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「名は?」
「カイル」
恐れも迷いもないまっすぐな鋼のような声だった。
「私はリコ。迷宮の守り人でここカラプティアの魔王。今は他の国も預かっているが……勇者よ、なぜここへ?」
リコは答えに期待した。
どんな役目を背負い、どんな協力を申し出てくれるのかと。
協力までいかずとも、何か自分の知らない情報を持っているのではないかと。
だが青年の返事は拍子抜けするものだった。
「分からない。分からないから来た。ここへ来なければ何も始まらない。そんな気がしたからだ」
「そう……なのか……? 何か、何か課せられた使命はないのか? 他に勇者はいないか? なぜ魔王が私しかいないのか、なぜ――」
まくしたてるようなリコの言い方に面食らったのか、カイルはとても不思議そうな顔をしていた。
リコの熱が急に冷めていくような気がした。
「……すまない。勇者という存在に初めて会い、少なからず取り乱していたようだ」
「俺が勇者であるのに気づいたのは二年前だ。このナイフをダンジョンで発見し手に取ったとき、いくつか思い出したことがあった。勇者であること。魔王は人間界で言われているような存在ではなく勇者と対になるもの。何かの役割があるらしいこと……だけど全てが曖昧で、そんな気がすると言う程度だ。俺は自分が何者で、なんでここに来たくなったのか明確に説明出来ない」
まさか、まさか勇者が何も知らないとは。
その可能性は考えていなかった。
がっかりという言葉では足りない。リコの中に絶望に似た気持ちが芽生えた。
「では来てどうするつもりだったのだ……?」
「人間界では魔王はいつかダンジョンを抜け人間を取り戻しに来ると言われている。そして“勇者”という存在にやたら希望を抱いている。別に俺は人間界の救世主になりたいわけじゃないが、仮にお前が人間の信じる通り奪還の意志を有するなら、俺はここへ来たついでにお前を倒す」
リコは冷めた目でカイルを見ていたが、自分を倒すと聞いて鼻で笑った。
二年前に勇者を自覚したばかりの小僧に、一四一歳――人間換算で二十代半ばの自分が戦って負けるわけがない。
勇者の能力がどれほどのものか知らないが、魔王にも凡人とはかけ離れた能力がコアより与えられている。
「言っておくが人間よ。私に奪還の意志はない。だが二年前に勇者の自覚をしたばかりのお前に私を倒せるのか? ダンジョンの中には強いモンスターもいたはずだからそれなりの力はあるようだが」
「隷属だ」
「は?」
「スレイヴ。テイムならわかるか? ケンタウロスの軍団には難しかったが」
リコがカイルの背後に並んだケンタウロスの警備隊を見る。
中の一人が気まずそうな顔をして俯いた。
「それでも一人テイムしたのか?」
「おかげで他が手を引いてくれたから助かった」
リコがカイルをまじまじと見た。
レリックを持てたので勇者であることは本当だろうが、ぽっと出の勇者にそんなことが可能なのだろうか。どんな優秀なテイマーでさえ人語を話すモンスターはテイムできない。ましてやリコ直下の兵をテイムするなどあり得ない。




