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クゥ:救難信号をキャッチしてけたたましく鳴くよう訓練された怪鳥。見た目はお世辞にも可愛いと言えない。バリバリとかみ砕いているおやつは骨。なんの骨かは追及してはいけない。
ダンジョンが無事変化を遂げてから少し経った。
カイルはいつも変形後ダンジョンを見回る。
構造を把握するためという理由と、“成り損ない”の出現がないか確認するため。
リコもいつもそれは真層界側から行っていた。
“成り損ない”とは、ダンジョンが変化した時に稀に生まれ落ちてしまう全ての生き物を憎む存在。遭遇すれば人間でもモンスターでも真層界の住人でも必ず襲われる。ヒト型の場合は完全な肉体でも欲しているかのように取り込もうとし、モンスターの場合は生への憎しみを移され同じ存在に成り下がる。
やっかいなのは普通の武器では消せないこと。
あの赤と金で装飾された武器、カイルが遺物と呼んでいる物でしか留めをさせないところだ。
見つけ次第すぐ駆除するが、なかなかの強敵でカイルもこれと遭遇した時にはかなりの緊張感に包まれる。
普通は真層界側の奥深い所に現われるので、カイルが実際に遭遇したことは数えるほどしかない。
リコも変化後はダンジョンの警備を強化し、見つけ次第即消滅させていた。
今回の変化では残念ながらリコの待ち望んだ存在は生まれなかった。
彼女は肩を落としたが、成り損ないも見つからなかったのでカイルには「良しとしようや」と言われた。
そしてそのまま1週間ほど真層界に帰り魔力を回復すると、またカイルの元に戻って来た。
人間界に戻った時、ダンジョン前の広場までカイルが迎えに来ていた。
リコはその姿を見つけると無意識にアクアマリンのコームに手を伸ばした。
真層界でも外すことはなく、今日も変わらずコームはそこにある。
そして人目を避けるようにフードを被ると、軽く手を上げるカイルの元へと足早に向かった。
今やリコがいることが救助隊の日常となりつつある本部。
リコも当たり前のように戻ったその夜から本部の仮眠室で寝ていた。夜勤に備えるカイルについて行くために救助要請があればすぐ起きれるように。
ギョェエエ
ギョェエエ
真夜中の救助隊のロビーに突然怪鳥の鳴き声が響いた。
クゥと言う軽い名前の割にやかましい鳴き声の怪鳥は、要救助者が救難信号を出すと魔力を感知し大声で鳴きわめくよう訓練されている。
夜中の2時過ぎという時間に、ダンジョンに潜った誰かが救助を求めているということだ。
リコは久しぶりに聞くその泣き声に顔をしかめながら起き上がり、カイルも奥の部屋から「うるせぇ」と毒づきながら出てきた。
カイルは暗がりの中ニーナのデスクにあるガラス瓶の蓋を開けた。
中からクッキーのような何かを取り出すとクゥに与える。
「グエ」
「はいはいいい子な」
クゥはバリバリと何かを噛み砕くと大人しくなった。
「夜中は固定部屋で大人しくしてろよなー」
そう言いながら壁際の救助道具の並んだ棚から救助に必要な道具が収められたポーチを次々装備していく。
彼が愛用しているナイフは既に腰のベルトについていた。
その間に隣の部屋で休んでいたリコも出て来ると、ずらっと並んだ小さなオーブから光が点滅する一つを取った。他にいくつか点灯しているオーブがあり、それらは纏めて革袋の中に入れ腰のベルトに付ける。
彼女は小振りの剣をベルトに下げると、「緊急レベルは中だな」と言った。
「どの辺だ?」
「中盤くらいか」
「真層界から戻って早速で悪いな。準備はいいか? よし行くぞ」
クゥが鳴いてから二分。
カイルとリコは救難信号に従いダンジョンへ向かった。
オーブを見ながらカイルは眉を寄せる。
申請時には「ルーキー」とありダンジョンもそんな深入りしないはずだった。それなのに要救助者の信号は中盤あたりから出ている。
予定を変えたのか、迷子になったのか、それとも他の理由か。
なんにせよ緊急レベルに関わらずあまりいい傾向とは言えない。
カイルとリコは急いだ。
変形後何度か構造は確認しているとは言え、全てを把握しているわけではない。
道を間違えればそれだけ要救助者の危険度が上がる。
「近いな。もうちょい西か」
「こっちだ」
リコの言う方に駆けていくと、オーブの点滅が早くなる。要救助者の気配が近いということだ。
やがて音が先に聞こえて来た。




