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「レリックはどれも手に馴染むがこれは俺が持ってきた大剣よりずっといいな。それに……」
リコはサーベルを受け取るが、カイルがいつまでたっても次の言葉を続けないので不思議な顔をする。
「……いや、なんでもない」
「もしかして“きっかけ”でもあったか?」
カイルは少しだけリコの手の中のサーベルを見つめると「かも?」と曖昧な返事をした。
「イェディル。このサーベル、カイルに譲っても構わぬか?」
「なにをおっしゃいますか……」
「そりゃ受け取れねえよ。大事なもんだろ?」
「当たり前だ。レリックは時折ダンジョンに現われるとは言え、そのサーベル自体に我々イシャスの者は特別な想いがある」
狼の獣人は鋭い視線でカイルを見た。
並の人間なら命が終わったと思うかもしれない強い視線。
だがそこに食い下がったのは珍しいことにリコだった。
「ではしばらくカイルに貸し与えることは出来ないか」
「リコ様……なぜそんなに拘るのです?」
「すまない。勇者はコアの記憶が曖昧なんだ。きっかけがあれば思い出せるのなら、カイルにしばらく持たせておきたい」
「俺は別にいい」
「よくない。もしきっかけになるのなら私もその先が気になる。しばらく預かり、何も感じないようなら返却する。それではだめか?」
リコはカイルではなくイェディルに向かって聞いた。
たった一人しかいない魔王にそう言われて駄目とは言えない。
イェディルも「仕方ないですな」と言うしかなかった。
「本来リコ様に持っていて頂きたいものだ。勇者よ、何もなければリコ様に必ず返せ」
リコが右手に持ったサーベルをそのままカイルに返す。
カイルはイェディルに敬意を払い、改めて両手で恭しく受け取ると彼に一礼した。
「お預かりする」
「うむ」
カイルは「その代わり」と言うと腰のベルトからナイフを鞘ごと外した。
「これは俺が初めてダンジョンで見つけたレリックだ。十六の時これを手にして己が何者か思い出した。俺にとっては特別な物だ。これを預ける」
「いいだろう」
今度はイェディルが一礼し、持てない彼の代わりにリコが受け取った。
中庭に流れた少しばかり重たい空気は、使用人の「昼餐のご用意が出来ております」という声で散った。
「行こうカイル」
リコに言われ動こうとした時、カイルがなぜか自分の服装を見た。
「昼餐てよ、まさか正装しろとかないよな」
昼食と言われたら「飯だ」としか思わなかったが、わざわざ「昼餐」と言われれば正装も必要な正式な昼食会の印象がある。
それを想像したカイルは既に嫌そうな顔をしていた。
「そんな堅苦しいことを要求するわけないだろう。まあ見てみたい気も――」
一瞬カラプティア風の正装を思い浮かべる。
エルフが好む優雅で軽やかなローブ姿。ないな、と思った。
「――しないな。似合う気がしない」
「言ったな、馬子にも衣裳って知らないのか。惚れるぞ」
カイルがわざとらしく髪を後ろに撫でつけ流し目をして寄越す。
上背もあり野性的な顔立ちは甘さは含んでいないがそれなりに整っており、所用で冒険者ギルドに行けば女性パーティから声をかけられることもある。らしい。
そんな表情をすれば六割程度の女性はついつい釣られてしまう。かもしれない。
「その言葉は自分で言うものではないだろう」
リコは六割と残りの三割どちらだったのかはわからないが、そう言って笑った。
案内されたダイニングで食前酒を楽しむ間に、人間界では珍しい料理が並んで行く。残念ながらナッツの魔王とレーズンの勇者を見ることはできなかったが、今日はリコも寝ることなくきちんとカイルをもてなした。
食事も終わりしばしく過去の思い出話をした後、カイルはケンタウロスの警備隊と共にダンジョンへ向かった。ニーナのカラスは初めての真層界の空を楽しんだ後きちんとカイルの肩に戻った。
今日は自分の馬に乗り、リコも見送りのために隣を行く。
馬だとすぐに到着してしまい、彼女はケンタウロスを門で待機させダンジョンを少し入った所まで見送った。




