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忘れていたのは、一点だけ  作者: 朝倉 淳
第12章 柴高祭
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第12章 柴高祭 2

 柴高祭二日目。

 二日目は一般公開日ということで、近所の住民や他校の生徒、受験志望者などの来客がたくさん訪れる。また、校外の有志団体のステージもあるため、一日目の内輪ノリから一変、生徒は多少おとなしくなり、和気あいあいとした雰囲気に変わる。

 ただ、校外から人が入ってくるということもあり、トラブルも多くなるそうで、先生や実行委員の緊張感は一気に跳ね上がる。学校全体の柴高祭実行委員を兼ねている弦は大忙し。今日は終日、運営として仕事をするそうだ。

 一方、歩はというと、朝に瑠美からまた指令があり、今日は売り子として午前中いっぱい働くことになった。

「――歩さん、もうちょっと声出してよ」

「はい。い、いらっしゃいませ―! ベビーカステラいかがですかぁ……」

「なんで尻すぼみになるの? ああ、もういいよ……。いらっしゃいませー!」

 ベビーカステラと小銭入れが入った立ち売り箱を肩に下げ、クラスの女子と一緒に校内を練り歩く。気温は三十度。まだ残暑が厳しい中でこれをやるのは罰ゲームみたいなものだ。しかも今日は湿度が高く、黙っていても汗が出る。そう言えば、天気予報で夜に雨が急に降るかもとか言っていた。ほんと、今日は体操服とジャージを持ってきてよかった。

 しかも他の人のベビーカステラを徐々に売れていくのに対し、明らかに歩の箱の中のベビーカステラが減っていかない。だからこういうの向いてないって言ったのに。

 それでも、歩はこれも午前中までだと、必死になってベビーカステラを売り歩いた。


 午前が終わり、歩はテントに戻って立ち売り箱を瑠美に投げ渡す。何とか午前中のうちに渡されたカステラを売り切れた。

 テントを去る前に、歩は屋台の会計担当に寄った。

「ごめん、チョコ味と、イチゴ味、ひとつずつお願いできる」

「はいよ」

 会計担当は奥のテーブルに置かれたベビーカステラが入った紙コップを持ってくる。

「二つで八百円」

「ありがとう、千円で」

 歩は財布から千円札を渡すと、カステラ二カップと二百円が返ってきた。高い。

 両手にベビーカステラの入った紙コップを持って、クラスのことを頭から離し、中庭、廊下へと歩いていく。今日の歩は午後から夕方の撤収まで完全フリーだ。というか、瑠美にそうさせてくれと頼んだ。

 一旦教室に戻り、クラスTシャツ姿から制服に着替えて向かったのは職員室。中には先生が数名いて、いつも通りの仕事をしている。文化祭の日でも普段の仕事が消えるわけではない。壁越しに聞こえる喧騒を聞きながら、黙々と仕事を進めている。

 その中に、松本先生と柚木がいた。

「ねぇー、モンスラで検索してみたんだけどさー、どれか分かんねーよー。ギャノンドルフ出てこねーじゃん。ねぇーなんのゲームなのー、ねぇー」

 松本先生はパソコンをぱちぱちと叩きながら、手元でスマホをいじる柚木に絡んでいる。うわ、めんどくさこのおっさん。あとギャノンドルフはそもそもモンスラに出てこないから。別の会社だって前に言ったじゃん。

「……松本先生、迎えに来ました。柚木、久しぶり」

 歩が声を掛けると、柚木はちらに気づいてスマホをポケットにしまった。足元にある外履きが入ったビニール袋を持ち、子供には大きすぎる大人用のスリッパでパカパカと音を鳴らしながら、歩の方に駆け寄る。少し明るくなっているものの、褐色の肌は変わらずで、やっぱり本来の肌色も暗いんだな、と今更になって気が付いた。

