第7章 クラス調整はやっぱり面倒 5
「もーここでやってたんなら言ってよー。一回、美術室行っちゃったじゃん」
いつもの四人と柚木しかいない落ち着いた教室に、テンションが明後日の方へ向いたような高木の声が響く。半袖のシャツ、首元にきらりと光るネックレス、耳には小さなピアスを着けており、髪の毛は茶髪でボブより短めのショートヘア。話し声は物理的には高くない。しかし、どこか甲高く聞こえる。
高木は文句を言いながら教室に入ってくる。そして、後ろから取り巻き二人も一緒に入ってきた。
「だめだよ、しほー。まだ使ってるっぽいじゃん」
取り巻きのうちの一人が高木に声を掛ける。すると高木は「何言ってんのよ、私も文化祭実行委員だから」と偉そうに言った。歩はここでやっと、目の前の人間があの高木ということに気が付ついた。
歩はとっさに瑠美の瑠美の方に目線をやる。すると、瑠美はこれまで見たことほどひきつった笑みを浮かべていた。細めた目の奥は、高木を捉え睨みつけているようにも見える。
「高木さん、久しぶり。ごめんね、事前に連絡してなくて。どうしたの? いきなり」
瑠美の異変を察知して、弦が先に高木へ声を掛ける。高木と瑠美にやり取りをさせたくなかったのだろう。
「ごめーん、いきなり来ちゃって。でも、私も一応実行委員だから、仕事しないとな、と思って。だから来ちゃった♡」
高木の甘えたような猫なで声を聞いて瑠美の膝の上の拳に自然と力が入る。いや、怖いですよ、瑠美さん。
ただ、この不快な猫なで声で歩もやっと高木のことを思い出した。クラスの一番後ろの窓際席。高木はいつもそこに座っている。普段は周りの取り巻きたちと大きな笑い声を出しながら笑い、気に入った男子が来た時には、しおらしい女の子のように振る舞う。女子の中では強者であり、男子にとってはかわいい女の子。教室にヒエラルキーがあるとしたら頂点に君臨している、と、クラスの人間が思っている人だ。
「こないだクラスのグループに柴高祭のこと送ってくれたじゃん? ほら、ベビーカステラのやつ」
軽く挨拶を済ますと、高木はすぐに本題へと入る。
「うん」
「やっぱり、ベビーカステラってやっぱり微妙かなって思って」
「……うん」
高木の言いそうなことが予想でき、弦の顔も少し曇る。
「だからさ、もっと別のできないかと思ってさ」
高木は後ろの取り巻きの方と見合わせてからそう言った。
「えっと、どういうこと」
高木の突然の提案に弦が理由を問う。
「いや、だってベビーカステラちょっと微妙だし、夏休み前も、ちょっと嫌だなって人いたでしょ。だから、もっと派手なやつやろうよ、クレープとか」
「嫌って人、いなかったと思うけど。夏休み前のLHRでも、一応、決はとったし」
「そんなことないよ。ほら、クラスのグループで、結構反対意見出てたじゃん」
高木は鬼の首を取ったかのようにスマホを取り出し、クラスのグループメッセージを何回もスクロールする。確かにグループメッセージには多くのメッセージが飛んできていた。
実際、出店内容に反対する意見は少数で、ほとんどは事務的な質問や忘れていた内容の確認がほとんどだ。ただ、そんなこと彼女たちに関係ない。メッセージでごく少数の人でも、たくさんの反対意見を書けば、クラス全体が反対しているように感じるし、クラスの人間もそう認識する。それで十分というのが高木たちなのだ。
「準備とかも結構進んでるし、さすがに無理だよ」
弦の語気が少し強くなる。すると、高木たちも少ししおらしい態度になるが、主張はやめない。
「ごめん。わがまま言っちゃって。でも、やっぱりグループでもああなってるし、やっぱり無理してでもやった方がいいよ。大丈夫、できるって! お願い……できない?」
高木がまた猫なで声で弦にお願いする。すると瑠美がその場で思い切り立ち上がった。能面のような、笑顔なのか怒っているのか分からないような顔で高木を睨みつける。
「高木さん、いい加減にしてくれない? 前から実行委員のグループの方で、申請とか準備もろもろ、夏休み中に進めなきゃいけないって言ってるよね? それでなんで今出店内容を変えるとかいうのかな?」
笑顔のまま、押さえられない語気で問い詰める瑠美を見て、高木は「はは、豊橋さんこわーい」と、不快な成分を含んだ笑いを浮かべる。
「まだ何かしてるわけじゃないんでしょ、じゃあいいじゃん。……それに、クレープとかの方が、絶対友達のウケいいもん」
瑠美に対してだけ、弦に対してとは違う嘲笑混じりの好戦的な口調で高木は反論する。ただ、高木が言った「まだ何かしてるわけじゃないんでしょ」という言葉に、実行委員中心メンバーは全員反応していた。何かするまでにどれだけの準備が必要か、分かってないやつらの言葉だ。
「無理だよ」
