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忘れていたのは、一点だけ  作者: 朝倉 淳
第5章 文化祭とプレゼントはやっぱり億劫
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第5章 文化祭とプレゼントはやっぱり億劫 3

 柴高祭実行委員の打合せ後、歩は美術室で、コンビニのサンドウィッチを食べながら英文読解の教科書を開いていた。卵のサンドウィッチを食みながら、左から右へ英文を追っていると、隣においていたスマホが、ヴっ、と鳴る。

『今日、帰り部活のやつらと飯食うから、夜ご飯いらない』

 晴信から来たメッセージだ。今日、晴信は部活の練習試合で市外の中学校に行っている。その帰りにどこかに寄るのだろう。

 晴信がいないのなら、夕飯は半分スーパーの惣菜でもいいかな、と思いながら、歩は了解のスタンプを送る。メッセージアプリをそのまま閉じようとすると、スマホがまた振動した。松本先生から『あの子が来たぞ』というメッセージが来た。歩は「はぁ」とため息をつく。

『今、ご飯食べているので、食べ終わったら迎えに行きます』

 そう返信して、歩は残りのサンドウィッチをあえてゆっくり噛み、喉を通す。これから相手にする小さなモンスターに備えて、より多くのカロリーを余すことなく吸収するように。全て食べ終えたら、口の中のものをペットボトルに入った正午の紅茶無糖で流し込む。そして職員室に向かった。

 職員室では松本先生が少年こと川本柚木のお守りをしていた。ただ、柚木は松本先生の絡みを鬱陶しそうな顔でガン無視し、手元でスマホをいじっている。ワークショップであんなに嫌われていたのに、松本先生はなんでこうも懲りないのだろうか。

 柚木の服装は黒い長袖のトレーナーに七分丈のズボン。ワークショップの時と似たような服装で、足元にはリュックが置いてある。ちゃんと事前に伝えた持ち物は持ってきたようだ。

「こんにちは。今日は美術室でやるからおいで」

 歩がそう声を掛けると、柚木はこちらに気づいてスマホをポケットへしまい、歩の下へ駆け寄る。歩は柚子に無視されて拗ねているおっさん(松本先生)にペコリとお辞儀をした後、柚木と一緒に美術室へ戻った。


 美術室の机に柚木を座らせ、夏休み最初の「絵本を作る会」を始める。といっても、最初は柚木の希望で絵を描く練習をすることとなっていた。絵をうまくなって、前とは違うレベルの絵にしたい、ということらしい。ここにきてなんでそんな無駄な試練を自分に課すのだろうと呆れたが、言っても聞かず、仕方がないと諦めた。

 歩は柚木に『ファンタジー世界を描く』という本を渡した。歩が昔、小説に出てくる風景やモンスターをうまく描きたくて、練習のために自分のおこずかいで買った本だ。家の物置から引っ張ってきた。

「とりあえずこれを真似して練習してみて」

「OK!」

 柚木はそう意気込み、本とにらめっこしながらB4の用紙に絵を描き始める。手伝うといっても、基本的には自分で作るしかないのだから、まずは自分で考え練習するしかない。そういう意味で言うと、歩はたまに口を出すしかやることはないのだ(そういう形にしたかっと、というのもあるが)。

 待機時間は柴高祭のことや勉強に使う。とりあえず今日はA4のキャンパスノートを取り出し、柴高祭の看板デザインの案を考えることにした。


 一時間後、歩は頭を抱え悩んでいた。そもそも販売するカステラの味も決まっていないのに、看板のデザインってできないのではないのか? そんな当たり前かつ重要なことに今更気づいた。

 招待されたクラスの実行委員のみのメッセージグループでどうしたらいいか聞いても、総意としては「なんかいい感じで」と一〇〇%丸投げな回答が返ってくる。いい感じとはなんだ? みんなが気に入らなかったら私のせいになっちゃうじゃん、と歩は片肘をつき、頭を掻く。

「…………ねーちゃん?」

 スマホのブラウザを開き、検索欄に『ベビーカステラ 看板』と入力し、検索をタップする。ヒット件数は約1,090,000 件。画像に絞るとベビーカステラの看板やのぼりのデザインが画面に敷き詰められる形で表示される。お祭りの屋台でよく見るものから、専門店のおしゃれな看板まで様々だ。

「……ねーちゃん?」

 味も何も決まってないから、すぐ確定版は出せないな。味は弦がメッセージグループで投票して決めると言っていた。決まるのは夏休みの中盤だろう。でも八月頭あたりからは作り始めないとだし。とりあえずいろんなパターン作っておいて、決まった味に合ってるやつに少し手を加えれば何とかなるか。まず三、四パターンぐらい作って事前にみんなに見せておけば後から文句も言われないだろうし。