「久しぶり」

 低い声で柚木はぽつりとそう言った。元気がないのか、久しぶりに会うため単に人見知りを発動しているのか分からない、低いテンションだった。

「おー、藤井」

 松本先生が席を立ち、柚木の後ろから歩いて近づいて来る。

「お疲れ。どうだ? 柴高祭。調子は?」

 松本先生はそう歩に問う。調子は、というのはクラスの屋台とか美術部の展示会のことではない。たぶん。

「……うまくいってると思います」

 歩がそう言うと、松本先生は「そうか」とにかっと笑う。

「じゃあ、あと半日がんばれや」

 そう言って残りの先生たちに「見回り行ってきまーす」と声を掛けて職員室を出て行った。


「チョコとイチゴ、どっちがいい」

「イチゴ」

 職員室を出て、まず歩は柚木に自分の屋台で買ってきたベビーカステラを渡す。

「……今日、何すんの?」

 手元でベビーカステラの入った紙コップをいじりながら、柚木がそう言った。やっぱり、どこか元気がない。

「絵本、もしかしてあんまり進んでない?」

 歩は単刀直入に聞いた。柚木は答えづらそうに俯くが、そのまま口を開く。

「いや……、前よりは進んでるよ。でも」

「でも?」

「最後の方、どうしようか迷ってる。好きにやろうと思ったんだけど、なんか、進まなくて」

 柚木の言う通り、絵本の制作は順調に進んでいる。プロットは夏休み中に終え、以降は詳細なストーリーと並行して絵本の下書きも進めていたはずだ。ストーリーの最後の方で詰まっているなんて、初めて知った。メッセージでそんなこと言ってなかったので、知らなくて当たり前なのだが。

「そっか、うん」

 歩は「柚木」と改めて名前を呼ぶ。柚木はやっと顔を上げ、歩の顔を見た。歩は視線の高さを合わせるように膝に手をついて屈む。

「今日はいろんなとこ回って遊ぼう。お祭りだからね。七月からずっと頑張ってきたし。今日はラストスパートに向けての小休憩。いろんな出店あるから、楽しも」

 柚木の目を真っすぐ見てそう言うと、柚木はびっくりしたように目を丸くした。

「姉ちゃん、仕事ないの?」

「ない、クラスの人に頼んだ。夏休み中ずっと準備してたんだから、これぐらいのお願いは聞いてくれるのよ。夕方までだけど」

「姉ちゃん……、そんなキャラだっけ」

「うるさい」

 憎まれ口を叩きながらも、柚木は歩の状況を確認していく。本当に大丈夫なのかと警戒するように。

 ただ、最後には「うん」と頷いてくれた。


 柚木と一緒に校内を歩くと、自分も突然、文化祭のお客さんになったような気がした。柚木といることで、クラスや実行委員の仕事よりも、柚木と一緒に柴高祭を楽しむ方に気持ちが切り替わったからかもしれない。

 そこから、いろいろと校内を回った。

 まず二人が向かったのは運動場とは反対側にある棟。二年クラスの階より上には一年生のクラスが集まっている。柴高祭では一年は屋台系の出し物が禁止されており、またステージは抽選制のため、一年が外でできることはほぼない。そのため、一年は自然とクラス内でできる出し物が中心となる。展示とか劇、迷路など、クラスの教室内でできるものだ。

 まだベビーカステラを持ったままだったため、食べながら見られるものが良いと思い、劇をやっているクラスに入った。ただ、これがひどかった。劇というよりはお笑いに近いコメディだったのだが、ぎこちない演技をガチガチの状態でやるものだから、普通に滑りまくる。滑った後のクラスの空気は最悪。お客さんよりも出演者の方が早く終わってくれと思っているのが見ていて分かった。

 ただ、最後の方に空気の読めない男子が登場。冷め切った空気をガン無視で暴れまわったのは、ギャップがあって面白かった。柚木も笑っていたし。

 劇が終わった後、ウィンドウショッピングのように他のクラスも見て回った。面白かったのは、猫メイドカフェの宣伝している女子たちに柚木が気に入られ、取り囲まれてしまったことだ。猫耳を着けた女子が柚木の周りを囲んで「どこから来たの?」「かわいいー」と一気に話しかける。柚木は照れて何も動けない。挙句の果てには猫耳カチューシャを無理やり付けさせられ、写真をバシバシと撮られていた。その猫耳カチューシャが柚木に似合うものだから、歩はそれを見てげらげらと笑ってしまった。

 中庭に出て、二人でかき氷を食べた。普通のかき氷ではなく、ふわふわの台湾かき氷。柚木はかなり気に入ったようで、歩の分にも手を出してきた。自分の食べなよ、と言いながら、歩も柚木のかき氷を一口いただいて、互いの味を確認しあった。柚木のマンゴー味の方がスイーツっぽくておいしいことが分かったが、さすがにその後、また頂戴と言うことはできなかった。一応、高校生なので。


