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「俺は前の戦いは知らないからな。先王は思慮深い一方で気性も荒いお方だったらしく、周辺の小競り合いを平定した後はよくあのサーベルで臣下と手合わせしていたらしい。ずっと愛用されていたのに、最期は置いて行かれたそうだ」
「人間が使うのを嫌だとは思わないのか?」
「あまりいい気はしないが持てる時点で資格があると言うこと。感傷だけで物を言うわけにもいくまい」
「それならなぜ寄贈した。イシャスはあまりリコ様に対し友好的とも言えぬではないか」
「リコ様はいつもどこか不安を抱いているお方だ。先王はわざわざ置いて行かれたのだ。所縁の品が不安を払拭する縁になればいいと思った」
その時ひと際大きな金属音が響くと、その所縁の品が宙を舞うところだった。
「やっべ」
勝利を確信したリコが一気に距離を詰める。
だがガキンと重い音をさせると、カイルはリボンまであと指一本という距離でリコの切っ先を腰にあったナイフで受け止めた。
「卑怯だぞ」
「これも一応短“剣”だ」
カイルはニッと笑うとリコの剣を押し返し、落ちて来たサーベルをキャッチした。
一瞬油断したリコの剣はカイルの手に戻ったサーベルによって簡単に払われてしまった。
「あ……!」
「もらったな」
剣を構え直す前にサーベルがリコの胸元のリボンを切り裂いた。
女官のえんじ色のリボンはリコのドレスを傷つけることなく二つに分かれ、はらりと地面に落ちた。
おぉおおおお!
歓声が上がり、エルヴィンが「勝負あり」と叫んだ。
悔しそうな顔をするリコの前で、カイルはどさりと倒れた。
「うへぇ、疲れた。人間には真層界はキツすぎるって」
「そうか、失念していた。お前はここで戦うというだけでハンデがあるのだったな」
「雪辱晴らしたぞ……」
「少々卑怯だったがな」
「作戦勝ちって言うんだよ」
「ああ、よく戦った」
リコは手を差し出し「立てるか?」と聞いたが、カイルは荒い息をつきながら「まだ」と答えた。
大の字になってしまったカイルの隣にリコも腰を降ろす。少し懐かしい光景だと思いつつ。
見物客と化していた家臣たちは持ち場に戻り、エルヴィンとイェディルだけが残った。
「お前は前回そうやって寝ころんだまま随分と失敬な事を言っていたな」
「どうだったっけなあ。無抵抗な俺を殴る魔王サマがいたから忘れたな」
「あれはお前が悪い」
「そうだな、綺麗なのは足だけじゃないもんな」
じろりとリコが睨み、エルヴィンも睨みを利かせた。
この男はまだそうやって性懲りもない事を言っているのか。
人間界でリコ様をどう扱っているのやら。
そうやって数分空を流れる雲を見送った後、カイルは大きく息を吐き出して起き上がった。
鞘にサーベルを収めリコに返す。