「姉ちゃん!」

「何⁉」

 そう言って顔を上げると、柚木が「何じゃねえよ」と、仏頂面でこちらを見ていた。

「呼んでも全然反応しないから。これ、どう?」

 柚木はB4の用紙に描かれたドラゴンを歩に突き出す。細かいところは相変わらずよく描き込んでいるが、体全体のバランスが悪い。

「だから最初から一発で書こうとしなくていいんだよ、本に書いてあったでしょ?」

 歩が渡した本を見ると、ページは閉じられ、表紙が上になった状態で置かれている。さては、表紙のドラゴンを真似して描いたな、こいつ。

「……読んでないじゃん」

「……いや、読んだよ?」

「嘘つけ」

 歩は机の端に追いやられた本を取り、ドラゴンのページを開き直す。そして少年の前にずいっと押し出す。

「まずこれみたいに、全体のバランスを簡単にでいいから書くの。真似してみて」

「普通に教えてよ、本読むのだるいよ」

「うるさい、読んでから言え」

 ぴしゃっと少年に言い付けると、少年は「う~」と唸りながらも本を手に持ち、内容を目で追い始める。

「細かいところは後からいくらでも直せるから、まず全体のバランスを決めるの」

「どゆこと? 分かんない」

「これみたいに、簡単に、丸とか四角の組み合わせでいいから、形決めるの。棒人間あるでしょ、あんな感じで」

「……分かった」

 今ので本当に分かったのか? と歩は心の中で突っ込みを入れる。

「てか、あんた話考えてるの?」

 歩がそう聞くと、本に伸ばした柚木の手がびくっと反応して止まる。その様子を見て、状況は大体想像がついた。

「なんも考えてないんかい……」

「いや、考えてるよ。一応、前のやつと同じ感じにするつもり」

 それってなにも決まってないのと変わらないんだよ、と歩はため息をつく。

「教えてあげられるの、夏休み中だけだよ? ちゃんと考えてよね」

「考えてるけど、どうすればいいか分からないんだよ……」

「じゃあもう、絵だけでもいいんじゃない? それでもお母さん喜ぶと思うよ?」

 別に絵本じゃなくても、練習した絵をプレゼントしてあげれば母親も喜ぶんじゃないか。歩がそう問うと柚木は少し考え込む。しかし、最後には顔を横に振る。

「だめ、前と同じじゃダメなの」

 そう言いながら柚木は歩からもらった本を取る。

「八月頭までは絵の練習でもいいって言ったじゃん! それまでは絵の練習ね!」

 そう言いながら柚木は不貞腐れながらも、また練習に戻っていった。

「……わがまま坊主が」


 一時間ほどネットの中をサーフィンしながら考えたが、結局どんなデザインにするかは決まらなかった。そもそもまだ販売する味も決まっていないのだから無理もない。少年の方は、まだぎこちないが全体のスケッチを描くことに慣れてきたようだ。B4の用紙には、丸、四角、三角、そして直線と曲線の組み合わせで描かれたドラゴンが、少しずつ違うポーズで並んでいる。少年は「んー……」と困ったような声を出しながら、左手で自分の髪を梳くように動かし、右手で新たに図形の組み合わせを描き加えようとする。

 すぐに集中力が切れるんじゃないか、と思っていたが、そんなことはなかった。休憩に誘おうかと思ったが、その必要はなさそうだった。

 歩は椅子の背もたれに体重を預け、ぐっと伸びをする。大きく息を吸うと、溶き油のいかにも体に悪い臭いが鼻を刺すが、人がいない美術室の空気は冷たく、木の匂いもして心地よい。

 固まった体を伸ばし終えた歩はスマホを取り出し、父親に夕飯が必要かの確認メッセージを送る。次に、柴高祭実行委員のメッセージグループに文を打ち込む。

『とりあえず、参考になりそうな画像を探しました。これをもとにいくつか看板とシンボルのデザインを作ってみます。八月頭あたりには、どのデザインで行くか決めたいです。』

 打ち込んだ文と先のネットサーフィンで拾った看板の参考画像をグループチャットに連続で送信した。

 ヴヴ――ヴヴ――ヴヴ

 ピロン――ピロン――ピロン

 すると、美術室の前のドアから、スマホのバイブ音と通知音が鳴る。あらぬ方向から音が聞こえてきたため、柚木も一旦手を止め、美術室のドアの方を見る。ドアはちょうど覗き見にちょうどいいぐらいに、少しだけ開いていた。

「あ、やべ」

「ちょっとマナーモードにしときなさいよ」

「うるせえ、お前のやつもヴーヴー鳴ってんじゃねぇか。大差ないだろ」

「おいお前ら静かにしろって」

 何やらこそこそと揉めているような声が聞こえる。歩は何となく誰が隠れているか察した。

「……ちょっと待ってて」

 柚木にそう言い、歩は立ち上がってドアの方につかつかと歩いていく。そしてドアを思い切り開ける。

「……何してんですか?」

 そこにはドアの窓から見えないようしゃがんで隠れた、瑠美とカトケン、それに松本先生がいた。

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