 かき氷を食べ終え、校舎の壁沿いで座って涼みながら、次どこに行こうかと思案していたころ、集団の中から、カトケンが遠くの方から「おーい」と声を掛けて来た。

「よお柚木! 今日来てたんか! どおこれ、かっこよくね?」

 そう言いながらカトケンはバンと自分のTシャツを見せてくる。おそらくバンドで作ったTシャツだ。黒のTシャツ真ん中に、白で「Beginning!!!」とペンキで描いたようなデザインで描かれている。フェイスペイントで、右頬にTシャツに入ったロゴと同じものを描いていた。

「すげえ、それどうやってんの」

「ふふん、小僧にはまだ早えぜ☆」

 カトケンは柚木に自慢げに頬のペイントを見せ付ける。いや、ただペンで描いただけでしょ。

「藤井、どうこれ? よくね?」

「うん、かっこいい。よ、お祭り男」(棒読み)

「……うん、ごめん。無理しなくていいから」

 カトケンは歩の無感動な顔を見て冷静になりつつも、「まあこれは置いといて」と話を続ける。

「三年の先輩のクラスでお化け屋敷やってるんだけど、一緒にいかねえ? なんかめっちゃ怖いらしい」

「えぇー、お化け屋敷か……。私苦手なんだけど」

「……行く」

 柚木が、何か決心するようにそう言った。

「え?」

「行こ、姉ちゃん」

「よーし! じゃあ行くぞ」

 二人は歩の意向を全く聞かず、そのまま三年生のクラスが集まる棟へと進んでいった。


 三年生の出店は慣れていることもあり、出し物がかなり凝っている。しかも、ほぼ半分ぐらいの生徒が推薦などで受験を終えているため、あとはもう残りの高校生活を楽しむだけのモードに入っている人が多い。つまり、時間を持て余した高校生たちが、全力を尽くして悪ふざけをするわけだ。

 歩たちが向かったお化け屋敷も御多分に漏れず本格的。実は前日からすごく怖いと評判のクラスだった。メイクや衣装、内装が凝っているだけでなく、お化けも容赦なく襲ってくるし、水がかかるような仕掛けもある(もはやただの迷惑行為な気もするが)。

 ただ、歩は全く怖くなった。柚木とカトケンのビビり方が尋常じゃなかったからだ。

「ギャー! なんか背中触ったぁ!」

「姉ちゃん! やばいなんか、あそこいたぁぁぁぁ!」

「いる、何かいる! え、いない? ……やっぱいる!」

「姉ちゃん押さないで……。て、いあぁぁぁぁぁぁ! なんか顔ついたぁぁぁ!」


 聞こえるのはお化けの声ではなく柚木とカトケンの悲鳴。服を引っ張る二人を何とか前に進めようと忙しくて、お化けもろくに見る暇がない。恐怖を感じるよりも「こいつらうるさいな」と思うばかり。そう思いながら過ごすとアトラクションの体感時間は短くなるもので、気が付けば、お化け屋敷の出口に着いてしまった。

「「……」」

「大丈夫?」

 出口の横で無言のまま座り込む二人に、歩は冷たく声を掛ける。入る前のテンションはどこへ行ったんだ。

「ああ、うん。ありがと、大丈夫」

 そう言いながらカトケンがふらふらと立ち上がった。

「……俺、夕方から中庭でライブだから、もう行くな……。よかったら、見に来て」

「うん、じゃあ」

 最後に「柚木も見に来いよ」としっかりと言い残し、カトケンは去っていった。

 カトケンが座り込んでいた場所、柚木の隣に歩は座り込む。

「大丈夫?」

「うん……。大丈夫」

「あんなにテンション高かったのにぐったりじゃん。落差ありすぎだよ」

「うん」

 柚木はぐったりと俯きながら、何とか返答する。

「楽しかった?」

「怖かった」

 質問に対する返答が合っていない。しかし、柚木は、でも、と続ける。

「なんか、久しぶりに大声出して、なんか、すっきりした」

 顔を上げて、前を見ながら柚木はそう言った。やっぱり質問と返答が合っていない。ただ、何か聞きたかった声を聴けたようで、歩は嬉しかった。

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