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「私が行く。下で準備が出来たらジェイソンのロープを切ってやってくれ」
「リコ……」
「早くしろ。死体は増やしたくない」
「分かった」
リコにロープを付け、その先をビー玉ほどの小さなオーブが内臓された特殊な杭に結びつけると雪に突き刺した。
オーブの魔法が反応し、根を張るように深々と支えた。
リーアム用にも同じことをして自分の腰に付けると、それをリコに渡した。
リコはそのロープも腰に付けると、クレバスの隙間に体を滑り込ませる。
下の足場までは挟まったまま滑り落ちて行ける幅だった。
恐らくリーアムも同じ方法で降りようとしたのだろうが、そこだけ空間が開いているので降りようとして崩れたのだろう。
「リコ」
「心配するな。私を誰だと思っている?」
リコが己の立場を誇示したことはない。
いつもカイルがするような自慢げな顔を、今日はリコがカイルに見せた。
邪魔なショートソードを外しカイルに預ける。
「行ってくる」
するりと隙間に足を滑り込ませると、そのままあっという間に足場まで降りてしまった。
足場は狭いが地盤はしっかりしているらしく、リコが乗ったくらいではなんの問題もなさそうだった。足場から下は少し広くなっていて、底には雪が溜まっているのか僅かに銀の光が見えた。
「水晶の花か」
降りてわかった。
ぶら下がるリーアムの前にはすぐ手が届く所に水晶の花が咲いている。
これがなければ彼らの目的は果たせない。
万能薬と言われるこの花は人間の難病を癒す力を秘めている。
恐らくこれを待つ危篤の人間がいるのだろう。
これのために一人犠牲になっているのだ。
リコはぶら下がるリーアムの腰から素早く採取用の専用ケースを取り上げるとそっと花を採取した。ケースに収め、またベルトに戻す。続いてカイルに繋がるロープを足場の目の前のリーアムにも装備していく。軽く引っ張るときちんとカイルにも繋がれていることが確認できた。
「カイル! リーアムの準備が出来たぞ!」
「わかった、支えてやってくれ。ジェイソン、切るぞ」
リコのショートソードを一振りすると、ずっと仲間を支え続けていた命綱が切れた。
リコがリーアムの体を揺れないように支え、ロープを切ったカイルはすぐさまそれを支えた。
重みがカイルに移り、解放されたジェイソンはゆっくりと匍匐のまま下がった。
これで助かる。安堵に顔を上げた時、仲間のロープを支えるカイルの後ろに今一番見たくない大きな影が見えた。
狼たちが一斉に吠える。
「カイル隊長! 後ろにイエティだ!」
「クッソこんな時に」
イエティは雪山に棲む大男、と言うよりヒヒに近いものがある。
カイルの五倍近い巨体。
腕を振っただけで人間はスイカみたいに弾ける。
獰猛という訳ではなくただ通り過ぎるだけということもあるが、好奇心旺盛で少々頭が弱い。
テイムフィールドを展開したいところだが、今それをやると気絶しているリーアムの精神にどんな影響があるかわからなかった。
辛うじて彼の命を繋ぎ止めている場合、それが一時的に断たれてしまうことだってあり得る。
何をしに来たのかはわからないが、あの巨体がここに来るだけでも大迷惑。
ここは急いでリーアムを引き上げるしかない。
カイルの身長で三つ分下にいるリーアムを全力で引き上げようとすると、ただでさえ疲弊しているであろうジェイソンが向かい側から力を増強する補助魔法をかけてくれた。
ロープの重みが少し軽くなり、カイルは一気に引き上げる。
狼たちは気を引こうと離れた所でイエティに吠えたてるが、イエティの興味は別の所にあるようだった。
「よし、リーアムは引き上げたぞ! 息はある」
そう言って後ろを振り返る。リコのロープを留める杭が発する魔法の光が気になるのか、イエティはそちらに一直線に向かっていた。
リーアムのロープを外し、急いでリコのロープに手を伸ばす。
「ウッホ」
やたら低いゴリラのような声を上げると、イエティは杭を取り上げた。
張り巡らせた根っこが簡単に引き抜かれ、リコの体が一瞬引き上げられ、次の瞬間ガクンと落ちた。
イエティが杭からロープを引き千切ってしまったのだ。
杭を光る玩具とでも思ったのか、もう一本リーアムの分も引き抜くと喜んでいるかのような声をあげ、のしのしと山に帰って行った。
欲しい物が手に入り満足したらしい。
だがクレバスに落ちて行くロープを必死に捕まえたカイルはギリギリの所でリコを支えていた。




