第6章 できることを精一杯 4
家に戻ったのは十七時過ぎ。玄関を開けると廊下に味噌となにかの香ばしい匂いが漂っていた。リビングダイニングのドアを開けると、キッチンで晴信が夕食の準備をしている。歩が「ただいま」と声を掛けると、晴信はびくっと肩をすくませた。
「――びっくりさせんなよ。おかえり」
そう言いながら柚木は味噌汁をおたまでかき回す。今日の夕食当番は本来、歩の番だったのだが、晴信が「暇だからやる」と自ら申し出てくれたのだ。
味噌汁の横では蓋が閉められたフライパンが強めの中火にかけられている。蓋のガラス部分から中を覗くと、餃子が規則正しく並べられていた。
「……なんか、焦げ臭くない?」
「大丈夫だよ」
歩の心配をはねのけながら、晴信はキッチン下から大きめの皿を取り出す。フライパンの蓋を開け、皿を上からかぶせる。そしてそれを持ったままコンロからシンクに移動し、手で皿を押さえたままフライパンをひっくり返す。
「……」
「……」
そして皿の上に現れたのは、黒焦げになった何かであった。
「なんでいつもこうなるの? タイマーって言うものがあるの、知らない?」
「……よく焼きが好きなんだよ」
「餃子によく焼きとかないわ。ただ黒焦げになっただけでしょ、これ」
「うるさい。腹に入れば同じ」
そう言いながら柚木はできた黒焦げ餃子をテーブルに運んでいく。なんだこいつ、と歩は思いながら、鞄をしまいに自分の部屋に戻ろうとするが、ドアの前で止まる。
「ハル」
「何?」
「夕飯ありがと、今年、夏休み忙しいから、また頼むかも」
「……分かった」
晴信は顔を合わせないまま、テーブルの上に食器と料理を並べていく。どういう顔をしたらいいのか、分からないようだった。
父と母が離婚を知った時、歩が泣いたのは母と会えなくなるからではなかった。自分が情けなかったのだ。ただ母の負担になっていた自分が。何もしない自分が。もし、当時の歩がそれを受け入れたうえで、母と向き合うことをやめていなければ、何か変わっただろうか。
まあ、そんな過去のこと思い返しても、意味はないだろうけど。
では、今は。
今の自分は大丈夫だろうか。母のことを避けて、何も考えない自分を、許容できるのだろうか。母のことを避けていこうとすると、何か心に引っ掛かる。何かしなければならないことがある気がして。
そもそも、母に会って歩は何をしたいのか。結局そこにぶち当たる。
もうそんなもん分かるか、と歩は自分の部屋のベッドに身を投げて腕で自分の目を覆う。仕事で疲れ切って、そのままベッドで寝てしまう社会人のように。そんな状態で、歩はうとうとしながら父の帰りを待った。




