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「何も変わっていない気がするのだが?」
「通常の繋がりを太い綱だとしたら、今は蜘蛛の糸程度のギリギリな繋がりで試してみた。リコの精神にはほとんど影響が出ないといいと思ったけどどう?」
「……分からない。変化があるのかが分からない」
「じゃあ成功?」
「かかっていないという可能性はないのか?」
カイルは笑うと、「そんなの試せばいい」と言った。「絶対やらなそうなことでな」とも。
「リコ、聞け。リコ……聞くんだ……俺の命を聞け」
リコは見た目からは分からないが、催眠状態にでもなったかのようにカイルの次の言葉を待った。主の指示を待つ忠犬のようにその目を見つめる。
「リコ。俺にキスを」
言われた途端、すっとリコの両手がカイルの背に回った。
いつもなら「何を馬鹿な事を」と怒っただろう。
青年の大柄な体躯は、小柄なリコが抱きしめるには少々尺が足りないらしく、一生懸命背中に手を伸ばしてくる。
命令を遂行しようとする必死な仕草が可愛くて、カイルもリコの背に腕を回すと静かに笑った。
背を伸ばし、目を閉じて唇を寄せようとする姿はとても魅力的だが、カイルが屈まなければ届かない。
いつまでも到達せずに踵を上げたままのリコに、ついにカイルは笑い声をあげた。
「ククッ……リコ、成功してるぞ? 今何をしてるんだ?」
「何をって……キスを……ひゃあ、なぜ!?」
「“ひゃあ”だって。気張ってない方が可愛いのにリコは」
「待て、私はその、事後か?」
「事前だよ。それともこれから事後にするか? 俺は大歓迎だ」
彼女は赤くなったようだった。
玉座での初対面時からは想像できないような表情を見ることが出来て、カイルの中に満足感が湧いた。
あのままもう一度唇を重ねて欲しかったのが本音だが。
命令に便乗してしまうのはちょっとずるいし、欲しいものとは少し違うだろう。
「精神にほとんど影響出さないでテイムできてる。これでいいか?」
テイムされるのだから、ある程度自分の意志が削がれてしまうことは覚悟していた。
だけどカイルはそこに配慮して、非常に難しい技を見せてくれたようだった。
「いいも何も……こんな優れた技があるものなのだな」
「初日に追い返さなくてよかっただろ?」
「まあ結果としてはそうだな」
「素直じゃないなぁ」
リコは小さく微笑むと、カイルの協力と配慮に対し「ありがとう」と言った。
そんなリコの肩を叩くと、カイルは「約束する」と言った。
「リコの覚悟はよく分かった。俺も人間界側で出来る事は協力しよう。それじゃあ……世話になったな」
そう言うとカイルは背を向け歩き出した。
「勇者よ」
カイルが無言で振り向く。
「また会おう」
「カイルだ。勇者じゃない、カイル」
「カイル、また会おう、いつか必ず」
彼は片手をあげて応えると、ダンジョンの薄闇へと消えていった。
リコは姿が消え、気配が完全に無くなっても、しばらくその場から離れることが出来なかった。




