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その頃救助隊本部では、リコが珍しい事にそわそわと落ち着きのない様子だった。
うろうろしたり座ったり、かと思えば窓の外を眺めたり。
ニーナに「どうかした?」と聞かれても、今度はクゥの腹を撫でながら「なんでもない」としか言わない。
明らかになんでもなくない様子に、「隊長と喧嘩でもしたの?」とハーキスが聞いた。
「そんな下らないことしない」
「でもなーんかリコ変にゃ。心配事にゃ~?」
「分からない!」
カイル以外に珍しく声を荒らげたリコに、ニーナは何か感じたのか「あらあら、リコ、ちょっといいかしら?」と言うとそのまま本部の裏口に連れ出した。
「なんだ」
「ねえ、あなた今すごく不安なんじゃない?」
「そんなことない……」
リコがすっと目を逸らす。
ニーナでなくてもわかりやすい反応。
「ごめんなさい。私質問に対する嘘とかわかっちゃうでしょ。そうでなくてもその態度なら誰もわかってしまいそうだけど。何があったの?」
「なにもない……ただ、カイルが一時的にテイムを解除しただけだ」
「あら」
救助隊のメンバーはカイルがリコをテイムしているのは知っている。
理由を突っ込んで聞くことはしない連中だが、ニーナだけでなくキャスもハーキスもウォーレンも付き合いはそれなりに長い。
お互いの細かい素性や過去など話さなくても、全員何かしら抱えているワケ有りの仲間たち。
隊長であるカイルが何かしら秘密を持っていることくらいわかっていた。
そしてその隊長を訪ねて来たエルフに何か事情があることくらい当然察していた。
「フィルを案内するからね? あなたはダンジョンのモンスターとは敵対しない……当然敵対しないあなたをテイムしている隊長もその恩恵に与るわね。絆が切れちゃって不安になっちゃった? あなたたち十五年も繋がっていたんでしょ?」
リコが返事をしないのは肯定だろう。
目を逸らしていてもニーナの視線を感じ、居心地の悪くなったリコは静かに口を開いた。
「不安と言うか……驚いてしまって。カイルのテイムは普通とは違って支配力が大きいんだ。だから私に対してはそれを極力抑えて細い糸みたいな状態で繋げていてくれた。知能の高いヒトに近いほど、そしてもしヒトであればテイムするのに相手の精神力を大きく拘束しなければらない。でもそんな糸の状態なら支配されていることにも気づけない。当然解除しても私は気づかない、何も変化はない。そう思っていたんだ」
「実際はどうだったの?」
「分からない。何て言ったらいいのかが分からない。ただ何かが途絶えたような気がして……。なんでそんな不確かなものに不安を抱くのか自分でも分からなくて驚いたんだ……混乱してしまった」
リコがどういう存在なのか薄々気づいているものはあった。
もしかしたら扉の向こうの大きな存在なのではないかと。
ニーナも獣人。本来は真層界の住人だ。リコから感じる何かは人間には分からないだけで少なからずある。
でも少なくとも今ニーナの前で糸のような絆を手繰り寄せようとしているエルフは、自分の感情を捉えきれない少し不器用な少女に見えた。
tips:ワケ有りの人々
ハーキス:大陸で傭兵をしていた時、上官殺害の罪を擦り付けられ島に逃げてきた……らしい。
ウォーレン:実は昔犯罪に手を染めており、ヤバい組織に命を狙われた……との噂。
キャス・ニーナ:ダンジョン産の二人は、ダンジョンに親がいると思い幼い頃ひたすらにさ迷っていたところを青年時代のカイルに拾われたとかなんとか。




