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「ちゃんとテイムしたか確認するか?」
リコは十五年前に初めてテイムされた時の内容を思い出し急に身を離した。
「しなくても分かる。きちんとされている!」
「なんだ。惜しいな」
カイルは大して惜しくもなさそうにそう言うと、喉の奥で笑いながらリコを降ろした。
髪を一度だけそっと撫でると、そのままシャワールームへ行ってしまった。
残ったリコは一人もう一度繋がりを確認する。
さっきまで途切れていた魔力が微量だが流れている。
もう少しじっくり探ってみると、そこに一緒に流れてくる何かを感じた。
それがきっと断たれて不安になったものの正体。
リコはもう一つの力をなんと表現したらいいのかわからなかったが、もし誰かに共有できたのなら「これは愛情だよ」と教えてくれたかもしれない。
遠く離れていた十五年絶えず流れていたそれは、本人の気づかない間に心の支えとなっていた。
途切れて初めて気づいた彼女の孤独感を和らげる魔法。
テイムした当初からカイルが少しずつ流していたそれは、溺れた中で縋る藁よりずっと確かな存在になっていた。
心が満たされたからだろうか。
リビングのソファに身を沈めほっとした瞬間、盛大にお腹が鳴った。
リコは自分で笑ってしまった。
その笑い声にカイルの笑い声が重なり、びっくりして振り向く。
彼はタオルで頭を拭きながらくつくつ笑っていた。
「腹減ったな。キャスがなんか材料買ってたな。拝借するか」
「作るのか」
「まあ腹ペコ魔王サマは座ってろ」
「見る」
首にタオルをかけたまま調理を始めるカイルの隣に行くと、「見てるならやれ」と玉ねぎを手渡される。
我ながら不器用な手先だなと思いながら剥いていると、慣れた手つきのカイルが隣で笑った。
「不器用で悪かったな」
「そうじゃない。まさかリコと並んで飯作る日が来るとは思わなかった」
「……確かに」
一生懸命剥いた玉ねぎはカイルの手で一口大に切られると鍋の中に入れられた。
リコはもう一度「確かに」と言うと、カイルと同じように笑った。
「お前何泣いてんだよ」
「お前も泣いてるじゃないか」
「玉ねぎだろ」
「そうだな」
二人して泣いてはそれも可笑しくて笑いが止まらない。
「こんな些細な事で笑えるものなのだな」
「笑ってろよ。その方が百倍可愛いから」
「からかうなっ」
カイルだけいつまでも笑ったまま、他にもセロリ、人参、キャベツ等野菜を大き目に切ると次々鍋の中に放り込んだ。さらにソーセージが追加される。
「ポトフか」
「真層界風のな」
「人間界と同じなのか?」
「いやちょっと違うな。それに今は肉もソーセージで代用したしな」
そう言うと彼は頭上に吊るされた飾りに手を伸ばした。
「それは飾りではなかったのか」
綺麗に輪の形に作られたリースは全て食用のドライハーブ。
ところどころにある松ぼっくりと銀色のリボンだけは食用外。
その中から結構な量のハーブを抜き取ると、引き出しにあった糸でくくりそのまま鍋に追加した。蓋がされて煮込まれていくと、徐々にハーブの香りが広がってくる。
「飾りでもあるな。最初はただ吊るしてあったのがニーナの趣味でどんどん派手になってコレになった」
「エルフの集落のキッチンにはどの家庭にも大量にハーブが吊るされているが、リースは見たことがなかったな。これはいいな」
「ただし使う時に古いのから使わないと怒られる……この辺のはまだ瑞々しいだろ? 減るといつの間にか追加されてんだよ」
そう言うと彼は「忘れてた」と言って白ワインを追加し、ついでにグラスに残りを注いで飲み始めた。
「ほんとに隙あらば飲むな」
カイルはニッと笑うとそのまま一気に煽ってしまった。
そんな速さで飲めば味わわれていないようで酒もなんだか浮かばれない。
火が通ってきた所でハーブを取り出し塩胡椒で味を調えると、仕上げにワインビネガーを少量加えた。




