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「こんな状態でもお前は綺麗だな」
森の住人であるエルフは雪も似合うと思った。
そもそも色素が薄く、エルフ自体が雪のように美しく儚い。
魔力も高く長命種であると言うのに、雪と一緒に溶けてしまいそうな儚さがあるのは何故なのだろうか。
良く知るエルフがどこか掴み所のない部分があるからそう思うのだろうか。
「お前は孤独じゃない。俺がいる」
離れていた十五年間もずっと繋がる糸を通して伝えていたつもりだが、いつになったら届くのやら。
その時、腕の中でリコが小さく身じろぎした。
そして大きく息を吐き出すと、ずっと伏せられていたまつ毛が上がった。
月光が照らす雪原のような瞳がカイルを捉えた。
「ほら、ちゃんと来てくれた」
力無くそう呟き、厚い手袋のリコの手がカイルの頬に伸びる。
お互いが生きていることを確認するかのように彼の髭面をひと撫ですると、ゆっくりと降りて行った。
「そりゃあ救助隊だからな。どこにだって助けに行く」
「こんなクレバスの底にまで……お前は私の勇者だな」
「十五年前からそうだ。知らなかったか?」
カイルが笑えば、リコもほんのり笑った。
「喉が渇いた」
「今あったかいの淹れてやる」
カイルが焚火で湯を沸かす間、毛布にくるまったリコは自分に寄りそう狼を不思議そうに見た。
「私には懐かないくせに」
「俺はリーダーだからな」
そう言ってカイルが手を差し出すと、丸まっていた狼はちょこんと顎を乗せた。そのまま撫でてやると目を細めた。
「納得いかない。本来なら私の方が彼らに近い存在ではないか」
「そうは言ってもなあ」
「私も撫でたい」
「おう、いいぞ」
「お前じゃないっ」
わざと目の前に突き出して来たカイルの頭をどけると、手袋を外した手をそっと狼に伸ばした。
狼はリコを一瞥したものの、そのまま触らせてくれた。
「もふもふだな…」
「リコは案外もふもふ好きだよな」
カイルの言葉には返事をせずそのまま気の済むまで撫でていても狼が文句を言うことはなかった。
「カイル」
「ん?」
「来てくれてありがとう」
「一人残してごめんな」
「お前が繋がりを強化してくれたのはわかった。独りじゃなかった」
「それはいつもの孤独感を埋められたってことか?」
「……そうかもしれないな」
カイルは「光栄だ」と言うと寒い日によく飲まれる体を温める効果のあるジンジャーとハーブのお茶を差し出した。
リコがそれを受け取り、ゆっくり体に流し込んでいく。
さらに差し出されたビスケットをかじると、また眠くなってきた。
「どうせまだ吹雪が止まない。朝まで寝てろ」
「そうさせてもらう……もらうけど、繋がりはもう元に戻してもらえるか。太くしているよな? なんかこう、服従したい気持ちになってきて落ち着かない」
「もうとっくに戻してるぞ?」
「え? そんな……じゃあなんで服従なんて……」
「戻していても従いたいなんてなあ。長い事繋がっていて俺に服従心でも目覚めたか?」
「いや……本当に? 本当に戻したのか?」
カイルが段々ニヤけてくる。
そして声を上げて笑った。
間違いなくリコで遊んでいる。
「貴様……」
ケラケラ笑うカイルが「今戻した」と言ってまた笑った。
リコも服従心が消え、同時に魔力と安心感が遠ざかったのを感じた。
安心感まで遠ざからなくてもよかったのだが。
だがそれなら直接的に得る方法がある。
リコは一人毛布に包まると、やっと笑いの収まったカイルの胸にドンと背中を預けた。
「お、なんだ? 珍しいな」
「罰だ。朝までお前で暖を取る」
ふてくされたようにそう言うと、リコの目論見通り毛布と一緒に力強い腕が優しく包み込んでくれた。
ここは安心する。
また真層界での暮らしに戻ったとしたら、この安心感はどこで得れば良いのだろう。
ふと脳裏に温かなオレンジの光が浮かんだ。
それが何の光景だったか思い出そうとするうちに眠気が強まってくる。
リコは頭上で微笑むような気配を感じると、また眠りに落ちていった。




