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「立てないのか?」


「ん? ああ、いや、足が綺麗だなって思ってた」


 カイルの傍に立っていたリコは足元を見た。

 ドレスに入った長いスリットからは、剥き出しの足がのぞいている。


「貴様……」


 動けない相手を殴ったのはこれが初めてだった。


「こいつをダンジョンに追い出せ! 二度とこの地を踏むな!」


「待てよ、待てって。一個、一個だけ有益な情報がある」


「知らん! 今すぐ帰れ!」


「いいから! まあ聞けよ!」


「早く言え!」


 カイルはゆっくり立ち上がり、頭上を指差した。


「上? 空か? それがどうした」


「月だよ」


「だからそれがどうした」


「真っ白だろ? 人間界だともう少し青っぽく見える」


「……? 何が言いたい?」


「フィールド展開」


 カイルがそう言った途端、体……ではなく、もっと内面的な何かが地面に引っ張られるような抗いがたい感覚が体の自由を奪った。

 強く惹かれる方向を探すと、地面ではなくそれはカイルに繋がっている。


「なに、を、した?」


「なんだと思う? 今俺に意味不明なこと言われて、ちょっとだけ心に隙が出来たろ?」


「やめ、や、めろ」


 リコが頭を振る。それでも払えず、剣に手を伸ばした。

 切るべきは自分。そうしなければ正気に戻れない。このまま渦のように意識が吸い込まれてしまう気がする。


 柄をなんとか握り、カチャリと鞘から刀身が少し出た。

 そのまま抜こうとした剣を、カイルの手で押さえられる。


「意識が飛びそうか? 剣なんかで正気に戻そうとするなよ。綺麗なカラダに傷つける気だろ」


 頭上のカイルを見上げた。

 その緑青色の目を見た時、意識が暗転しかけた。


 だめだ、戻ってこい。

 私が堕ちれば、ここにいる全員が堕ちる。


 カイルの頭上にある満月を見つけた。

 あえて意識をそちらに集中させる。


 月だ。今日は綺麗な満月。

 満月の日は北の地イシャスでは日頃の健やかな生活を感謝する日らしい。

 エルフの集落でも神木に特別な酒を捧げる日。

 ダンジョンが変形するのも満月の日であることが多い。

 東……東の、東の海では満月の日――


「っはああ。やっぱ魔王は流石に無理か……もしかして出来るんじゃないかと思ったけど」


 急にリコの精神が軽くなった。

 今のはなんだったのか。

 額から一筋汗が流れる感覚があった。


「もしかして今私をテイムしようとしたのか?」


「すまん、支配しようとしたわけじゃないがどうしても一度だけ腕を試してみたくて。俺がここに来た本当の理由は二つ。一つはここに来ないといけない気がしたから。もう一つは、魔王ってやつをテイムしてみたかった。やっぱ無理だったけどな」


「いや……危ないところだった気がする……エルヴィン――おいエルヴィン……エルヴィン?」


 ライオンの獣人で側近のエルヴィンの様子がおかしい。

 リコの声に反応しない。

 いつも眼光鋭い彼は、ぼうっとカイルを見ている。

 

 リコが他の家臣を見ると、皆して同じ状態だった。


「あ……重ねてすまん、他は支配下に置いちまったみたいだ」


 カイルが呑気に「解散」と言うと、彼らは元に戻った。


「そもそもヒトをテイムしようなどと……しかも複数同時に。どういう力をしているのだお前は」


「魔王様も驚いてくれるのか。あー、もう二度とやらないから安心してくれ。この一回だけ。リコは油断させたらいけそうな気もするなぁ」


 そう言うとカイルはニカっと笑った。

 

 自分への軽率な扱いも、対等に渡り合う剣も、テイムされる感覚もこの屈託のない笑顔も、リコには新鮮だった。

 肩肘を張っているのが急に馬鹿らしくなった。

 あれほど追い返したかった相手に興味が沸いてしまった。


「目的を果たしたらすぐ帰るのか?」


「まさか。せっかく来たのにもったいねぇ」


「ならば案内をしてやろう。少しお前とも話してみたくなった」


 そうして過ごすこと1か月。

 カイルは次の満月が訪れた夜、ついに魔力濃度が限界に達し倒れた。

 普通の人間ならあり得ない滞在期間だ。


 リコが彼を介抱した翌日、ダンジョンで別れを告げる。

 しかし別れの挨拶の寸前、リコは意外な申し出をした。

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