうぞ。」


エイデンは無言でロボットの後をついていく。数分後、広々とした会議室に通されると、そこには40代半ばの男が座っていた。彼こそが依頼人、ミカエル・ハドリーだ。短く整えられた髪と鋭い目つきが、彼のビジネスマンとしての冷静さを物語っている。


「ヴァレンス氏か。来てくれて感謝する。」


「時間は貴重ですからね、さっそく話を伺いましょう。」


エイデンが椅子に腰を下ろすと、ミカエルは深い溜息をつき、静かに語り始めた。


「3日前、私はある夢を見ました。それは単なる夢ではなく、非常にリアルなものでした。私がある男性を殺害する光景です。その場面が鮮明に蘇り、目が覚めた後もその記憶が頭から離れない。」


「それは、ただの夢ではなく、記憶として再生されていると?」


ミカエルはうなずいた。「夢と記憶の境界が曖昧になることは珍しくない。だが、この記憶はあまりにも詳細で、作り物とは思えない。だが実際にそんな事件があったのかどうかは確認できない。」


エイデンは一瞬考え込み、質問を続けた。「では、その夢の中で被害者の名前や場所を覚えていますか?」


「被害者の名前は確か、リチャード・クラーク。場所は……古い倉庫のようなところだった。」


エイデンはその情報をメモし、次に進む。「リチャード・クラークという人物に心当たりは?」


「いや、全くない。だが、奇妙なことに、この名前を聞いた瞬間、何かを思い出しそうになるんだ。」


その後、エイデンはミカエルの記憶データをスキャンするため、彼の頭に特殊なデバイスを装着した。このデバイスは、クラウドに保存された記憶の断片を視覚的に再現することができる。スキャンが始まると、部屋の中にホログラムが浮かび上がり、ミカエルの記憶の一部が映し出された。


そこに映っていたのは、確かにミカエルが言った通りの光景だった。薄暗い倉庫で、一人の男が血を流して倒れている。その隣で立ち尽くすミカエル。しかし、記憶の再生が進むにつれ、ある異変が生じた。


突然、記憶の映像がノイズに変わり、再生が止まる。まるで誰かが意図的に記憶を改ざんしたかのように。


「どうやら、誰かがこの記憶に干渉しているようだ。」


エイデンの言葉にミカエルの顔がこわばる。「それは一体どういうことだ?」


「あなたの記憶は不完全です。そして、この不完全さを利用して、誰かがあなたを罠にかけようとしている可能性がある。」


エイデンは立ち上がり、窓の外を見つめた。その瞳には、この都市が抱える深い闇が映っていた。


「ミカエル、真実を突き止めるためには、さらに掘り下げる必要があります。あなたが誰かに操られているのか、それとも自分自身が真実を隠しているのか。それを明らかにするのが私の仕事だ。」


ミカエルはうなずき、覚悟を決めたように口を開く。「頼む、真実を見つけてくれ。」


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