弦は制しようとするが、高木たちは聞き入れない。「じゃあ作る味考えよー」と勝手に言い始め、スマホを見ながら次の屋台の案を出し始める。まだこちらがOKを出したわけでもないのに、大きな笑い声をあげて、周りが見えないまま、自分がこの教室の中心であるかのように振る舞う。
なぜこんな風に振る舞えるのだろうか。周りがどう思っているのか、考えないのだろうか。なぜそんなみっともなく、自由気ままでいることを自分に許せるのだろうか。
しばらくして、高木たちは端っこの方で絵本の作業をしている柚木に目が入る。すると、歩の方を見て「ああ、あの時の」と、高木の取り巻きが呟いた。
「あの時のって?」
「ほら、夏休み前に合ったじゃん、校門前にいた小学生」
「ああ! 思い出した、あれか」
高木は見定めるように歩を見て「ふーん」と言った後、にやりと笑う。
「歩さんが教えてるんでしょ。えっと絵本作りだっけ」
高木がそう言うと取り巻きたちがくすくすと笑いだす。不快な成分を含んだ笑いがすごく耳障りだった。なんだこいつら。
「まあ、そうだけど」
すると、高木が突然柚木の方に歩き出す。歩は反射的に、その場から立ち上がり、柚木の方へ数歩進む。そうしなければいけないような気がして。
高木は少年の斜め後ろに座り込み、顔を覗き込んだ。
「ねえ、何描いてんの? 見せてよ」
こういうタイプの人間は、なぜ絵を描いている人間にこうも偉そうなのか。いつもの歩ならそんなことを考えるのだが、柚木の反応が気になってそれどころではなかった。
柚木は手を止め、高木の方をゆっくりと振り返る。そして、柚木は高木を邪魔くさそうな目で睨みつける。
「……なんすか?」
「いや、だから、何描いてるか見せてって」
冷たい返事をする柚木に、高木はお構いなしに自分の好奇心を曝け出す。
そんな高木を見て、柚木は諦めたように椅子を引いて高木の方に向かい合う、そして高木、取り巻きの二人の順番で一人一人顔を見ていく。どんな人たちなのか、見定めるように。
そして、柚木は呆れたようにため息をついた。
「ねえ、お姉ちゃんたちって、日本語通じないの?」
「……ん?」
いきなりの柚木のディスに、高木は聞き間違えじゃないかと首を傾げる。
「いや、さっきの。話しが通じてなかったっぽかったから、そうなのかなと思って」
「……何言ってるのかな?」
高木は猫被りな笑顔を少し歪ませながら、優しい言葉で柚木に問いかける。周りの取り巻きは、なんなのこのガキ、と態度を取り繕うこともせず怪訝そうに柚木を見る。
「いやだって、そこの兄ちゃん、無理っていってるじゃん。反社の……じゃない、メガネの姉ちゃんも、夏休み中にいろいろ準備しなきゃいけないって言ってたし。聞こえてないの?」
淡々と、柚木は先ほどの高木と弦たちの会話を振り返っていく。高木の笑顔がさらにひきつる。歩たちはその会話をただただ聞いていた。
「……柚木君、だっけ? 柚木君は分からないかもしれないけど、クラスのみんなはそう思ってないのよ。無理してでも、やりたいって言ってるんだよ」
「それ、本当にそう思ってるの? 兄ちゃんたち、結構、夏休み中大変そうだったけど、お姉ちゃんたちがやんの?」
最後に「お姉ちゃんたちの我儘で、そうしたいだけじゃないの?」と柚木が言うと完全に高木は黙り込み、その場に立ったままフリーズした。
一拍の沈黙の後、カトケンがいきなり噴出し、「アッハッハッハ」と豪快に笑い始めた。
「何かな? カトケン君?」
高木は苦笑いでカトケンに問う。すると、カトケンは机に揚げていた足を床に下ろし、立ち上がって柚木の方へ歩いていく。そして柚木の頭の上にポンと掌を乗せて「お前おもろ」と呟き、高木たちの方へ振り返る。
「柚木の言う通りだ。夏休み中ずっと俺ら準備してたんだぞ。今更それひっくり返すなんてありえねえ。てか、マジめんどくせえ」
高木たちを指さして、カトケンは宣言するように言い放った。
「だから、もう話しは終わり。明日も今のまま準備続行。以上。弦、俺もう言っていい? バンドの練習あるから」
いきなり話を振られ、弦は「あ、ああ。前から言ってたもんな。ありがとう」と少し驚きながら答える。すると、カトケンは「じゃあ」と自分のスクールバッグを肩に担いで、教室から出て行った。
高木が「なんなの、あいつ……」と呟く。自分の欲しい結果が、思い通りの形で手に入らず、いらついているのだろう。
「悪い、そういうやつなんだ。今日は一回、お開きにしよう」
弦は不機嫌になった高木をフォローする。そして、今日の打合せは一旦終わらせるよう促した。弦が歩と瑠美の方を見て「いいよね」と笑顔で言うと、二人ともこくりと首を縦に振る。高木たちはひそひそと文句を言いながら教室から出ていく。
歩はやっと騒ぎが落ち着いて、そして、何も問題が起きずひと段落して安心し、胸を撫でおろした。




