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忘れていたのは、一点だけ  作者: 朝倉 淳
第11章 祭りの前から、各々勝手に踊りざわめく
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第11章 祭りの前から、各々勝手に踊りざわめく 1

 八月の後半は歩にとって(せわ)し過ぎる半月だった。クラスの文化祭実行委員に加え、美術部の柴高祭準備の活動にも参加するようになったからだ。

 辞める予定だったとはいえ、結局、歩は美術部に所属したままになっている。それなのに、夏休み中、美術部の活動に参加したのは瑠美に騙されて参加した一度きりだ。そんな歩に、美術部の人は嫌な顔せず、柚木との絵の練習のために美術室を貸してくれている。それがあまりにも申し訳なく、歩が自ら夏休みの活動に参加するよう申し出たのだ。

 美術部の退部を考えていないわけではない。柴高祭が終われば、美術部の活動は十一月に行われる県の展示会と、三年の夏に行われる全国の高校が参加する美術展のみになる。しかも二つとも希望者のみであるため、受験に集中したい歩はまず参加しない。そう考えると、もう参加しないことが確定している部活に、こうやって律儀に参加する必要はないかもしれない。

 だが、今、歩が美術部に所属していることには変わりない。面倒を見てもらっている身であるのに、それをなかったことにしてこちらも何もしないのは、歩自身、気持ちが悪かった。もちろん、今から何かやって解消できるものでもないのかもしれないが。

 それに、瑠美にひとつお願いごともしてしまったし。

 そういうことで、八月は柴高祭準備、柚木の手伝い、美術部、家事、勉強というタスクもりもりの半月を過ごした。普通の人はこのぐらい普通なのかもしれないが、歩にとっては異常事態。てんやわんやだ。どうしても無理なところは実行委員のメンバーや父、晴信に頼り、自分にしかできないところだけ着実に進めた。結果、クラスの準備も、美術部の準備も、夏休みにやるべきことは大方夏休み中に終わらせることができた。

 最後の一つを除いては。


 九月。初日の始業式が終わると、校内の空気は一気にお祭りムードに切り替わる。

 柴高祭は九月第三週の金曜、土曜の二日間で行われる予定だが、それまでの間は準備のため、放課後の教室残留が許可される。各クラス、屋台や出し物のための資材が入った段ボールを運んできて、当日の祭りに備える。といっても、大半の生徒は当日の準備半分に雑談しているのがほとんどだ。当日どこを回るかを考えたり、中庭ステージでやる出し物の打合せをしたり。中には差し入れだと(うそぶ)いて教室にお菓子や飲み物を持ち込み、どんちゃんと騒いでいるやつらもいる。歩のクラスも同じだ。前日の屋台設営までできることといえば、買い出しや屋台で使う飾り付けや売り子用の箱を準備するぐらいしかない。機材の準備もすでに夏休み中にしてあり、役割分担もすでにみんなに伝えている。そのため、前日までは各自思い思いに放課後を教室で過ごしていた。


 そんな祭りの空気に当てられたクラスの人たちに、歩はあるものを見せなければならない。看板とクラスTシャツだ。実はギリギリまで作成が遅れ、まだラフイメージしか共有していなかったのだ。

「……ムリムリムリムリ。マジでお願い。瑠美が配って。私のいないところで配って。マジで無理だから。ほんとにお願い」

「うるさい、往生際が悪い、自分で配れ。あんたが作ったんでしょ」

 教室のドアの前で歩は瑠美に最後の懇願をするが、その願いは容赦なく却下される。こいつは鬼か何かなのか。こんなサルが集まったみたいな状態の教室に、クラスTなんていう餌を撒いたら確実に注目の的になる。しかも、気に入られなかった場合はクラス全体が微妙な空気になり、歩は死ぬ。ジ・エンド。

「お願いだって、ほんとディスってくれても全然いいから、私のいないところでやって」

「いやだ。だって私のせいにされたくないもん」

「そんなのひどい! 最低! 反社!」

「ともかく、作ったのはあんた。私は何にも手伝ってない。いいわね」

「何よその責任転嫁。部下に責任を擦り付ける責任の取れない上司か!」

 そんな言い合いをしていると、後ろからカトケンが「おい!」と声を掛ける。クラスTシャツの入った段ボールと看板のボードを積み上げたものを、手いっぱいに持っていたため、顔が見えない。

「早くドア開けろよ、(おめ)えだろうが。もういい。入るぞ!」

 そう言いながらカトケンは歩と瑠美の間に割って入り、足で乱暴にドアを開け、教室の中に入って行く。

「おーい、クラスTと看板できたから持ってきたぞー。配るから集まれー」

 歩は心の中で絶叫する。そんなこと全く気に留めず、カトケンは教壇の前の床に段ボールをどんと置き、封を切り始める。その周りにクラスの人間たちがずらずらと集まってくる。地蔵のように固まった歩も、瑠美に背中を押され輪の中心へ。そして、カトケンの隣に立った。

「じゃあ、Sサイズのやつから配るぞー」

 そうして、各人の手にクラスシンボルがプリントされたTシャツが渡っていく。

 クラスシンボルには、熊とコック帽をかぶった人間をデフォルメしたキャラクターを作った。熊からはハチミツを連想するし、甘いお菓子のイメージに合うと思ったからだ。それを黄色の背景にシンプルに描くだけ。絵柄はかわいらしいが、シンプルなためおしゃれとも取れる。そんな感じのデザインにした。

 クラスの人たちはTシャツを受け取ると、ビニールからTシャツを取り出し、デザインを確認する。

「すごーい、可愛い」

「おしゃれでいいね」

「黄色目立つからいいわー」

 大方、評判はよさそう。でも、全員ではなかった。高木だ。

「……ちょっと子供っぽくない?」

 窓際の席から、良く通る声でわざとらしく言う。いつもの取り巻きはくすくすと笑っている。高木の予想通り、クラスの空気は曇る。うわ、始まった。

 そんなじめっとした空気に、廊下から弦が入ってきた。腕には柴高祭実行委員と書かれた腕章を着けている。学校全体の仕事で外に出ていたのだろう。

「おお、弦、お前のTシャツ。ほらよ」

 カトケンが新しいクラスTシャツを弦に投げる。弦はビニールからTシャツを出し、広げて全体を眺めた。

「おお、すごい。注文画面で見るよりおしゃれにできてるね。さすが歩さん」

「ええ、でも子供っぽくない?」

 高木が嫌みったらしく笑いながらそう言うが、弦はいやーとやんわり否定する。

「いや、これ、専門店のやつを参考にして歩さんが書いてくれたんだよ。結構人気のやつ。かわいい、かつ、おしゃれぐらいのやつがちょうどいいんだって」

 弦の意見に周りの人たちも、そうだよね、と小声で同意し始める。するとカトケンが、よーし、と言って教卓の上に立った。

「これなら完売いけるだろ! みんなで売るぞー!」

 そう叫ぶと、クラスの男子たちがオーと叫び、女子たちも小声で頑張ろうと言い始める。クラス全体がこの屋台を承認する方向へと動いていく。歩は弦の力を恐れた。高木の発言など簡単に消し去ることのできる影響力をクラスでは持っているのだ。高木はばつの悪そうな顔でいつもの窓際後ろの席に座り、取り巻きもそれに付いてく。

 周りが盛り上がる中、瑠美は歩の肩にポンと手を置いた。そして、歩に「こんなもんだよ」と励ますように言う。

 ただ、歩は納得がいかなかった。結局お前ら、テンションで物事決めてるじゃん、意味が分からない、と。

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